“播州:ばんしゅう” の例文
“播州:ばんしゅう”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治15
柳田国男4
島崎藤村1
中里介山1
平田晋策1
“播州:ばんしゅう”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 伝説・民話[昔話](児童)100.0%
自然科学 > 植物学 > 植物学12.5%
歴史 > 伝記 > 個人伝記0.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
一面、秀吉は十月の中旬信長の命に接するや、電光石火、安土に勢揃いして、中国陣総指揮の資格を以て播州ばんしゅうへ入った。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播州ばんしゅうなどでは十夜ととは全く別であって、亥の子は中の亥の日の夜いわゆる藁鉄砲のあそびをする。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼としては、勿論、もう平定した播州ばんしゅうと中央とのあいだの往来などは、さして危険ともしていなかったが、信長はなお、
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播州ばんしゅう但馬たじま美作みまさか因幡いなばなどの占領下の諸将は、入り代り立ち代り姫路を中心に去来した。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを、人囲いに取り巻いて、なだめていると、側を通った播州ばんしゅう竜野たつのの城主脇坂淡路守あわじのかみが、
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
富井於菟女史は播州ばんしゅう竜野たつのの人、醤油しょうゆ屋に生れ、一人いちにんの兄と一人いちにんの妹とあり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
播州ばんしゅう但馬たじま伯耆ほうきなどにわたる中国の大名小族たちは、いまやその帰趨きすうに迷いぬいていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かえで 播州ばんしゅうの山の奥よ。病身なのよ。(考える)おとうさんのないのと、おかあさんの無いのとどちらが不幸でしょうか。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そういう状態で彼は友に招かれたり、また伴れに誘われたりして備後びんごから播州ばんしゅうの寺々をあさり歩いた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
母の実父、すなわち私の祖父は、播州ばんしゅう(兵庫県)林田はやしだの旧藩主であったが、まだ生きていたのであった。
私の歩んだ道 (新字新仮名) / 蜷川新(著)
と、たちまち議は一決し、その日のうちに、黒田官兵衛へ和協の旨を答え、官兵衛を通じて、播州ばんしゅう平井山へ早打を依頼した。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここは播州ばんしゅう飾磨しかまうらで、志賀磨川しかまがわの水が海へそそぎ出る所、三角形になっている河口の漁村。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播州ばんしゅう船阪山の水掛地蔵は、堂の脇にある古井の水をんで、その中で地蔵を行水させ、後でその水を信心の人が飲みました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
『夜でも、昼でも、雨や風でも、一刻も休まずに肩継かたつぎいたせ。——播州ばんしゅう赤穂あこうの城下まで』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手前事、長年、播州ばんしゅう侯のお名を偽って遊里を徘徊はいかいしたが、まことにもって慚愧ざんきのいたり
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
南京にいるわが駆逐艦は名も勇ましい『旗風はたかぜ』だ。艦長はたちばな少佐、播州ばんしゅう赤穂あこうに生まれた快男児である。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
近頃は以前のように、やれ播州ばんしゅうの米がうまいとか、越後米にかぎるとかいうような話はあまり聞かない。
お米の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
もっとも、この播州ばんしゅうにいて、僻地へきちの数郡を領すに過ぎない地方の一城主に、そんな達見を望むのは無理だともいえるのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遊女屋としてややたいを成しかけたのは、播州ばんしゅう室津むろつあたりであろうとのことです。
九歳ここのつの時、ふと家を出て、播州ばんしゅうの母の所へ、はしってしまったのも、母から一言、
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちで一番私を不愉快にしたのは播州ばんしゅう坂越さごしにいる岩崎という人であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一、酒井雅楽頭さかいうたのかみ様、(播州ばんしゅう姫路ひめじ藩主)深川ふかがわ一円。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
播州ばんしゅう印南いんなみ郡の土筆採りの童詞として、郡誌には次のような唄が載せてある。
播州ばんしゅう船坂山ふなさかやまの隠れ家へ帰って、一月ほど前に旅装を解いた鐘巻自斎は、落ちつく間もなく、また再び旅衣をけなければならなかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播州の瓢水 その昔、播州ばんしゅう瓢水ひょうすいといふ隠れた俳人がありました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
拙者の家は、播州ばんしゅう赤松の支流、平田将監しょうげんの末で、美作みまさか宮本村に住し、宮本無二斎とよぶものの一子、同苗どうみょう武蔵であります。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これと全く同じ話は、また播州ばんしゅう加古川かこがわの教信寺の池にもありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ここを下れば、もう播州ばんしゅう龍野たつのから斑鳩いかるがへもほど近い。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(自分は、播州ばんしゅう牢人、係累けいるいもなく少しばかり学問をこころざして、京都や江戸に学んだから、この土地で行く末は、良い塾でも持って落着きたいと思う)
