井戸端いどばた)” の例文
千三は井戸端いどばたへでて胸一ぱいに新鮮な空気を呼吸した、それからかれはすっぱだかになって十杯のつるべ水を浴びて身をきよめた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つのだらしない寝巻き姿が、楊枝ようじをくわえて、井戸端いどばたからこちらを見て笑っている。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
ある日、山の茶園で、薔薇ばらの花を折って来て石榴の根元に植えていたら、商売から帰った父が、井戸端いどばたで顔を洗いながら、私にこう云った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あわれなかのじょには、まだ台所だいどころでたくさん仕事しごとっていました。それをかかえると、かのじょは、そと井戸端いどばたへいきました。
だまされた娘とちょうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
復一はあわてるほど、咽喉のどに貼りついて死ぬのではないかと思って、わあわあ泣き出しながら家の井戸端いどばたまで駆けて帰った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
井戸端いどばたと私の窓との間には、数本、石榴ざくろの木やなんかがあったり、コスモスなどが折から一ぱい花を咲かせながら茂るがままになっていたので
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ところが、運の悪い時には仕方のないもので、女中共は又井戸端いどばたで油を売っているのか、それとも女中部屋にいても聞えぬのか、これも返事がないのだ。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
細君さいくんがとがめる。糟谷かすやはうんにゃといったまま井戸端いどばたへでた。食事もいそいで出勤しゅっきんのしたくにかかると、ふたりの子どもは右から左から父にまつわる。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
が、やがて、もゆだったので、湯から揚げて水にひたした。それから、鍋を持ちあげて井戸端いどばたどぶのところまでもって行き、溝に煮え湯をこぼそうとした。
母親は泣き立てる乳呑ちのを抱えて、お庄の明朝あしたの髪をったり、下の井戸端いどばた襁褓むつきを洗ったりした。雨の降る日は部屋でそれをさなければならなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
顔は以前に変らず美しかったが眼にはいやな光りがあり、夫の山刀を井戸端いどばたにしゃがんで熱心にいでいる時の姿などには鬼女のようなすごい気配が感ぜられた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いつもなら、風呂桶の側へくるのに、そこに老婆としよりがいると、てれた顔をして、裏の井戸端いどばたへ出て行った。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はこそこそ勝手口から井戸端いどばたの方へ出た。そうして冷たい水をんでできるだけ早く顔を洗った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜中に鴨居かもいへ細帯を引掛け、あるいは井戸端いどばたをうろついて見せる女、いづれも人の来つて留めるを待つこと、これまた袂を振つて帰る帰るとわめく甚助親爺じんすけおやじと同様なり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そこには共同井戸になっていて隣のおかみさん達が二三人来て、それが水をまないで頭を集めて話していた。彼はまた例によって井戸端いどばた会議が始まっているだろうと思った。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝も五時に起きて仕度したくをなし、女監取締りの監房を開きに来るごとに、他の者と共に静坐して礼義を施し、次いで井戸端いどばたに至りて順次顔を洗い、終りて役場えきじょうにて食事をなし
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
軒端のきば蚊柱かばしらのように、どこからともなくあつまって子供こどもむれは、土平どへい前後左右ぜんごさゆうをおッいて、うもわぬも一ようにわッわッとはやしたてるにぎやかさ、長屋ながや井戸端いどばた
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
勿論そう云う暮しの中にも、村人の目に立たない限りは、断食や祈祷きとうも怠った事はない。おぎんは井戸端いどばた無花果いちじくのかげに、大きい三日月みかづきを仰ぎながら、しばしば熱心に祈祷をらした。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
藤原が提灯を持ちましてそでに隠し、燈火の隙間すきまから井戸端いどばたを見ますると、おなみ単物ひとえもの一枚にたすきを掛け、どんどん水をくんでは夫國藏くにぞうに浴せて居ります。國藏は一心不乱にまなこを閉じ合掌して
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その日は帰ってから、えらい元気で、わたしはそれ、涼しさやと言ったの通り、えんから足をぶら下げる。客人は其処そこ井戸端いどばたきます据風呂すえぶろに入って、湯をつかいながら、露出むきだしの裸体談話はだかばなし
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一、 井戸端いどばたの桜あぶなし酒のえい 秋色しゅうしき
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そんでもうれしそうであった。彼女は急にせわしそうに、台所に立って行くと、馬穴バケツをさげて井戸端いどばたへ水をみに出た。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私は近所の農家の井戸端いどばたに連れられて行く。私はそこで素っ裸かになる。お前の名が呼ばれる。お前は両手で大事そうに花環をささげながら、けつけてくる。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
祖母は自分でそれを持って行って、一枚一枚叮嚀ていねいにひろげて日光にあてた。近所の貧乏なおかみさん達が水をもらいに来る井戸端いどばたからよく見えるところへ……。
ちょうど入笠山にゅうがさやまあたりのハイキングから帰って来たらしい、加世子の従兄と登山仲間の友人とが、裏の井戸端いどばたで体をふいているところだったが、加世子が見つけて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
清人は、深夜の井戸端いどばたへ駈け出して、氷のとげが生えている釣瓶縄つるべなわを見ながら、真ッ裸になるのだった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下着の破れを大あぐらいて繕い、また井戸端いどばたにしゃがんでふんどしの洗濯せんたくなどは、御不浄の仕末以上にもの悲しく、殊勝らしくお経をあげてみても、このお経というものも
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
台所前の井戸端いどばたに、ささやかな養雞所ようけいじょが出来て毎日学校から帰るとにわとりをやる事をば、非常に面白く思って居た処から、其の上にもと、無理な駄々だだこねる必要もなかったのである。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
宜道がへっついの火を消して飯をむらしている間に、宗助は台所から下りて庭の井戸端いどばたへ出て顔を洗った。鼻の先にはすぐ雑木山ぞうきやまが見えた。そのすその少したいらな所をひらいて、菜園がこしらえてあった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はかわやにはいっていた。その小さな窓からは、井戸端いどばたの光景がまる見えになった。誰かが顔を洗いにきた。私が何気なくその窓からのぞいていると、青年が悪い顔色をして歯をみがいていた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
井戸端いどばたに植えておいた三ツ葉の根から、薄い小米のような白い花が咲いた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しばらくすると井戸端いどばたでざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口のひもを引きけたのを水で洗っていた。それから口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模様が消えかかっていた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あくる日のお昼すこし前に、私が玄関のそば井戸端いどばたで、ことしの春に生れた次女のトシ子のおむつを洗濯していたら、夫がどろぼうのような日蔭者くさい顔つきをして、こそこそやって来て、私を見て
おさん (新字新仮名) / 太宰治(著)
裏の井戸端いどばたで誰を待つやらうろうろする女中もない。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
井戸端いどばたで足を洗っています。」
眉山 (新字新仮名) / 太宰治(著)