手強てごわ)” の例文
鬼頭の手強てごわさは、それがどんなに批難されようとも、より高い情熱の仮のすがたとして、立派に人間的なものだと云へないだらうか?
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
(少し、手強てごわすぎたかしら——本気に、腹を立てたなら、今夜の祈祷場を覗くことも、水の泡になるかもしれぬ。何うしたなら?)
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
大勢の顔の中で、どれとどれが手強てごわいか、どの辺がもろいか、ぴかぴか光る眼つきを拾って、およそ心に備えておく余地すらあった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくの如き人は主人としてはおそろしくもあれば頼もしくもある人で、敵としては所謂いわゆる手強てごわい敵、味方としては堅城鉄壁のようなものである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そのなかでも、このさつきは金蔵の一件に関係があるので、第一にここを目ざして来ると、帳場の女房に手強てごわくことわられた。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「これでまいる! 素手は素手ながら三河ながらの直参旗本、早乙女主水之介が両のこぶし真槍しんそう白刄しらはよりちと手強てごわいぞ。心してまいられい…」
竜之助のために蛙を叩きつけられたような目に会い、幸い泥田であったとはいえ、手練しゅれんの人に如法にょほうに投げられたのですからたいの当りが手強てごわい。
自然主義者にして今少し手強てごわく、また今少し根気よく猛進したなら、おのずかくつがえるの未来を早めつつある事に気がつくだろう。
イズムの功過 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
本沢のリンネはすぐ横に見下せるが、ちょっと落込んでいて手強てごわそうなので、すぐとそのリンネにルートをとる事にする。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
友太を背負って磐城へ出かけて行った惣次郎も、お君にはついに会えないどころか、お君の兄から手強てごわい離縁を迫られてすごすごと戻って来た。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
「僕この上へあがって、確かめて見ましょう。先生はここにいて下さい。若し相手が手強てごわいようでしたら、声をかけますから、加勢に来て下さい」
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
単于ぜんうは漢兵の手強てごわさに驚嘆し、おのれに二十倍する大軍をもおそれず日に日に南下して我を誘うかに見えるのは、あるいはどこか近くに、伏兵があって
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
猪の食っていた何かの骨! それは人間の骨なのであった。ただし葉之助は手強てごわかった。捕えることが出来なかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やぶ障子しょうじに強い風が当ったような音をたてて彼はつのげんのしょうこをすすった。近来手強てごわい事件がないせいか、どうも腸の工合がよろしくない。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一寸の引けも取らぬシャンとした手強てごわい応対振りには、居合わせた顔馴染の皆んなも舌を巻いて驚きました。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
事にったら貴方をば手下にするか、殺すかしてと相談しましたが、一昨日おとゝい宿屋を出る時に手強てごわい奴と思ったかして、弁当の中へ毒を入れたのでござんしょう
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
養母かめきちにとりなしを頼もうにも、妻よりも手強てごわ対手あいてなので、なまじな事は言出せなかったのであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
先生側の人々が反抗態度を手強てごわくし、歩調をそろえて熱心に行動を取ったためにかえって好結果を来たしたような訳で、したがって両派の軋轢あつれきも穏便に済んだのでした。
このような文学の力づよいディフォーメイションは、その文学の源泉としてそれらの作家たちの内部に極めて手強てごわく強靭な人生への健全な観察と判断とを前提している。
万事上手うわてに、上手にと、手強てごわく出ようとする方の兄は、言うだけのことを言ってしまわなければ気が済まないという風で、それから自身に書いた書付を出して岸本に見せた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
少々手強てごわしと見れば、例の美人がたすき鉢巻かいがいしくお相手に現われる、満場緊張。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「いいか、急いで自身番へ行ってナ、うちにこれから捕物とりものがありますからって、町内五人組の方に来て貰うんだ——すこし手強てごわいから、うでぷしのつよいやつをまとめてくるように——」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
此奴は少し手強てごわい。その積りで用心を怠らなかったが、玄関で顔を合せると直ぐに
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
負ふべきむね明記しあれば既に御承知のはずなりと手強てごわく申出で容易に譲らざる模様なればわれはこの喧嘩相手甚よろしからずと思ひそのまま打捨て如何様いかよう申来もうしきたるも一切返事せざりき。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
また時にはいつになっても春を知らない峰を越えて、岩石の間にんでいる大鷲おおわしを射殺しにも行ったりした。が、彼は未嘗いまだかつて、その非凡な膂力りょりょくを尽すべき、手強てごわい相手を見出さなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