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その他、播州ばんしゅうには明石あかし人丸ひとまる神社がある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
——ここら播州ばんしゅうの沿海はあらまし赤松円心の勢力下である。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また播州ばんしゅう〔兵庫県南部〕ではオコリオトシというそうだが、これもその草をせんじて飲めば味がにがいから、病気のオコリがオチル、すなわちなおるというのであろう。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
播州ばんしゅうでは明石を振り出しに見学の旅を続けましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私などもまだ播州ばんしゅうにいたころ、大きな西洋釘せいようくぎに紙のふさを附けたものを、地面に打付うちつけているのを見たことがあるが、あぶないといって持つことを許されなかった。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ユツは播州ばんしゅうなどでは井戸のことである。
「何? では播州ばんしゅうへ戻ったと申すか」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当時、秀吉方は山崎以来、急激にその勢望を加えており、彼の与国は、播州ばんしゅう但馬たじま、摂津、丹後、大和やまとを始め、他の幾州に股がって高二百六十万石に及び、兵力六万七千は動かし得る。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播州ばんしゅう今宿いまじゅく(姫路市の西郊)から美作路みまさかじの杉坂越えまでには、途中、夢前川ゆめさきがわがあり揖保川いいぼがわの上流があり、たとえ身がるな二日路としても、らくではない。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにしても、ここは尊氏の僥倖ぎょうこうというしかない。——彼の乗船、およびそのほか大小の兵船は、乱離な影を明石海峡にみだしながら、ひとまず播州ばんしゅうむろの港へさして落ちたのだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やわらかい鼻紙をふところに入れているのを見て、末の見込み無しと即座に勘当かんどうを言い渡し、播州ばんしゅうには那波屋なばや殿という倹約の大長者がいるから、よそながらそれを見ならって性根をかえよ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
種々伝説を造って凡衆をたぶらかしたのだろう、かようの次第で三井の鐘が大当りと来たので、これになろうて他にも類似の伝説附の鐘が出て来たは、あたかも江戸にも播州ばんしゅうにも和歌山にも皿屋敷があったり
「なに、播州ばんしゅう
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播州ばんしゅうには赤松。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老妻と共に出家して播州ばんしゅうの清水の山深くかくれたのを、丹後その経緯を聞き伝えて志に感じ、これもにわかにお暇を乞いけ、妻子とも四人いまさらこの世に生きて居られず、みな出家して勝太郎の菩提ぼだいをとむらったとは
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「——抑〻そもそも、これは、九州肥後の国、阿蘇あその宮の神主友成かんぬしともなりとはわが事なり。われまだ都を見ず候ほどに、このたび思いたちてのぼり候。またよきついでなれば播州ばんしゅう高砂たかさごの浦をも一目見ばやとぞんじ候」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗治の命一つが、双方の面目問題にかかって、和議もさッぱりらちあかぬようだが、顧みるに、天正六年播州ばんしゅうの序戦で、わが軍は作戦上ぜひなく、尼子勝久あまこかつひさ山中鹿之介やまなかしかのすけたちの上月城こうづきじょうを打ち捨てた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大須賀頼母たのもといって、本家の家中客人分として、三百石の合力米をもらっていた居候いそうろう同然の身分だったが、先年、兄の勝興かつよりが早世したので、不意に千石の旗本におしあげられ、こんどは政祐の死で急養子にとられ、たちまち播州ばんしゅう姫路の城主になりあがった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おたずねの娘寧子は、実は自分たち夫婦のした子ではございませぬ。養女なのでござります。生みの親は播州ばんしゅう龍野たつのから御当領の愛知あいち朝日村あさひむらに移り住んでおりまする木下七郎兵衛家利いえとしが娘で、一男二女の三人の子の、うちの一女をもらいうけて育てあげたのでござります。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
——播州ばんしゅう備州の境、帆坂ほさか船坂ふなさかの二つ峠は山陽道第一の悪路です。輦輿の人馬もそこでは行きなやむにちがいなく、かつはみな東国勢のこと、道は不案内にきまっている。味方はたとえ小勢でも、出没自在に、敵を死地におとしいれ、そして帝を奪い奉ること、やさしくはないまでも、不可能でありませぬ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで鶴江殿は産れ故郷の播州ばんしゅう姫路ひめじに立帰り、そのまま縁付いたのが本多家の御家来小笠原兵右衛門ひょうえもん。この人は余程お人好しと見えて、何も知らずに鶴江殿を嫁に貰ったのか、但しは万事心得ていて、それを知らぬ顔でいたのかそこまでは聴かなんだが、何しろそこで産声を挙げられたのが金三郎様じゃ。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そう改まると少しきまりが悪いが、何を隠しましょう、私の本国は播州ばんしゅう姫路、酒井様に仕えて、世にある時は百五十石をみましたが、——今からちょうど三十一年前、女のことから朋輩ほうばい成滝近江なるたきおうみと争い、果し合いの末討ち取ってその場から逐電ちくでん、江戸に潜り込んで、とうとうこの年まで無事に過してしまいました。