怏々おうおう)” の例文
ところが、ブロム・ボーンズときたら、恋と嫉妬しっとですっかりいためつけられて、ひとりで片隅にすわりこみ、怏々おうおうとしていたのである。
かれはその頃、すでに小牧の軍勢を収め、清洲をひき払い、浜松城に帰って、怏々おうおうと、楽しまざる数日をここに過していた時だった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母と姉とを非道に殺された私と父とは、不快なあさましい記憶から絶えず心をさいなまれながら、怏々おうおうとしてその日を暮して居りました。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は怏々おうおうとして楽しまず、狂悖きょうはいの性は愈々いよいよ抑えがたくなった。一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
この報知しらせを耳にした時、豊後守の驚愕はよその見る眼も気の毒なほどで、怏々おうおうとして楽しまず自然勤務つとめおこたりがちとなった。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
春琴はこの時から怏々おうおうとして楽しまず間もなく脚気かっけかかり秋になってから重態におちいり十月十四日心臓麻痺しんぞうまひ長逝ちょうせいした。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主上が、怏々おうおうとして憂愁の日を送られていることを心配した者たちが、この小督に目をつけたのも無理はなかった。
彼はこの城の先祖の不正直なことを知って怏々おうおうとして楽しまなかった、それから幾分彼は一般に人間というものは不正直なものであると思うようになった。
いよいよ財産は殖えるばかりで、この家安泰無事長久の有様ではあったが、若大将ひとり怏々おうおうとして楽しまず
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
へいげんは金時計を失いて、たちまち散策の興覚め、すごすご家に帰りて、燈下に愛妾と額をあつめつつ、その失策を悔い且つ悲しみ、怏々おうおうとしてたのしまざりし。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男爵を得しも、実は生まれ所のよかりしおかげ、という者もありし。されば剛情者、わがまま者、癇癪かんしゃく持ちの通武はいつも怏々おうおうとして不平を酒杯さけに漏らしつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
気の所為せいか余り込んでいなかった。殊に僕の前に坐っていた商人らしい男は怏々おうおうとして幾度か溜息を吐いた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
客と共に謔浪ぎゃくろうした玄機は、客の散じた後に、怏々おうおうとして楽まない。夜が更けても眠らずに、目に涙をたたえている。そう云う夜旅中の温に寄せる詩を作ったことがある。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
されどもその一旦のいきどほりは、これを斥けしが為に消ゆるにもあらずして、その必ず得べかりし物を失へるに似たる怏々おうおうは、吾心を食尽はみつくし、つひに吾身をたふすにあらざれば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あたら非凡な構想を胸に抱きながら、荏苒じんぜんとして日を送り、怏々おうおうとして楽しまなかったのであるが、遂に一日あるきっかけから、日頃の鬱憤うっぷんを晴らすことが出来たのである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
心に物を思えばか、怏々おうおうたる顔の色、ややともすれば太息といきを吐いている折しも、表の格子戸こうしどをガラリト開けて、案内もせず這入はいッて来て、へだての障子の彼方あなたからヌット顔を差出して
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
自慢の種になるような手錬の者がいないから、殿様は怏々おうおうとしてたのしまない。
いとしい人形ではいなかったから、彼女は怏々おうおうと楽しまない日がつづいて、そのうちに坪内先生のおひつぎを送り、すぐまた、五十余年を、一日もかたわらを離れなかった、浜子の老母が、ぽくりと
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
永楽帝のちょを立つるに当って、丘福きゅうふく王寧おうねいの武臣こころを高煦に属するものあり。高煦またひそかに戦功をたのみて期するところあり。しかれども永楽帝長子ちょうしを立てゝ、高煦を漢王とす。高煦怏々おうおうたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
教職員を指揮して重要書類を保護させ、防火に尽力せしめた沈着勇敢な態度は人々の賞讃する処となったが、事後、三番町の下宿に謹慎きんしんして何人にも面会せず、怏々おうおうとしてやつれ果てているので
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
時には遠方の納屋庭で何か怏々おうおうとしている牝牛の啼きごえも聞いた。
怏々おうおうとして楽しまざる日を送っていた。
「安土退去このかた、光秀の胸に怏々おうおうとしてれやらぬものあることを、おこととしたことが、察してはいなかったのか。——左馬介さまのすけ
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、忠次郎は怏々おうおうとして楽しまなかった。その上、兄弟についての世評が、折々二人の耳に入った。それは、決して良い噂ではなかった。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
爾来じらい若殿頼正の心は怏々おうおうとして楽しまなかった。第二回目を試みようとしても応ずる者がないからである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
