戦慄せんりつ)” の例文
旧字:戰慄
あるいはカルカッタの牢獄ろうごくにおける百二十三人の俘虜ふりょの窒息死(5)などの記事を読むとき、もっとも強烈な「快苦感」に戦慄せんりつする。
三歳のわが愛子をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている図にいたっては、戦慄せんりつ、眼をおおわざるを得ないのである。
其うち善兵衛が娘の部屋を調べると、机の抽出から戦慄せんりつすべき脅迫状が現れた。白の封筒に白い書簡箋レターペーパーの意味が書かれてあった。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
それを感じた時のむづがゆいやうな一種の戦慄せんりつは、到底形容することばがない。私は唯、それを私自身の動作に飜訳する事が出来るだけだ。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は、なにかゴンドラの中のものが動いたように思って、顔をあげてみると、この戦慄せんりつすべき武器が、こっちを向いていたのである。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ポルフィーリイとの先刻の一幕を、ざっと荒筋だけ拾って思い出したとき、彼は恐怖のあまり、もう一度戦慄せんりつせずにいられなかった。
木曾の山軍源義仲みなもとのよしなかが、都入りをした折の——破壊的な暴威だの、掠奪りゃくだつだの、婦女子の難などを思い出して、戦慄せんりつしていたものだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といったような、武者振いがまだ具体的に現われて来ない前のような神秘的な戦慄せんりつに、草川巡査は襲われて仕様がないのであった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一人二人の間は話の種であったけれども、四人目となっては町の人の戦慄せんりつであります。町の人の戦慄と共に、役向の責任でありました。
それこそボナパルト式自由主義を説明するものであり、それを許さしむるところのものである。その幻影は旧世界に戦慄せんりつを与えた。
私は自分の肉を二、三にすることを非常に不純不潔なことだと思って、そういうことを想像するさえ甚しい悪感と全身の戦慄せんりつとを覚える。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
安岡は、自分が溺死しかけてでもいるような恐怖にとらわれ、戦慄せんりつを覚えた。が、次の瞬間には無我夢中になって、フッ飛んだ。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
剃刀かみそりが冷やりと顔に触れたとたん、どきッと戦慄せんりつを感じたが、やがてさくさくと皮膚ひふの上を走って行くこころよい感触に、思わず体が堅くなり
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
従って、怪賊の噂は東京全市に拡がり、さらぬも黄金仮面の怪談におびえていた市民は、今又別様の恐怖に戦慄せんりつしないでいられなかった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
法水の精密な観察が、かえって創紋の謎を深めた感があったので、その新しい戦慄せんりつのために、検事の声は全く均衡を失っていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
生徒は戦慄せんりつした、とその日の昼飯時である。生徒はそれぞれに弁当を食いおわったころ、生蕃は屋台をがらがらと校庭にひきこんできた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
大洞は、色を失つて戦慄せんりつするお加女の耳にちかづきつ、「こし気を静めさして今夜の中にそつと帰へすがからう——世間に洩れては大変だ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その刹那せつなに、わたしはなんとも言えない一種の戦慄せんりつを感じたことを白状しなければならない。その乗客はかの三好透であった。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今では、西蔵チブッチ拉薩ラッサも世界の秘密ではなくなったが、これこそは、文明から数世紀も隔絶された、戦慄せんりつすべき場所なのである。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
燃えんとして火気のはびこり伝わる心地がして、あわれ人形町は柳屋の店を中心として真黒まっくろな地図に変ずるのであろうと戦慄せんりつした。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはまた無垢むく童貞の青年が不思議な戦慄せんりつを胸の中に感じて、反感を催すか、ひき付けられるかしないではいられないような目で岡を見た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それを聞けばかすかな戦慄せんりつが背筋に走るのを禁じえない種々の和声は、いけないもので禁じられてるものだと教えてくれる。
そのときの一瞬の戦慄せんりつに似た深い感覚の歓びは、はばかり隠すべきもの、不道徳なもの、受けてはならぬもの、恥ずべきものというふうに思えた。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
信仰の心においてつくりつつも、ふとそれを離れて、思わず美へ惑溺わくできした人のひそかな愉悦を、また戦慄せんりつを、私は思わないわけにゆかなかった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
あおいその顔には肉の戦慄せんりつ歴々ありありと見えた。不図ふと、急に、辞儀をして、こうしてはいられぬという態度で、此処ここを出て行った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
