書割かきわり)” の例文
うしろを限る書割かきわりにはちいさ大名屋敷だいみょうやしき練塀ねりべいえがき、その上の空一面をば無理にも夜だと思わせるように隙間すきまもなく真黒まっくろに塗りたててある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こと何時いつも冷汗をかくのは大小の客間サロンの日本的装飾が内地の田舎ゐなか芝居の書割かきわりにも見る事の出来ない程乱雑と俗悪ぞくわるとを極めて居る事である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
と、黄昏たそがれ出會頭であひがしらに、黒板塀くろいたべい書割かきわりまへで、立話たちばなしはなしかけたが、こゝまで饒舌しやべると、わたしかほて、へん顏色かほつきをして
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その立並んだ樅板が万平には書割かきわりに見えたり、カンカン秋日の照る青空が花四天に見えたりするのであろう。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それからゴーホを煮しめたとでも云ったしょうな「深草ふかくさ」や、田舎芝居の書割かきわりを思い出させる「一力いちりき」や、これらの絵からあらを捜せばいくらもあるだろうし
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
書割かきわりで見るんじゃねえ、しょうのものを、正でひとつ、後学のために見ておいて帰るのも話の種だ。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
近いところは物の影がくっきりと地を這って、なかごうのあたり、いらかうろこ形に重なった向うに、書割かきわりのような妙見みょうけんの森が淡い夜霧にぼけて見える。どこかで月夜がらすのうかれる声。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ほがらかにかぜの往来をわたる午後であつた。新橋の勧工一回ひとまはりして、広い通りをぶら/\と京橋の方へくだつた。其時そのとき代助のには、向ふがはいへが、芝居の書割かきわりの様にひらたく見えた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
つい其処の歌舞伎座の書割かきわりにある様な紅味あかみを帯びた十一日の月が電線でんせんにぶら下って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
十六世紀の郷士や護法武士ナイツ・テンプラーの饗宴場を模倣したものなので、背景とか書割かきわりとかいうものをいっさい使わず、そういう様式を生のままむきだしにし、ミッドル・テムプル・ホールの大広間で
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「当時遊里の周囲は、浅草公園に向ふ南側千束町三丁目を除いて他の三方にはむかしのまゝの水田や竹藪や古池などが残つてゐたので、わたくしは二番目狂言の舞台で見馴れた書割かきわり、または ...
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
妾達の小屋はセエヌ左岸のアルマの橋を渡ったところに、日本画の万灯に飾られて、富士山や田園の書割かきわりにかこまれて、賑かにメリンスの友禅の魅力を場末の巴里パリ人に挨拶していたのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そうして、——穂積中佐は舞台を見ずに、彼自身の記憶にひたり出した。柳盛座りゅうせいざの二階の手すりには、十二三の少年がりかかっている。舞台には桜の釣り枝がある。火影ほかげの多い町の書割かきわりがある。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここは、「那須なす与市よいち西海硯さいかいすずり」の奥庭の書割かきわりにでもありそうなさびしさ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから前が土間になッていて、真中に炉が切ッてあろうという書割かきわり
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
「書斎の中がキチンとして、まるで書割かきわりのようですわ」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
(尤もよくある書割かきわりさ!)
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
書割かきわりのやうな杵屋きねや
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少さしょうの濃淡をもつけないので、堀割の眺望ながめはさながら旧式の芝居のひらた書割かきわりとしか思われない。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ええ衣装いしょう書割かきわりがないくらいなものですな」「失礼ながらうまく行きますか」「まあ第一回としては成功した方だと思います」「それでこの前やったとおっしゃる心中物というと」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ことに夕暮の色は、この活劇の書割かきわりを一層濃いものにしたから、白昼に見るよりは凄い舞台面をこしらえて、登場の裸虫どものエッサエッサと言う声も、物凄いやら、勇ましいやら。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
向島むこうじまへいそぐ深夜の自動車がびゅんびゅんうなって、すぐ前はモダンな公園……というところですが、昔あの辺は、殺し場の書割かきわりめいた、ちょっとものすごいところで、むこうがわ
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれども、それらの錦絵も芝居の書割かきわりも決して完全にこの珍らしい貴重なる東洋固有の風景を写しているとは思えない。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
岩は千断ちぎ書割かきわりは裂ける。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きはめて一直線な石垣いしがきを見せた台の下によごれた水色のぬのが敷いてあつて、うしろかぎ書割かきわりにはちひさ大名屋敷だいみやうやしき練塀ねりべいゑが
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
見物がまたさわぐ。真黒まつくろりたてた空の書割かきわり中央まんなかを大きく穿抜くりぬいてあるまるい穴にがついて、雲形くもがたおほひをば糸で引上ひきあげるのが此方こなたからでもく見えた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
再び軽い拍子木ひやうしぎおと合図あひづに、黒衣くろごの男が右手のすみに立てた書割かきわりの一部を引取ひきとるとかみしもを着た浄瑠璃語じやうるりかたり三人、三味線弾しやみせんひき二人ふたりが、窮屈きうくつさうにせまい台の上にならんで
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
合方あいかたゆかの浄瑠璃、ツケ、拍子木の如き一切の音楽及び音響と、書割かきわり張物はりもの岩組いわぐみ釣枝つりえだ浪板なみいた藪畳やぶだたみの如き、凡て特殊の色調と情趣とを有せる舞台の装置法と
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
浅草公園に向う南側千束町せんぞくまち三丁目を除いて、その他の三方にはむかしのままの水田みずだや竹藪や古池などが残っていたので、わたくしは二番目狂言の舞台で見馴れた書割かきわり
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
和蘭陀風オランダふうの遠近法はこの時既に浮世絵に応用せられ天井とふすまの遠くなるに従ひて狭く小さく一点に集り行くさま、今日こんにち吾人が劇場にて弁慶べんけい上使じょうしまたは妹脊山いもせやまやかた書割かきわりを見るに似たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)