敬虔けいけん)” の例文
パリサイ人はこのような規則ずくめをもって人々の生活を規律し、それを厳格に守ることをもって敬虔けいけんであるとなしていたのである。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
こんな独り言を云いながら、敬虔けいけんに短刀を抜いてみた。恐らくあげ物というやつだろう、つばから切尖きっさきまでのバランスがとれていない。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
莊重さうちような修道院の建物と、またそこにみなぎる美しくも清らかな空氣とをいろいろに空想し思ひ描く一種の敬虔けいけんな氣持が滿ちてゐた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
そんな敬虔けいけんな筒井の眼のつかい、手の敬々うやうやしい重ねようはこのみ仏をまもるには、筒井より外にその人がらがありそうも覚えなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
『私は地上の小さな天使になりたいんです。』だからその時には、子供らしい敬虔けいけんの念にむくいて、お菓子を二つ與へるんですよ。
その遺稿に対し厚き敬虔けいけんの念を有し、刻苦精励これに当る人でなくては、到底この事業を完成することは出来ぬという事にも一致した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
しかしながら、人の精神で制御できない存在者にたいする一種の敬虔けいけんな恐れからして、彼女はそれらの感情から眼をそらしていた。
僕はほとんど宗教心に近い敬虔けいけんの念をもって、その顔の前にひざまずいて感謝の意を表したくなる。自然に対する僕の態度も全く同じ事だ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宮城前ではどんなに乱酔されていても、昔からこの礼を忘れられたことはなく、まことにその敬虔けいけんな御様子には思わず頭が下がりました。
泉鏡花先生のこと (新字新仮名) / 小村雪岱(著)
たとえ敬虔けいけんの意と誠実の態度とにおいてはあえて彼をしのぐことをという能わざらんも人の耳をること多からず人の口と筆とを
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夜明けの静寂せいじゃくをやぶるのをおそれるかのように、おりおり用心ぶかく首をかしげるその姿には、敬虔けいけん信仰者しんこうしゃ面影おもかげを見るような気もした。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
私が初めて甚深じんしんの感動を与えられ、小説に対して敬虔けいけんな信念を持つようになったのはドストエフスキーの『罪と罰』であった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
僕自身僕のポーズに眩惑げんわくされる傾向もたしかにあるが、正しく敬虔けいけんなる心において、あの家は暗い家だと僕はやっぱり判定する。笑うなかれ。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
何故なぜというに、現代詩人のうちには随分敬虔けいけんなような、自家の宗教を持っているらしい人があるのですからね。リルケなんぞもその方ですよ。
父に対する敬虔けいけんの念からではなかったが、常に人の心に強い力を及ぼす死に対する漠然たる敬意から、マリユスはその紙片を取って納めた。
父の家では、父も叔母も弟も、毎日必ず、朝食前に床の前にきちんと座って、例の「佐伯家系図」に向って敬虔けいけんな礼拝をささげるのだった。
僕等は数列の椅子について居る敬虔けいけんな信者の黙祷もくたうを驚かさない様にと心掛けて靴音を潜めながら壁画の中にリユウバンスの諸作を探して歩いた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
作っているのは、うまくつであるが、それを作る藩士たちの様子は口もきかず、わき目もふらず、謹厳でありまた、おそろしく敬虔けいけんであった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敬虔けいけんな一個の女性としてのバーグレーヴ夫人が、この事実談を一つの荒唐無稽こうとうむけいな物語に粉飾するような婦人でないことを信じているのである。
殊に「この句にて腹をいやせよ」と大気焔を挙げた勢ひには、——世捨人は少時しばらく問はぬ。敬虔けいけんなる今日の批評家さへ辟易へきえきしなければ幸福である。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すなわちえん優婆塞うばそくの像で、顔も姿も解らなかったが、なお崇厳の輪郭だけは、見る人の心を敬虔けいけんに導き、且つ菩提心ぼだいしんを起こさせるに足りた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただひとり、真のキリスト教信者らしい敬虔けいけんな信仰にひたすら身をまかせていたのは、あわれなよぼよぼの老婆ろうばであった。
ただ彼女の支那女特有の秘密好きな冷理な性質が秘密結社と革命の企業を愛し、東洋女らしい敬虔けいけんさがボルシェヴィキの堅固な道徳に陶酔した。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
私はある時、彼が自己破壊のいまわしい罪であることを、非常に敬虔けいけんな態度で語ったのを記憶している。しかし今の私は、彼から眼を離すまい。
当時近代音楽の勃興ぼっこう時代で、真物ほんもの偽物にせものも、ひたむきに新奇をうてやまなかった時、ブラームスは雄大、厳重、素朴、敬虔けいけんな古典精神にかえ
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
△△△地方裁判所の、刑事部の裁判長をしている、判事若杉浩三わかすぎこうぞう氏は若い時、かなり敬虔けいけんなクリスチャンでありました。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