かつては彼が記憶に上るばかりでなく、彼の全身にまで上った多くの悲痛、厭悪えんお畏怖いふ艱難かんなんなる労苦、及び戦慄せんりつ——それらのものが皆燃えて
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こわくなって、実際じっさい戦慄せんりつして、わたしはかきねの後ろにはいこんだ。リーズはわたしがなぜそんなことをするか、ふしぎに思ったにちがいない。
軽い戦慄せんりつが姫の体を一刹那いっせつな走ったと思ったが、観念した姫は悪びれもせず、盃を受けていただいた。正に唇を着けようとする。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今までは、興奮のために夢中になっていた信一郎も、それを見ると、今更ながら、青年の最期の、むごたらしさに、思わず戦慄せんりつを禁じ得なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これはじつに、都会に猛獣が放たれているような、戦慄せんりつすべき想像だが、こういう、早まって退院を許された狂人の犯罪は、その例にとぼしくない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
呉羽之介は戦慄せんりつしながら、なおもその絵姿に吸いつけられたように眺め入っていたが、やがて何やら思い付いたらしく
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もしも彼女の、あの真白な指の先がちょっとでも私に触れたとしたら、私はそれを喜ぶどころかむし戦慄せんりつするでしょう。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一世を驚倒させたあの戦慄せんりつすべき切支丹きりしたん宗徒の大陰謀を、またたくうちにあばきあげ、真に疾風迅雷しっぷうじんらいの早さをもって一味徒党を一網打尽にめしとり
激しい車輪の響きが彼の身体に戦慄せんりつを伝えた。それははじめ荒々しく彼をやっつけたが、遂には得体の知れない感情を呼び起こした。涙が流れ出た。
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
妙信 (戦慄せんりつ)よさぬかというに、さもないでさえ恐ろしいこの夜更よふけに、そんな話をしなくとものことじゃないか。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「出し給え」「早く出せ」その言葉の意味は空虚で、柚木の腕から太い戦慄せんりつが伝って来た。柚木の大きい咽喉のど仏がゆっくり生唾を飲むのが感じられた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ベートーヴェンが都振りの小綺麗こぎれいな紳士で終ったならば、——私はそれを考えただけでも戦慄せんりつを禁じ得ない——我らはおそらく音楽芸術の巨大な分野
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
私は結局地獄というものに戦慄せんりつしたためしはなく、馬鹿のようにたわいもなく落付いていられるくせに、神様の国を忘れることが出来ないという人間だ。
私は海をだきしめていたい (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
かくて夜の世界の不安と、寂寥せきりょうと、戦慄せんりつと、魅力とが魔のごとく彼を襲い、捕えた。魔に捕えられることは恐るべき苦痛であり、また寒い喜びであった。
真昼間まっぴるまの恐怖は、白っぽいだけに人の背筋へ氷のような戦慄せんりつを注ぎ込む。何やら得体の知れぬ力に押えつけられてただしいんと心耳に冴え返るばかりだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何故にさは云ふかとしつすれば、御迎おむかえに来るとき、東光寺の壁の下に、小坊主の一人立ちて在るを見しが、一目見て甚だ戦慄せんりつせし故に、かく申す也と答ふ。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それがどのような具合に言われたのか昨夜の高城伍長の口裏では判らないが、しかしそれを聞いたときに宇治の背筋を、冷たい戦慄せんりつがするどくはしり抜けた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
寄席の帰りに腹が減って蕎麦そば屋に這入ると、妓夫が夜鷹よたかを大勢連れて来ていて、僕等はその百鬼夜行の姿をランプの下に見て、覚えず戦慄せんりつしたこともある。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だが、山へ熊狩りに出ては、戦慄せんりつに値する勇敢さを示すのである。立ち向かってくる大熊に素手で抱きついて格闘する。ついに熊は自ら舌を噛み切って死ぬ。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その氷の山にむこうて居るような、骨のうず戦慄せんりつの快感、其が失せて行くのをおそれるように、姫は夜毎、鶏のうたい出すまでは、殆、祈る心で待ち続けて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
初めて尾田の前に露呈した病院の組織の一端をつかみ取ると同時に、監獄へ行く罪人のような戦慄せんりつを覚えた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
自分の孤独を考へてゆきながら、その孤独に、ひどく戦慄せんりつしてゐるやうな、おびえを、富岡は感じてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
彼女の全身の神経は恐怖にわなわなと戦慄せんりつしながらも、針金のように固くなってしまっているのだった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
どれほど少年らしい戦慄せんりつと好奇心とをもってその新しい生を前にして足ぶみしていたことでしたろう。
みんな恐ろしい寒気を身に感じて、そしてまるで「慄える玩具」のようにはげしく絶え間なく戦慄せんりつした。
氷れる花嫁 (新字新仮名) / 渡辺温(著)