かたじけな)” の例文
「ご親切に、かたじけない。これまで十数軒を訊き歩いても、なんの手懸りもなければ、これは拙者が方角ちがいへ来ているのであろう」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生今「鏡花全集」十五巻を編し、巨霊きよれい神斧しんふあとを残さんとするに当り我等知を先生にかたじけなうするもの敢て謭劣せんれつの才を以て参丁校対さんていかうつゐの事に従ふ。
「鏡花全集」目録開口 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
洪武十七年、太祖高皇帝の御恩ぎょおんこうむりて、臣が孝行をあらわしたもうをかたじけなくす。巍すでに孝子たる、まさに忠臣たるべし。孝に死し忠に死するは巍の至願也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御書かたじけなく拝見仕候。かねて願上候御認おんしたためもの、早く拝見いたし度と存じ候へども、今日もなおせき少々出で候まゝ、引きこも罷在まかりあり候。熱は既に去り申候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
其のちも度々、ねものがたりの叢記名所たるにより上聞に達し、かたじけなくも御上より御恵被成下置なしくだしおかれ、不易の蹤蹟しようせきたり。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いまこそ圓朝の心の鏡は世にも美しく研ぎ澄まされ、それへおおどかに師匠圓生の大きな鼻が、それこそ真如の月浴びてありがたくかたじけなく映しだされてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ゆきはいよ/\つもるともむべき氣色けしきすこしもえず往來ゆきゝ到底とてもなきことかと落膽らくたんみゝうれしや足音あしおとかたじけなしとかへりみれば角燈かくとうひかゆきえい巡囘じゆんくわい査公さこうあやしげに
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
農は粗服を用い粗食をくらい汗を流し耕作をかせぎ、工はその職を骨折り、商人は御静謐せいひつ御代みよどもに正路の働きにて、かたじけなくも御国恩を忘れざるよう致すべきの処
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
入獄者一同を見廻りおり、今度の紀元節を以て、憲法を発布あらせらるべき詔勅しょうちょく下り、かつかたじけなくも入獄者一同に恩典……といいかけしに、看守はさえぎりてその筋よりいまだ何らのたっしなし
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
是は何共なんともうも御親切千万有難う、親子の者が窮して居りまするのを蔭ながら御心配下され、着物がなければ貸して遣ろうと仰しゃる思召おぼしめし、千万かたじけない事で、御親切は無にいたしません
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
余は右の二件を難じたるものにあらず、余が今日の文学の為に、いさゝか真理を愛するの心より、知交をかたじけなうする愛山君の所説を難じたるは、に虚空なる自負自傲じふじがうの念よりするものならんや。
な、俗物ぞくぶつ信心しん/″\文学者ぶんがくしや即ちおん作者さくしや様方さまがた生命せいめいなれば、な、俗物ぞくぶつ鑑賞かんしやうかたじけなふするはおん作者さくしや様方さまがた即ち文学者ぶんがくしや一期いちご栄誉えいよなれば、之を非難ひなんするは畢竟ひつきやう当世たうせい文学ぶんがくらざる者といふべし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
「そりやかたじけないが、ま、当分俺のからだは俺にまかして置いてくれ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「さうか、それはかたじけない。」
「先生、永々の御介抱、甚太夫かたじけなく存じ申す。」——彼は蘭袋の顔を見ると、とこの上に起直おきなおって、苦しそうにこう云った。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今日けふなほりまする、なほつて兄樣にいさんのおはかま仕立したてげまする、おめしふてげまする、それはかたじけなはやなほつてふてれとへば、左樣さうしましたらば植村樣うゑむらさまんでくださるか
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ただ、遺骸には六具の甲冑を着せて、それを君公の御参覲ごさんきん遊ばす街道のかたわらに埋めていただければかたじけない。生前の御恩にこたえ、せめて、地下から細川家の御安泰をおまもりしたいから
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
願わくは執事かたじけなくも鄙衷ひんちゅうを察して、この事成るを得しめられよ。生らのく為す所は百般の使役もただ命これ聴かん。それ跛躄者はへきしゃの行走者を見、行走者の騎乗者を見る、その意の歆羨きんせん如何ぞや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
武「それはかたじけないなア」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かたじけなくも今日は先手の大将を承り、ここに軍をいだいたれば、われと思はうずるものどもは、近う寄つて勝負せよやつ。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夫れはかたじけなし早く癒つて縫ふて呉れと言へば、左樣しましたらば植村樣うゑむらさむを呼んで下さるか、植村樣に逢はして下さるか、むゝ逢はして遣る、呼んでも來る、はやく癒つて御兩親に安心させて呉れ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ただただこの至らぬ主人に対してそちたちの忠節はかたじけないと申すしかない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まことや「きりしとほろ」が信心のかたじけなさには、無心の小鳥も随喜の思にえ堪へなんだのでおぢやらうず。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それはかたじけなし早く癒つて縫ふてくれと言へば、さうしましたらば植村様を呼んで下さるか、植村様に逢はして下さるか、むむ逢はして遣る、呼んでも来る、はやく癒つて御両親に安心させてくれ
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「よく何事もなかったものだ。このお方が本気になって抵抗てむかったら、其方どもが十人、二十人、かかっても、濠の水を呑んだろうに。——さてさて無事であったは、まことにご堪忍のお情け、かたじけない」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸君の確信する所によれば、古今の才人は一人残らず諸君の愛顧をかたじけなうしてゐる。いはんや最も特色のある才人などと云ふものの等閑に附せられてゐる筈はない。それは諸君の云ふ通りである。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「え、来てくれるとか、それはかたじけない」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その弟の主水重昌もんどしげまさは、慶長十九年大阪冬の陣の和がこうぜられた時に、判元見届はんもとみとどけの重任をかたじけなくしたのを始めとして、寛永十四年島原の乱に際しては西国さいごくの軍に将として、将軍家御名代ごみょうだいの旗を
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
(この窮境を救ってくれたのは、やはりわが敬愛する友人知己諸君である。諸君は病人の私から見ると、いずれも不思議な程健啖だった。)いや、そう云う御見舞物をかたじけなくしたばかりじゃない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なれど『ろおれんぞ』様のお心の気高さは、妾が大罪をも憎ませ給はいで、今宵は御身の危さをもうち忘れ、『いんへるの』(地獄)にもまがふ火焔の中から、妾娘の一命をかたじけなくも救はせ給うた。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)