小商人こあきんど)” の例文
つまり小商人こあきんどの利害から割出される繁栄である故に、正しかろうが誤っておろうが、消費さえ盛んなら好景気と言われたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いちの日、諸郷の小商人こあきんどやら伯楽ばくろうやら雑多な人々の集まる市で、悪戯わるさの行われるぐらいは、まだまだ近頃の世相のうちでは、それが白昼
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なに、みんな小商人こあきんどや職人の娘で、おとくは十四五の小娘につくっていましたが、実はかぞえ年の十七で、あとの二人も同じ年頃でした。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
隣村へ商売に往っていた小商人こあきんどの一人が夜遅くなって帰っていた。ちょうど六日比の月が入りかけている時で途は明るかった。
餅を喫う (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこここの小商人こあきんどに貸しつけて、うまく金の糸を引いただけだそうだから、まあこれは人のうわさだが江戸は広いや。えらいやつがいやあがる
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
とソッと忍んで關善の裏手へ出まして、叶屋のわきから小橋こばしを渡り、田村の下の小商人こあきんどの有ります所に蕎麦店そばやがございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
旅籠屋はたごやをはじめ、小商人こあきんど、近在のすみまき等をまかなうものまでが必至の困窮に陥るから、この上は山林の利をもって渡世を営む助けとしたいものであると
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
八五郎に小突かれながら来るのは、二十三四のめくらじま半纏はんてんを着た、小柄で、色の黒い、小商人こあきんど風の男でした。
もっともこの手合てあいの女、大抵悪摺わるずれしたる田舎出のものにあらざれば市中小商人こあきんどの娘にして江戸ツ児にはなき事なり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
小商人こあきんど風の一分別ありそうなのがその同伴つれらしい前垂掛まえだれかけに云うと、こちらでは法然天窓ほうねんあたまの隠居様が、七度ななたび捜して人を疑えじゃ、滅多な事は謂われんもので、のう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日人にちじん小商人こあきんど達ももちろん、こんないい機会を見のがすはずはなかった。同様にまた、住民の多くが市場の安い品を買うために、出かけないというはずもなかった。
だが、こういう小商人こあきんどはいい。彼等は、己の都市の美観よりも、金儲けに忙がしい。只怪しからんのは、阪神という阪急と共に梅田の東西に蟠居ばんきょしている大資本家である。
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
自然はいかさまな小商人こあきんどのように、中味を詰め替える事をしないので、今もむかしのものと少しも変らない、正真まざりっ気なしのおしろいの粉が、ほろほろとこぼれかかる。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
かしの実が一つぽとりと落ちた。其かすかな響が消えぬうちに、と入って縁先に立った者がある。小鼻こばな疵痕きずあとの白く光った三十未満の男。駒下駄に縞物しまものずくめの小商人こあきんどと云う服装なり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
京都とは似ても似付かぬ町人の気強さを恐れて、屋敷町や町外れの農家や小商人こあきんどの軒先をうろ付きまわり、一文二文の合力に、生命いのちをつなぐ心細さ。金儲けどころか立身どころか。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
玉村氏所有の貧乏長屋に住んでいた小商人こあきんどの息子で、両親に死に分れ、身寄りもないのを、妙子さんがお母さんにねだって、自分の弟の様にして育てている、可愛らしい子供であった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこでわたくしは幾たりかの小商人こあきんどと仲間を組んで、警察署長のところへまいりました。それは、ちょっと依頼の筋がありまして、食事に招待しようという寸法だったのでございます。
 この句は小商人こあきんどの旅にて、わろき酒など飲みてうつを晴さんとするに、なかなか胸につかえたりといふなり。いづれも秋の淋しき処より案じ出だせるなり。この句露とある故秋季なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
例えば私は少年の時から人を呼棄よびすてにしたことがない。車夫、馬丁ばてい人足にんそく小商人こあきんどごとき下等社会の者は別にして、いやしくも話の出来る人間らしい人に対して無礼な言葉を用いたことはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
