苦界くがい)” の例文
「そう云わなくても四十九回、始終しじゅう苦界くがいさ。そこでこの機会に於て、遺言ゆいごん代りに、子沢山の子供の上を案じてやってるんだあナ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
畢竟するに婦人が婚姻の契約を等閑なおざりに附し去り、却て自から其権利を棄てゝ自から鬱憂の淵に沈み、習慣の苦界くがいに苦しむものと言う可し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
苦界くがい十年親のために身を売りたる遊女が絵姿えすがたはわれを泣かしむ。竹格子たけごうしの窓によりて唯だ茫然ぼうぜんと流るる水を眺むる芸者の姿はわれを喜ばしむ。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それに反して、「英雄主義」が、か弱い女性、しかも「苦界くがい」に身を沈めている女性によってまでも呼吸されているところに「いき」の特彩がある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ひそかに心覺こゝろおぼえると、我朝わがてうにても以前いぜんから、孝行かうかうむすめ苦界くがいしづんで、浮川竹うきかはたけながれるのは、大概たいがい人參にんじん
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
苦界くがいのうちのたのしみにしているのざますから、年に一度でもようございますから、顔でも見せておくんなましな
また、行燈あんどんとさし向いで、上方かみがたの空に残して来たちぎりある男へ、筆を走らせている苦界くがいの後ろ姿もある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実在の苦境くぎょうの外に文三が別に妄念もうねんから一苦界くがいを産み出して、求めてそのうち沈淪ちんりんして、あせッてもがいて極大ごくだい苦悩をめている今日この頃、我慢勝他しょうた性質もちまえの叔母のお政が
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
果して易々やすやすとその要求するだけの金が手に入ったならば、自分の今の苦痛はたちどころに解放される。解放されるのは自分だけではない、苦界くがいに沈む女の身が一人救われる。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いとなみ居たりしがさては貴樣が殺したるかと然も驚きたる樣子をなせば三次は最早やつきとなりとぼけなさんな長庵老屋敷へ出すとお安をあざむき妹娘を苦界くがいしづうかなき罪科つみとが
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そんな不人情な男はわたしもすっぱりと思い切った。あきらめてしまった。さてそうなると、こうして廓にいてもなんの望みもない、楽しみもない、一日も早く苦界くがいをぬけたい。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なが年の苦界くがいづとめを、はっきりとひとの眼に告げるせ細った身体をしゃにかまえて
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
こよひの出物でものなる樂劇の本讀ラ、プルオバ、ヅン、オペラ、セリアといふ曲はかゝる作者の迷惑を書きたるものなるが、まことは猶一層の苦界くがいなるべし。樂長の答へんとするに口を開かせず、姫は我前に立ちて語を繼ぎたり。
ここの世界は苦界くがいといふ、又忍土とも名づけるぢゃ。みんなせつないことばかり、涙の乾くひまはないのぢゃ。たゞこの上は、われらと衆生と、早くこの苦を離れる道を知るのが肝要ぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そうして心の中は瞋恚しんいほのおに燃えたり、また堪えがたい失望のどん底に沈んでしまったような心持になったりしながらもまたふと思い返してみると、女は長い間の苦界くがいから今ようやく脱けでて
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ことに歎くな、現世うつしよかぎりも知らぬ苦界くがいよと。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
苦界くがい十年親のために身を売りたる遊女が絵姿えすがたはわれを泣かしむ。竹格子たけごうしの窓によりて唯だ茫然ぼうぜんと流るる水をながむる芸者の姿はわれを喜ばしむ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
要するに、「いき」は「浮かみもやらぬ、流れのうき身」という「苦界くがい」にその起原をもっている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
いわんや、かの戦争の如き、その最中には実に修羅しゅら苦界くがいなれども、事、平和に帰すれば禍をまぬかるるのみならず、あるいは禍を転じて福となしたるの例も少なからず。
政事と教育と分離すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
どうやらかのお方はお前様のためにくるわへ身を沈めて、慣れぬ苦界くがいの勤めからこの世を捨てる気になったのでございましょう、それが死んで行く時まで、あなた様のことを心配して
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なし在所ざいしよより遙々はる/″\便たより來りし弟十兵衞を芝札の辻に於て殺害し年貢ねんぐ未進みしんに血のなみだにて娘文を苦界くがいへ沈めし身の代金をうばひ取て其罪を浪人藤崎道十郎に巧言かうげんを以ておはせ又妹お富を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この小主水の部屋から妹分で此のごろ突出つきだされた一人の娼妓こどもは、これも大阪もので大家たいけの娘でございましたが、うちの没落に身を苦界くがいに沈め、ごとに変る仇枕あだまくらあした源兵衛げんべえをおくり
ここの世界は苦界くがいという、また忍土にんどとも名づけるじゃ。みんなせつないことばかり、なみだかわくひまはないのじゃ。ただこの上は、われらと衆生しゅじょうと、早くこの苦をはなれる道を知るのが肝要かんようじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こうなると、おつねの身売は無駄なことになったようなわけで、これから十年の長いあいだ苦界くがいの勤めをしなければならないのですから、姉思いの久松は身を切られるようになさけなく思いました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「どうぞ、此金これで、苦界くがいが抜けられますように。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことに歎くな、現世うつしよかぎりも知らぬ苦界くがいよと。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
親のうちつぶれてしまえば頼みに思う番頭からびを入れて身受みうけの金を才覚してもらおうというのぞみも今は絶えたわけ。さらばといってどうして今更お園をば二度と憂き川竹かわたけ苦界くがいしずめられよう。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あれさ、小増さんに此方こっちで三十両出そうと云うと、彼方あっちで五十両出そうと云って張合ってするのだから、まことに仕様がございませんよ、流行妓てえなア辛いものでそれだから苦界くがいと云うので、察して気を
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
送りたりまこと孝心かうしん餘慶よけいむくい來て苦界くがいのが駕籠舁かごかきの實意を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)