唖然あぜん)” の例文
さすがに、有王も唖然あぜんとして言葉が出なかったが、すぐさま、抱き起こすと膝の上に抱きかかえて、むせび泣きながら、かき口説いた。
けれども、この大胆者は、兵馬を怖れしめないで、驚かせるには驚かせたが、むしろ唖然あぜんとして、あきれ返るように、驚かせたのです。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これを知ったのはそれより二、三年後であって、アレが思案外史かと知った時は唖然あぜんとして、道理こそ都々逸に精しい人であると思った。
唖然あぜんとなっていた私は思わず微苦笑させられた。それを見ると青木は益々ますます乗り気になって、片膝で寝台の端まで乗り出して来た。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
傍より言をはさみて曰、式亭三馬しきていさんばが大千世界楽屋探しは如何いかんと。二三子の言の出づる所を知らず、相顧みて唖然あぜんたるのみ。(一月二十七日)
と、指令をいうような沈痛な語気の折竹に、ロイスもカムポスも唖然あぜんとなってしまった。泥亀すっぽんでさえ、精々十尺とはもぐれまい。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しばらく唖然あぜんと突っ立っていたぼくは、折から身体をして行く銀座の人混ひとごみにもまれ、段々、酔いが覚めて白々しい気持になるのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
A氏は唖然あぜんとした。次いでさつと顔を紅らめた。次いで、ああ飛んでもないことを言はなくつてよかつたと胸をでおろした。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
と、ぽんと一本参りたまえば、待構えしていにて平然と、「ありゃあっし男妾おとこめかけさ、意気地いくじの無い野郎さね。」一同聞いて唖然あぜんたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この言語道断な狼藉ろうぜき、徹底した無神経ぶりは、当時の新聞をして「恐怖の満点」と叫ばしめ、「人性の完全な蹂躙じゅうりん」と唖然あぜんたらしめている。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
真先まっさきに立ちたる未醒みせい君、立留たちどまって、一行を顧みた。見ればまさしく橋は陥落して、碧流へきりゅういわむ。一行相顧みて唖然あぜんたり。
現われたのは、紫の振袖ふりそでを着て竪矢たてやの字に結んだ、っこい小娘だったので、唖然あぜんとしてしまったが、その態度は落ちつきはらっていたと——
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ジャン・ヴァルジャンは、老コルネイユの用語を借りれば、「唖然あぜんとした。」そして眼前のことが果たして現実であるかを疑ったほどである。
私は、先刻さっきから、このなんとも批評の仕様もない、狂気染きちがいじみた夢物語に、半ば唖然あぜんとして、眼ばかりぱちぱちさせていた。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
みんな、はじめ自分の家だけ爆撃されたものと思い込んで、外に出てみると、何処も一様にやられているのに唖然あぜんとした。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
書画骨董と称する古美術品の優秀清雅と、それを愛好するとか称する現代紳士富豪の思想及生活とを比較すれば、誰れか唖然あぜんたらざるを得んや。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
(これは意外なことを聞く)といったように、ちょっと唖然あぜんとしているし、念仏房念阿も、勢観房源智も、その他のほとんどといっていい大勢が
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平凡の二字に尽きていたが、幸子はそれを読まされたあと、暫く唖然あぜんとして開いた口がふさがらない思いであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一同の者は僕の女々めめしい醜態に接して唖然あぜんとした。何故なら僕は常々所有の物資に関してはおそらく恬淡てんたんげな高言を持って彼らに接していたからである。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
唖然あぜんたる眼つきをしか期待できないようなれ違う男にたいしてさえ、そうである。クリストフはしばしばそういうくだらない孔雀くじゃくひなどもに出会った。
自分たちの助平の責任を、何もご存じない天の神さまに転嫁しようとたくらむのだから、神さまだって唖然あぜんとせざるを得まい。まことにふとい了見りょうけんである。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
辰の唖然あぜんとしたのはいうまでもないことですが、しかし、名人右門は期するところのあるもののごとく、居合わした店の者に、突如ずばりときき尋ねました。
こと、ここまでに至っては何ごとを説こうとしても、説く者に恥があるのだと経之は唖然あぜんとするだけだった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私がこの話をしかけると豆鉄砲をくらったはとのように唖然あぜんとして(これはしゃべっている私の方も唖然とした)つづいて羨望せんぼうのあまり長大息をらした男があった。