菊太郎君が電車に乗ろうと言っても、僕は応じなかった。怏々おうおうとして、学業が手につかない。二三日、悲観のドン底にいるのだった。頭が好いから、よく覚えている。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
左門の心は然し怏々おうおうとして晴れなかつた。文子があまりにいぢらしく、痛々しくみえてならないのである。無残にも卓一に棄てられたやうな、哀れの感が深いのである。然しそれも奇妙な話だ。
権兵衛兄弟は次第に傍輩ほうばいにうとんぜられて、怏々おうおうとして日を送った。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そうだろう、何しても、怏々おうおうと楽しめない。たえず曇天にあたまを押しかぶせられているようなここちから自分を救い出せんのだ。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は、怏々おうおうとして、暗いむすぼれた心持で電車に乗った。今までは楽しく明るい世の中が、何だか急にかげって来たようにさえ思われた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鏡葉之助はその時以来怏々おうおうとして楽しまなかった。自然心がうっせざるを得ない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
手張りをやる元気もなく、得意を失策しくじらない程度で怏々おうおうとして勤めつゞけた。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一週間ぐらゐは怏々おうおうとして楽しまなかつたやうである。
牧野さんの死 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
鵜沼の猛虎——といわれる豪勇な彼も、近頃は、怏々おうおうと心の楽しまない顔だった。病気と称して、一切、人を避けているのである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、その人達を招いた彼だけは、たゞ一人怏々おうおうたる心をいだいて、長閑のどかな春の日に、悪魔のような考えを、考えている。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
斯うなると覿面てきめんだ。その週は怏々おうおうとして楽まない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それがつのると、怏々おうおうとして楽しまない人間になった。復讐の意志さえなくなって、人におもてを見られるのもいとうようなふうに変って来た。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、生死の間に彷徨している彼らは、みんな怏々おうおうとして楽しまなかった。
乱世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
勝家は、玄蕃允へ、六回もやった使者が、ついに全くの徒事とじして、怏々おうおうとして楽しまず、万事休す——とまで歎じていた。そして
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、瑠璃子の心は、怏々おうおうとして楽しまなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、それは用いられず、堂上の笑いぐさとなり、みかどのご逆鱗げきりんにふれたらしくもある。……いらい、怏々おうおうとして、浮かぬお顔。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怏々おうおうとして御憂悶の深かった上皇の侍側にあって、一糸、烏丸光広などと共に、かげにあって、勤王精神にあつかった傑僧であった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怏々おうおうと、楽しまない日を、幾月もうそこで暮したことか、人知れず葉隠はがくれに燃えて腐って、やがて散るしかない——真紅しんくの花の悩みのように。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然りわれは、けいたもとを分ってより、女色のおりに飼われ、懶惰らんだの肉をむしばまれて生く、怏々おうおうとして無為の日を送るすでに五年。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世間の見えぬ所では、こういう世相に怏々おうおうとして、ふんまんかたない正直まッ法な良民も少なくなかったにちがいない。
その推移をながめながら、怏々おうおうと、ひと知れず心を苦しめていたひとは、この国舅こっきゅうとよばるる車騎将軍——董承とうじょうであった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それゆえ、小牧山からもどる途中も、途々みちみち怏々おうおうと心も楽しまず、さだめし御不審にも思われたでござろうが、どうか、御疑念をはらして下さい。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日々、朝廷に上がって、政務にたずさわっていても、王允おういんはそんなわけで、少しも勤めに気がのらなかった。心中ひとり怏々おうおうもだえを抱いていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからというもの、呂布は日夜酒宴に溺れて、帳にかくれれば貂蝉と戯れ、家庭にあれば厳氏や娘に守られて、しかも酒がさめれば怏々おうおうとしていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、それがすんでも灯を横に、良人の影は、怏々おうおうと揺れ悩んでいるかにみえる。久子は、側にんやりした。多聞丸も二郎丸もみな寝たらしい。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)