違えずまはるが肝要かんえうなり今も云通り爰の處の川柳點にて「日々の時計とけいになるや小商人こあきんど」とぎんじられしと云ば長八は感心して成程よく會得わかりしとて長兵衞のはなしの通り翌日あすの朝も刻限こくげんきめて籠を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それに引変えやぶれ褞袍おんぼう着て藁草履わらぞうりはき腰に利鎌とがまさしたるを農夫は拝み、阿波縮あわちぢみ浴衣ゆかた綿八反めんはったんの帯、洋銀のかんざしぐらいの御姿を見しは小商人こあきんどにて、風寒き北海道にては、にしんうろこ怪しく光るどんざ布子ぬのこ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この町人の一行はかなり贅沢ぜいたくな身なりをして、垢抜あかぬけのしたところ、どうもこの辺の小商人こあきんどとは見えない。そうかといって、しかるべき大店おおだなの旦那とか、素封家とかいうものとも見えない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だから今の世でも教師の報酬は小商人こあきんどの報酬よりも少ないのである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すき一つ入れたことのない荒蕪地あれちの中に建てられた、小さい三等駅だから、乗降のりおりの客と言つても日に二十人が関の山、それも大抵は近村の百姓や小商人こあきんどばかりなのだが、今日は姉妹きやうだいの姿が人の目を牽いて
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「えらいンに買いかぶられたなあ。あいにくこっちは、若いのや老いぼれやらの、しがない小商人こあきんどだ。ところで、お前さんの方は?」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人とも夜講か参会の帰りの小商人こあきんどといった、滅法野暮ったい風をして、九段から両国へ、柳原から神田橋へと、淋しい道をって歩きますが、どうしたことか
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
戸板やたるを持出し、毛布ケットをひろげ、その上に飲食のみくいする物を売り、にわかごしらえの腰掛は張板で間に合わせるような、土地の小商人こあきんどはそこにも、ここにもあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
娘は小商人こあきんどの子に生まれ、しかもまだ小娘であるので、富貴などということはよく知らなかった。そこで、彼女は長寿を望むと答えると、乞食はうなずいて立ち去った。
小商人こあきんど、煮売屋ともつかず、茶屋ともつかず、駄菓子だの、柿だの饅頭まんじゅうだのを商いまする内の隠居でございまして、わたくしども子供の内から親どもの話に聞いておりましたが、何でも十六七の小僧の時分
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こしらへるが肝心かんじんなりそれつき彼川柳點かのせんりうてんに「日々にち/\時計とけいになるや小商人こあきんど」といふのありと申に長八は一かうわからそれなんと云心に候やと云ば是は川柳點と云て物事のあなさがしとも申すべき句なり其心は何商賣なにしやうばいにても買つけの得意場とくいば
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
だから、谷あいの渋谷川に沿って住んでいる農夫や、小商人こあきんどたちは、大学林の学僧たちを北の衆とよび、柳生家の門生たちを南の衆と呼んでいた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
念のため向う三軒兩隣を當つて見ましたが、門並小商人こあきんどとしもたやで、何んの得るところもありません。
ここは山尻町との境で、片側には小さい御家人ごけにん小商人こあきんどの店とが繋がっているが、昼でも往来の少ない薄暗い横町で、権現のやしろの大榎おおえのきが狭い路をいよいよ暗くするようにおおっていた。
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
目いろをかえた小商人こあきんどや百姓や大町人は、町年寄の家へ殺到さっとうした。だが、らちがあかないので、辻々にむらがり一団一団とかたまっては、札座ふだざ奉行の役所へ押しかけた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いえ、御浪人ですから、身分違ひ釣り合はないからと、私の配偶つれあひは氣が進まなかつたやうで御座います。小商人こあきんどの婿には、矢張り小商人が宜いと思ひ込んでゐた樣子で——
歴々のおお町人を目指さず、また小商人こあきんどの店をも避けて、中流の町家のみを狙ったのもなかなか賢こい遣り方で、その金高も二分にとどめたのは、相手は思い切って出し易いためであろう。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
本郷から下谷したやへかけての堅気の小商人こあきんどか、小旗本の奉公人で、下っ引に調べさせると、それが一脈の筋を引いていることは解りましたが、たった一日の探索では、それ以上の事は見当も付きません。
二人共夜講か參會の歸りの小商人こあきんどと言つた、滅法野暮つたい風をして、九段から兩國へ、柳原から神田橋へと、淋しい道を選つて歩きますが、どうしたことか、辻斬らしいものに逢はなかつたのです。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)