三造はひざを直してかしこまっていた。彼はその場合、何の矛盾も感ぜずに、非常な敬虔けいけんな心を持って先輩に対していた。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
尊重するゲエテの心持も、真実に対する敬虔けいけんな良沢の心持も、同じように心に受け入れることの出来る科学者は、世界中で一番幸福なものであろう
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
はじめ私は混食のキリスト信者としてこの式場にのぞんだのでありましたが今や神は私に敬虔けいけんなるビジテリアンの信者たることを命じたまいました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あの自力をたのむ禅僧に、真に悟り得ている者は少ない。しかし他力的な無学な善男善女には敬虔けいけん深い者がはなはだ多い。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私はそのあまりの美しさに卑しい考えなどは起すひまもなく、ただもう、芸術品に対する時の様な、敬虔けいけんな気持で、彼女を讃美したことでございます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
山の祖神はさすがに、それとすぐ感じ取り、啓示を聴く敬虔けいけんな態度で、両の掌を組み合せ、篝火かがりび越しに聴こうとする。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかもその根柢こんていにあるのは、健康は各自のものであるという、単純な、単純なゆえ敬虔けいけんなとさえいい得る真理である。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
神前に奉仕する敬虔けいけんな職務ということにならねばならないのですが、どうもそう響かなくなっているのは習慣ですね。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
敬虔けいけんな信頼の思いをもっていることから、しぜんに落ちついた気持ちになって、深い愛情と強い理性と現在最高の知識をもって赤ん坊に接するならば
おさなごを発見せよ (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
寺の門はかくの如く本堂の建築とは必ず適度の距離に置かれ、境内に入るものをしてその眺望よりしておのずか敬虔けいけんの心を起さしめるように造られてある。
私は人間のいのちの小さな種子がどんな境遇に置かれるかの運命を思うと、恐れと敬虔けいけんとを感じずにはいられぬ。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しゆあはれめよ、しゆあはれめよ、しゆあはれめよ!』と、敬虔けいけんなるセルゲイ、セルゲヰチはひながら。ピカ/\と磨上みがきあげたくつよごすまいと、には水溜みづたまりけ/\溜息ためいきをする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ラズーミヒンは敬虔けいけんの念をもって、ドゥーネチカをながめた。そして、これから彼女と連れ立って行くのだと思うと、誇らしい思いさえするのであった。
読んでみると、それはドイツの小説の一字一句を訳して、そのままに引用した優しい敬虔けいけんな恋の告白であった。
敬虔けいけんが上品の成分と見なされている場合なら、いつも必らず趣味を規定する、あの簡素なところをもっていた。
かくばかり不穏ふおんなる精神も、実に如何なる厳粛げんしゅく敬虔けいけん幽静ゆうせい、崇高なる道念を発せしめたるか。吾人ごじんはその父兄に与うる書についてこれを知るを得るなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
六人の漁夫たちは、しばらくの間、ものもいわずにそれを眺めていたが、やがて、いっせいに、お祈りする時のような敬虔けいけんなようすでひざまずいて両手を合わせた。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
或朝、私が五階の塔へ登って、少時しばらくのお祈から目を見開いたら、安部君が直ぐそばに来て、矢張り祈っていた。私はその敬虔けいけんな態度に感心して、又祈り始めた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ひたすらに学問の尊さを味わおうとした敬虔けいけんな心によるのであったことを考えてゆきますと、今さらにその高い人格を仰視ぎょうししなくてはならないのでありましょう。
マイケル・ファラデイ (新字新仮名) / 石原純(著)
敬虔けいけんな家政婦のもっともでもあれば熱心でもある言葉に、司祭さんも結局賛成せずにはゐられませんでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
しずかな足取り、敬虔けいけんな面持で歩をはこんでいる。と、そのあとから聖者レザール氏の長身が現われた。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はこれまでにも多くの人に接した、今後もまた多くの人に接するであろうが、かくの如き敬虔けいけんの態度を取る人々はしばしば見られるものではあるまいと思った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
王の改選を要求する島民の声が政府を脅していたことは事実だが、マターファ自身は一度も、まだ、そんな要求をしたことはない。彼は敬虔けいけんなクリスチャンであった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そしてその人が本当に敬虔けいけんな心の持主であれば、そのほほえみの中には哀愁あいしゅうの色がただよいます。まどろみなさい、死者たちよ! 月はきみたちのことを覚えています。