落人おちゅうど)” の例文
朱実あけみや、開けておあげ。どうせ落人おちゅうどだろうが、雑兵なんか、御詮議ごせんぎの勘定には入れてないから、泊めてあげても、気づかいはないよ」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ながいあいだの落人おちゅうどぐらしで、意識より肉体のほうが危険を先に感ずる。反射的にはね起きてから、彼はようやく眼をあいた。
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かわたれどきのその夕闇をい乍ら、落人おちゅうどたちは、シャン、シャンと鈴のを忍ばせてすべり出るように京の町へ出ていった。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
渡海屋銀平実はたいら知盛とももり落人おちゅうどながら、以前が以前だから、実名を名乗りたくて、寧ろウズ/\している。僕も丁度それだ。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
曽我の母が落人おちゅうどになって来ていたということも、この辺ではよく聞く話なのであります。(大海集。高知県幡多はた郡津大村)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この日も黄昏たそがれになった頃、宮方の落人おちゅうどを搦め取れと、武家方のつわものども、高野への山路を、騎馬徒歩かちにて走らせていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
落人おちゅうどそよすすきに安からず、小野さんは軽く踏む青畳に、そと落す靴足袋くつたびの黒き爪先つまさきはばかり気を置いて這入はいって来た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たちまち欠け始めた、日の二時頃、何の落人おちゅうどあわただしき車の音。一町ばかりを絶えず続いて、轟々ごろごろと田舎道を、清水港の方から久能山のかたへ走らして通る、数八台。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こうして肩を並べて行くところ、落人おちゅうどめいた芝居気に与惣次はいい心持にしんみりしてしまったが、掃部かもんへ用達しに行った帰途だとのほか、女は口をとざして語らなかった。
老人は、一べつしてこの少年が今川の落人おちゅうどであることを知った。当代の今川家には多少恨みがあった。しかしなんといっても、先代の仁政に対する感謝がどこかに残っている。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
光厳の弟ぎみ、梶井ノ二ほん親王しんのうもここへ来合わされ、御門徒の勝行房、上林房以下二、三十人の法師武者らとともに落人おちゅうどの列に入った。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
では駆け落ち? ……死んでくれれば死んでみせる! 逃げてくれるなら逃げてみせる! ……枯野を分けて落人おちゅうどだ! ……両刀サラリと捨ててもいい。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一体こうした僻地へきちで、これが源氏のはたけでなければ、さしずめ平家の落人おちゅうどが隠れようという処なんで、毎度あやしい事を聞きます。この道が開けません、つい以前の事ですが。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「秋の夜長に川端で犬の遠吠をきくのはちょっと芝居がかりだね。君は落人おちゅうどと云う格だ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ふん、君も東京の落人おちゅうどか、ふん」
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大塔ノ宮護良も弟宮の宗良も、その夜のうちに山門を落ちて、はやくも“落人おちゅうど”と変り果てた身を、暗い湖上の秋かぜに吹かれていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皆鶴姫みなづるひめ殿やら京の君様やら、ありとあらゆる女に手を出し、その後もずっと女狂い、怨めしや怨めしや! その天罰が覿面てきめんにむくい、今は落人おちゅうどのお身の上
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
落人おちゅうどのそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑ほほえみ微笑み通ると思え。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
附近に戦争があると忽ち土匪化どひかして、弱い落人おちゅうどを襲ったり、戦死者の持物をいだりすることをかせぎとしていたかの如く伝えられている。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「黙れ、迂濶者うかつもの、この阿呆あほう! ……密閉してある檻なんぞ、カラクリじゃ、まやかしよ! そのようなものに何んの何んの、落人おちゅうどなんど隠して置こうか! ……けものの檻に、獣の檻に!」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこで、雪の落人おちゅうどとなったんだね。私は見得も外聞も要らない。なぜ、この降るのに傘を借りないだろうと、途中では怨んだけれど、外套の頭巾をはずしてかぶせてくれたのには感謝した、烏帽子えぼし
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに“吉野落つ”と聞えても、味方による確報ではなく、吉野からの落人おちゅうどはまだ一人も、ここへはたどりついていなかった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくては、一城の姫か、うつくしい腰元の——敗軍には違いない——落人おちゅうどとなって、辻堂に徜徉さまよった伝説をのあたり、見るものの目に、幽窈ゆうよう玄麗げんれいの趣があって、娑婆しゃば近い事のようには思われぬ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あたりに気を置く落人おちゅうどであった。そっとおきたは振り返って見た。
