いかずち)” の例文
雲の内侍ないじと呼ぶ、雨しょぼを踊れ、と怒鳴る。水の輪の拡がり、嵐の狂うごとく、聞くも堪えない讒謗罵詈ざんぼうばりいかずちのごとくどっと沸く。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一首の意は、天皇は現人神あらひとがみにましますから、今、天にとどろいかずちの名を持っている山のうえに行宮あんぐうを御造りになりたもうた、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
地を叩く雨声、空に転がるいかずち、耳へ口を寄せても根限り呶鳴らなければ通じない。と、この時、ううと唸ってまたぞろ甚右衛門が走り出した。
加藤主税はほのおを吐くような呼吸といかずちのような気合で、力に任せて鍔押しに押して来ると、島田虎之助はゆるゆると左へ廻る。
「やあ、理不尽りふじんな。道誉にも会わさず、ムザとやいばくだしてみよ、その刃へみついて、なんじらの頭上へ、呪いのいかずちを呼び降ろしてくれるぞ」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お雪はいきなり手にしていた縫物を投げすてるなり、つかつかと巳之吉の前へ来てすごいかずちのような目をして巳之吉を見た。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
が、やがて勇気を振い起すと、胸に組んでいた腕を解いて、今にも彼等を片っ端から薙倒なぎたおしそうな擬勢ぎせいを示しながら、いかずちのように怒鳴りつけた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
日暮方から鳴出なりだした雷は益々ますますすさまじくなって、一天いってん墨を流したようで、篠突しのつく大雨、ぴかりぴかりといなずまが目のくらむばかり障子にうつって、そのたびに天地もくつがえるようにいかずちが鳴り渡る
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この夕立の大合奏サンフォニーとどろき渡るいかずち大太鼓おおだいこに、強く高まるクレッサンドの調子すさまじく、やがて優しい青蛙あおがえるの笛のモデラトにそのきたる時と同じよう忽然として掻消かきけすようにんでしまいます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
細き声またいわく、「自然の法則とは神の意なり。いかずちは彼の声にして嵐は彼の口笛なり、然り、死もまた彼の天使にして彼が彼の愛するものを彼の膝下しっかに呼ばんとする時つかわし賜う救使きゅうしなり」
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ここいらへんはまだいかにも田舎じみた小川です。が、すこしそれに沿って歩いていますと、すぐもう川の向うにいかずちの村が見えてきました。土橋があって、ちょっといい川原になっています。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
すばしっこそうな『吹雪ふぶき』『いかずち』『いなずま
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
いかずちの神濃き雲をぶるとき
雨を呼ぶか、いかずちが鳴るか、穴山あなやま軍勝つか、胡蝶陣こちょうじん勝つか? 武田伊那丸たけだいなまる小幡民部こばたみんぶ民蔵たみぞうは、どんな行動をとりだすだろうか? 富士はすべて見おろしている——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白い手を挙げ、とさして、ふもとの里を教うるや否や、牛はいかずちのごとく舞下まいさがって、片端かたっぱしから村を焼いた。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何でも天地開闢かいびゃくころおい、伊弉諾いざなぎみこと黄最津平阪よもつひらさかやっつのいかずちしりぞけるため、桃のつぶてに打ったという、——その神代かみよの桃の実はこの木の枝になっていたのである。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鳴るいかずちのすさまじさ降る雨のはげしさに
いかずちのような一喝いっかつ
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると重なり合った山々の奥から、今まで忘れていた自然の言葉が声のないいかずちのようにとどろいて来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただときおりドドーン、ドドドドドーン! とどうにぶつかってはくだける怒濤どとうが、百千のつづみを一時にならすか、いかずちのとどろきかとも思えて、人のたましいをおびやかす。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人口火くちびを切つたからたまらない。練馬大根ねりまだいこんと言ふ、おかめとわめく。雲の内侍ないじと呼ぶ、あめしよぼを踊れ、と怒鳴どなる。水の輪の拡がり、嵐の狂ふ如く、聞くも堪へない讒謗ざんぼう罵詈ばりいかずちの如くどっく。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いかずちが猶鳴り続けた。その内に対岸の山が煙り出すと、どこともなくざっと木々が鳴って、一旦暗くなった湖が、見る見る向うからまた白くなった。彼は始めて顔を挙げた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たとえ地軸が裂け、そらくつがえいかずちがあっても、武蔵の耳に、そんな声の届くわけもない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「命が惜しくば、その方どもも天上皇帝に御詫おわび申せ。さもない時は立ちどころに、護法百万の聖衆しょうじゅたちは、その方どもの臭骸しゅうがい段々壊だんだんえに致そうぞよ。」と、いかずちのようによばわります。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春のいかずちり落された花のように、お濠端ほりばたを、諸藩の家臣が駈けてゆく。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ばらばらと駈け寄ろうとする、——と後ろからその襟がみを掴んだ神禰宜かんなぎの左典、いかずちのような気合をかけて新九郎を大地へ投げつけ、そのうでを捻じ上げて、脊骨のくじけるほど踏み押さえた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小脇差で、たった一打ちに、お八重の首を、ぶらんと、斬って伏せた一角は、どっどと、いかずちにあわせて鳴る大谷川の激潭げきたんのふちを、蹌々そうそうと——踉々ろうろうと——刃の血を、雨に、洗わせながら歩いて行く。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちまち鳴りはためいたいかずちが、かれの耳もとをつんざいた一せつな、下界げかいにあっては、ほとんどそうぞうもつかないような朱電しゅでんが、ピカッピカッと、まつげのさきを交錯こうさくしたかと思うまもあらばこそ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声は長坂ちょうはんの水にこだまし、殺気は落ちかかるいかずちのようであった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただいかずちと、どうどうと軒先の水音が騒がしいのみである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事のとつぜんは、青天のいかずち、まさにそのもので
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかずちのような声だった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春のいかずち
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)