緋鯉ひごい)” の例文
ゆたかにまろらかな立唄たてうたの声と、両花道からしずしずとひれをふりながらあらわれる踊り子の緋鯉ひごいの列と……とりわけあざやかに幻に残ってるのは
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
松とすすきで取廻し、大根畠を小高く見せた周囲五町ばかりの大池のみぎわになっていて、緋鯉ひごいの影、真鯉の姿も小波さざなみの立つ中に美しく
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
主人は或百姓家の庭の、藤棚ふじだなの蔭にある溝池どぶいけふちにしゃがんで、子供に緋鯉ひごいを見せているお島の姿を見つけると、傍へ寄って来て私語ささやいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから、わたしが廊下を渡ってお池の傍を通りますと、お池の中の金魚が三つばかり死んでいて、緋鯉ひごいが一つ死にかけて腹を上にしておりました
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
爾来人々弥左衛門を、釣鐘弥左衛門と称したが、それ程の釣鐘弥左衛門も、兄分と立てなければならなかったのは、緋鯉ひごいの藤兵衛という町奴であった。
二人町奴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
真鯉まごい緋鯉ひごいとがありまして、あるいは布であるいは紙で作り、大きいのになりますと長さが五、六間にも及びます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
中には緋鯉ひごいの影があちこちと動いた。濁った水の底を幻影まぼろしのように赤くするそのうおを健三は是非捕りたいと思った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大きな鯉、緋鯉ひごいがたくさん飼ってあって、このごろの五月雨さみだれに増した濁り水に、おとなしく泳いでいると思うとおりおりすさまじい音を立ててはね上がる。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
池の水面近く、所どころに緋鯉ひごいの群があつまっているのが、遠くから、うす桃いろにぼやけて眺められるのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし、お杉の来ているのを知らない二人も、お杉につれて、章魚たこや、緋鯉ひごいや、鮟鱇あんこうや、ぼらの満ちている槽を覗き覗き、だんだん花屋の方へ廻っていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
上の方の一番大きな緋鯉ひごいも、その次の青も、その下の小さな黒鯉も、雨や夜露に打たれて色がげ落ちたまま、互いにピシャンコになってヘバリ附き合っている。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まるで一つのを目懸けて、沢山の緋鯉ひごい真鯉まごいがお互に押しのけながら飛びついてくるかのように。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
道楽隠居が緋鯉ひごいにも飽きた、ドイツ鯉もつまらぬ、山椒魚はどうだろう、朝夕相親しみたい、まあ一つ飲め、そんなふざけたお話に、まともにつき合っておられますか。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たとえば栖鳳池の東の茶屋で茶を飲んだり、楼閣の橋の欄干から緋鯉ひごいを投げてやったりなど。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いけ名付なづけるほどではないが、一坪余つぼあまりの自然しぜん水溜みずたまりに、十ぴきばかりの緋鯉ひごいかぞえられるそのこいおおって、なかばはなりかけたはぎのうねりが、一叢ひとむらぐっと大手おおてひろげたえださきから
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
幾つもの桶をならべて、緋鯉ひごい、金魚、目高のたぐいがそれぞれの桶のなかに群がり遊んでいるのを、夜の灯にみると一層涼しく美しい。一緒に大きい亀の子などを売っていれば、更におもしろい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だが考え及ばないものか、そのまま藤棚の下へ這入って、そこにある陶器床几すえものしょうぎに腰を下ろし、亀の日向ひなたへ上がったように、ぽつねんとして、池の緋鯉ひごい游弋ゆうよくに、無為徒然な春の日を過ごしています。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五「大きな緋鯉ひごいが居ります、更紗さらさや何か亀井戸もよろしく申すので」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これらの草木そうもくとこの風景とを眼前に置きながら、殊更ことさらに西洋風の建築または橋梁を作って、その上から蓮の花や緋鯉ひごいや亀の子などを平気で見ている現代人の心理は到底私には解釈し得られぬ処である。
鼻の上に落葉をのせて緋鯉ひごい浮く
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
取巻いた小児こどもの上を、ふななまず、黒い頭、緋鯉ひごいと見たのは赤いきれ結綿仮髪ゆいわたかつらで、幕の藤の花の末をあおって、泳ぐようにながめられた。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
廊下へ出て、へり蘇鉄そてつ芭蕉ばしょうの植わった泉水の緋鯉ひごいなどを眺めていると、褞袍姿どてらすがたのその男が、莨をふかしながら、側へ寄って来て話しかけた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「池の緋鯉ひごいねますよ」と我は飽くまでも主張する。なるほど濁った水のなかで、ぽちゃりと云う音がした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは、むかし、さるお大名のお庭であった。池には鯉と緋鯉ひごいとすっぽんがいる。五六年まえまでには、ひとつがいの鶴が遊んでいた。いまでも、この草むらには蛇がいる。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ぼちゃりと池に水音がはねると、緋鯉ひごいの尾が躍って見えた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
緋鯉ひごいであったそうな……ごあんじなさるまい」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この住居すまいは狭かりけれど、奥と店との間にひとつの池ありて、金魚、緋鯉ひごいなど夥多あまた養いぬ。が飼いはじめしともなく古くより持ち伝えたるなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無数の真鯉まごい緋鯉ひごいが、ひたひた水の浸して来る手摺てすりの下を苦もなげに游泳ゆうえいしていた。桜豆腐、鳥山葵とりわさ、それに茶碗ちゃわんのようなものが、食卓のうえに並べられた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「それにね。近頃は陽気のせいか池の緋鯉ひごいが、まことによくはねるんで……ここから聞えますかい」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二尺ちかい緋鯉ひごいがゆらゆら私たちの床几の下に泳ぎ寄って来た。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
肝魂きもだま泥亀すっぽんが、真鯉まごい緋鯉ひごいと雑魚寝とを知って、京女の肌をて帰って、ぼんやりとして、まだその夢の覚めない折から。……
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
廊下の手欄てすりに垂れたすだれの外には、綺麗に造られた庭の泉水に、涼しげな水が噴き出していたり、大きな緋鯉ひごいが泳いでいたりした。あおい水のおもてには、もう日影が薄らいでいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
下女の遅いのを一層にしなければならなかった彼は、ふかしかけた煙草たばこを捨てて、縁側へ出たり、何のためとも知れず、黙って池の中を動いている緋鯉ひごいを眺めたり、そこへしゃがんで
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「先生、見事な緋鯉ひごいでしょう?」
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
湯殿から蒸しかかる暖い霧も、そこで、さっと肩に消えて、池の欄干を伝う、緋鯉ひごいひれのこぼれかかる真白まっしろな足袋はだしは、素足よりなお冷い。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白雪の飛ぶ中に、緋鯉ひごいの背、真鯉のひれの紫は美しい。梅も松もあしらったが、大方は樫槻かしけやきの大木である。ほおの二かかえばかりなのさえすっくと立つ。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
石段の下あたりで、緑に包まれた夫人の姿は、色も一際鮮麗あざやかで、青葉越に緋鯉ひごいの躍る池の水に、影も映りそうにたたずんだが、手巾ハンケチを振って、促がして、茶店から引張り寄せた早瀬に
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鯉七 いや、お腰元衆、いろいろ知ったは結構だが、近ごろはやる==池の鯉よ、緋鯉ひごいよ、早く出てを食え==なぞと、馬鹿にしたようなのはお唄いなさるな、失礼千万、御機嫌を損じよう。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
緋鯉ひごいが躍ったようである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)