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「筑紫落ちといったな。たわけめ。尊氏の下向げこうは、敗れたりとはいえ、落人おちゅうどの身隠しなどとはわけがちがう。いうならば、筑紫びらきと申せ」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのは、この家のうちに負傷者でもない落人おちゅうどがひとりかくまってある。彼らが出直して来たときは見出されるかも知れぬ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼にすれば、落人おちゅうどのままならぬ身でさえあるに、宮廷そのものを背負って行くにひとしいような重さであったことだろう。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「したが、落人おちゅうどのお身の上でこそあれ、無礼のあるときは、この龍太郎が承知いたさぬ、そうおぼしめして、ご案内なさい」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「不破村の辻風典馬を知らぬ奴は、この近郷にないはずだ、落人おちゅうどの分際で、生意気な腕だて、見ていろ、どうするか」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大坂城という未解決な存在がまだ風雲をはらんでいるので、身を寄せる藩に依っては、再び素牢人すろうにんに転落したり、落人おちゅうどの憂き目にあうおそれは多分にある。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そのことばが、甲州こうしゅうなまりだから、甲州の田舎者といったのがどうした、甲州も甲州、二十七代もつづいた武田たけだ落人おちゅうど、四郎勝頼かつよりはてめえだろう!」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落人おちゅうどと見れば、以前はすぐ、かせぎのかもを見つけたように、兇悪な胸算用を立てながら猫をかぶっていたものだ。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じぶんの野心を見ぬかれた腹立ちと、落人おちゅうどの一少年にピシリとはねつけられた不快さに、満面にしゅをそそいだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平家の落人おちゅうどたちが近江おうみ越えにさまようた昔から、また親鸞しんらんや、叡山えいざんの大衆が都へ往来ゆききした昔から——何百年という間をこの辻に根を張って来た下り松は今
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどその千余騎の落人おちゅうど——主上の駒から女院たちの輿こしまでが、とどろに、瀬田の大橋の上へかかるやいな
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
意外ならぬ容子でもあるが、また早くも、落人おちゅうどとなったその人を眼に描いて、会うに忍びない風でもある。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めぐって、魏軍営、潰乱かいらんに陥ちたと見たら、軍需兵糧の品々を、悉皆しっかい、船に移して奪いきたれ。また諸所の道にかかる落人おちゅうどどもの馬具、物具なども余すなく鹵獲ろかくせよ
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「折も折とて天草の乱には、戦に破れた落人おちゅうどどもが、阿波こそ頼るべしとあって、海伝いにおびただしくまぎれこみ、また義伝公は、左右そうなくそれを剣山にかくまわれた」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行く先々で、地獄ゆきの落人おちゅうどばかりに行き会う。……お通さん、六道三で溺れかけたら、いつでもわしの名をお呼び。いいか、沢庵の名を思い出して呼ぶのだぞ。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それには及ばぬ。この辺にまで武田勢の散っておるいわれはなし、思うに、きょうの合戦を気構えて、落人おちゅうどの道に網を張り、稼ぎを待つ野武士共の群に相違あるまい」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくら拷問ごうもんしても、ひと口も、主の不為は吐かなかったことやら、またやや後日、備後のともでかこまれた菊池の落人おちゅうど宮崎太郎兵衛が、持っていた密書をまもるため
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落人おちゅうど追剥おいはぎ、あちゆる戦場稼いくさばかせぎ、火放ひつけ殺人誘拐かどわかし——やらない悪事はないくらいだからなあ
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野武士の群れだの、軍馬だの、落人おちゅうどだの、密使の往来などが、夜を好んで動くのである——
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、彼の九州落ちは、あてなき落人おちゅうどの漂泊とは違い、ひそかに期するところもあったのだ。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮は無力な落人おちゅうどにすぎない。身一ツ高野こうやたのんで来られたのだ。これをたすけぬのは仏心にそむく。——一山の衆議はすぐきまって、宮は、大塔とよぶ大伽藍だいがらん天井裏てんじょううらかくまわれた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落人おちゅうどや追討ちに係り合うてを見るなと云い合わせたように、二十八日の夕ともなれば、どこの宿場でも野辺の部落でも、かたく戸閉とざして、榾火ほたびの明りすらもらしている家はなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもその主人は、人なみすぐれた器量と学識をもち落人おちゅうどの境遇でこそあったが、わしらのようないやしさなく、何処へ出しても一方いっぽうの大将として恥かしくない人品とこつがらをも備えておられた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落人おちゅうどどもは、落ち行くままに見のがしておけ、まだ明日の敵が先にある」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どう仕りまして。そう仰っしゃられてはかえって身が縮む。てまえは名主あがりの無学者。ほか一同も、今は天下に身のおき場なきちまた落人おちゅうど。ただただご仁義の下におすがり申すばかりです」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さっそくの迎え、うれしいぞ。……笑うべし、かねがねのこまやかなるはかりも、いすかのはしと食いちがい、かくの如く、俄か落人おちゅうどとはなって、昨夜、ひそかに大内を脱け出てまいった。たのむぞよ」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)