地震は盗賊のたくみだから、早く出口々々へ非常線というものを張って下さい、魚見岬の下あたりには一団ひとかたまり居るだろう、手強てごわい奴、と思うから、十分の手当をして、とちゃんとおしたためなすったの。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
賛之丞がもッと手強てごわい相手だったら、当然、おれは躍起となる。うんと腕をみがきにかかる。文字どおりの臥薪嘗胆がしんしょうたんをやる。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
サア木村父子が新来無恩の天降り武士で多少の秕政ひせいが有ったのだろうから、土着の武士達が一揆を起すに至って、其一揆は中々手広く又手強てごわかった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
金蔵もなかなか手強てごわい奴でしたが、酔っているところを不意に押さえられたので、どうすることも出来ない。ここでもろくも縄にかかってしまいました。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「元より覚悟の前でござる。手前の振袖小太刀も手強てごわいが自慢、文句はあとでよい筈じゃ。御取次ぎ召さりませい」
数代の単于に従ってかんと戦ってはきたが、まだ李陵ほどの手強てごわい敵にったことはないと正直に語り、陵の祖父李広りこうの名を引合いに出して陵の善戦をめた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
或いは兵馬さんをダシに使ってそそのかしておられるのか、もう少し手強てごわい意見をして下されたら……お松はあまりの残念さに、つい人を怨んでみる気にもなりましたが
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それは分らないけれど、直ぐぶっつかって行くには、手強てごわい敵だと思ったかも知れぬ。それで一度帰って、準備をととのえてから、引返す積りだったかも知れぬ」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
相手は中々手強てごわい。私の左腕はちぎれるように痛みを増した。急場きゅうばだ、ヒラリと二度目に怪漢の腕をさけると、三度目には身を沈め、下から相手の脾腹ひばらを突き上げた。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……それにしても随分手強てごわい女だ。俺は半年も呼びつづけたかしら? それで未だにうんと云わない。……その上とうとう本性を現わし、人を切れなどと云い出してしまった。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
中々手強てごわいことを云ってるから、四五両ではけえりませんぜ、四五十の金は取られますぜ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「お歴々は金を余計出しやいいんだ。われわれは、適当な案を立てて、先生にうんと云はせれやいいんだ。ところが、あの山羊さん、なかなか手強てごわくつて、おだてに乗らんから困る」
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
手強てごわく意見をするお皆を裸にして放り出したのは今から十年前、お皆は人知れず娘のお浜と往来ゆききして、夫の心の解けるのを待ちましたが、多の市の非道と吝嗇りんしょくは年とともに募るばかり
此方は形勢混沌こんとんとして一寸ちょっと筆紙に尽し難い。要するにガヷナーは思ったより手強てごわいんだ。僕もマザーも悉皆すっかりめられてしまった。打ち合せが不充分だったから直ぐにボロが出た。今更仕方がない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
武蔵は、その間に、賊の人数を目づもりで、ざっと十二、三人と読んで、その中にも、手強てごわそうな男へ眼をつけていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
憎いとは思いながらも、非常の不便を忍び困苦を甘受せねばならぬ。斯様こういう民衆の態度や料簡方りょうけんかたは、今では一寸想像されぬが、中々手強てごわいものである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「小林、君も一緒に行くんだ。ひょっとしたら、ちっとばかり手強てごわい敵にぶっつかるかもしれんぞ」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
手際よく口環をはめてしまうつもりであったところが意外の手強てごわさに、ややあてが外れて、まずどうしても松の枝へ縄をかけて、首を或る程度まで締め上げておいてから
かねがね手強てごわい悪党だとは考えていたが、あまりにもひどく否定しつづけるので、係官もすこし疑問を持つようになったと、きょう折井刑事が不満そうに語ったことだった。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「うむ、上手にりょうってくれ。だがちょっと手強てごわいぞよ。もっとも一人だ、恐れるには及ばぬ。後には俺が控えている。いよいよとなったら手を下す。用心しながら掛かるがいい」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もはや説明の要もない位に少しばかり手強てごわい京弥です。
あぶなく串刺くしざしになるところを、あッと踏み退いた雲霧は、この時初めて、勘定に入れなかったこのチビが手強てごわ厄介者やっかいものであったのに気が着いて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真面目の顔からは手強てごわい威が射した。主人も女も其威に打たれ、何とも測りかねて伏目にならざるを得なかった。蝋燭ろうそくの光りにちらついていた金銀などは今誰の心にも無いものになった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
手強てごわいと見て、背後にいた仲間が、ピストルをぶっ放したというわけだ。前にいた奴は仙太を殺すつもりはなかった。仙太のたおれたのにおどろいて、あとの金貨は放棄して、逸早いちはやく逃げだしたのだ。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「これは手強てごわい相手らしいぞ」紋也にはこんなように感じられたのでおのずと姿勢の構えがついた。「ひょっとかすると切り合いになるぞ」で——紋也は眼を配った。つまり足場を計ったのである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)