云い捨てるように警部補は自動車くるまに乗り込んだ。そのあとから、唖然あぜんたる一行が乗込む。自動車はバックして、箱根口へ向って走り出した。時速十マイルの徐行だ。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
夫人の言葉は、信一郎を唖然あぜんたらしめた。彼は呆気に取られて、夫人の美しい冷かな顔を見詰めていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
老人はそう叫びながら、やがて、片手で棒を握り、それで漕いで、躄者車くるまを前へ進め、片手で刀を頭上に振りかぶり、頼母の方へ寄せて来た。頼母は、唖然あぜんとした。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唖然あぜんたる対馬守の顔へ、宗匠は相変わらず、百年をけみした静かな笑みを送りながら、また筆をとって
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
悲喜哀楽うたた相生じ、ときとしては唖然あぜん口を開きて大笑し、ときとしては潸然さんぜん目をしばたたきて悲しむ。花を見ては美なりと呼び、音楽を聞きては快なりと感ず。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
二月五日の衆議院で、東条とうじょう首相が堂々とこの新製鉄法を述べ、これで今次の大戦をまかなうべき鉄には不自由しないと演述した。議員は皆喝采かっさいした。私たちは唖然あぜんとした。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「あなたは……わたくしにおっしゃるので?」地主のマクシーモフは唖然あぜんたるかたちで口ごもった。
寿司屋としての店頭は、古臭い寿司屋形式を排し、一躍近代感覚に富むところの新建築をもって唖然あぜんたらしめるものがあり、高級寿司屋を説明して余りあるものがある。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「なんだって?」と大江山は唖然あぜんとして、帆村の顔を穴の明くほど見詰めた。そして、やがて
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この整然たる言いかたは、初めはKを唖然あぜんとさせたが、次に彼は画家と同様声を低めて言った。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そう言ってまた豪傑笑いをしたが、その笑いぶりといい、人を食った話しぶりといい、支那浪人めいたハッタリがすっかり板についた感じなのに、俺が唖然あぜんとしていると
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
たましいは愉悦ゆえつのあまり自分の本来の状態を忘れつくして、唖然あぜんとして嘆賞しながら、日に照らされた物体のうちの最も美しいものに、すがりついて離れない——それどころか
社員一同まんまとあざむかれ、室内に這入って再び岩見をみるや唖然あぜんとした次第である。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
唖然あぜんとしていたガラッ八は、ようやく人心地が付くと、そそくさと鈴の箱を開けました。
と低い声で細々こまごまと教えてくれた。若崎は唖然あぜんとして驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなとさとって、今更ながら世の清濁せいだくの上に思をせて感悟かんごした。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
青年は唖然あぜんとして、道也を見た。道也は孔子様のように真面目まじめである。馬鹿にされてるんじゃたまらないと高柳君は思う。高柳君は大抵の事を馬鹿にされたように聞き取る男である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして唖然あぜんとしている家扶に背を向け、力足を踏んで宇野邸を出ていった。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、彼の姿は、唖然あぜんたる、弟子や男衆の前を、すぐに消えてしまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
唖然あぜんとした私は、急にムカムカしてくると、残りのビールびんをさげて、その男の後を追って行った。銀行の横を曲ろうとしたその男の黒い影へ私は思い切りビールびんをハッシと投げつけた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
かくと聞ける直道はあまりの不意に拍子抜して、喜びも得為えせ唖然あぜんたるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すると、その言葉の終らないうちに、一同は唖然あぜんとした。というのは、ちょうどそのとき饒舌家のそばに立っていた女学生ふうの女が、いきなり高々と——上げたのである。下には——彼女だった。
留公がっぺたでも殴られたように唖然あぜんとした顔をした。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
唖然あぜんとしてすくみしわれらのうつけ姿。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
わたくしは唖然あぜんとした。
巡査じゆんさ唖然あぜんとして。
と、澄み渡った声で、白雲の出ばなを抑えたものがあったものですから、唖然あぜんとして一時沈黙することのやむを得ない事態に至りました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)