窓硝子まどガラス)” の例文
私はぼんやり頬杖をついて、若い頃よくそうする癖があったように窓硝子まどガラスに自分の額を押しつけながら、それを飽かずに眺めている。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
二月ふたつきばかりは全く夢のように過ぎた。入梅が明けて世間はにわかに夏らしくなり、慶三が店の窓硝子まどガラスにもパナマや麦藁帽子が並び始めた。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は、指先で、窓硝子まどガラスをコツコツ叩いた。肺臓まで凍りつきそうな寒い風が吹きぬけて行った。彼は、その軒の下で暫らくたたずんでいた。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
堀端ほりばたを沿うて走るその電車の窓硝子まどガラスの外には、黒い水と黒い土手と、それからその土手の上にわだかまる黒い松の木が見えるだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
氷つた窓硝子まどガラスから、やつと這入つた、斜な日の光が、天幕の中のゆかの上に閃いてゐる。もうワシリは天幕の中にゐなかつた。
また町の三階造の宿屋の窓硝子まどガラスがぎらぎらと黄金色に輝いていた。太吉は町の中を彷徨うろついていた。馬が荷車を引いて通った。人力が駆けて行った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こっちは、頤髯あごひげがある——向う側のビルディングの窓硝子まどガラスが照空灯の反射で、ピカリとひらめいたので、その頤髯あごひげが見えた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
よごれた窓硝子まどガラスと、羽目板の色あせげちょろけた青ペンキだけが、僅かに昔のなごりをとどめているようであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
俊助しゅんすけ辰子たつことは、さっきの応接室へ引き返した。引き返して見ると、以前はささなかった日の光が、ななめ窓硝子まどガラスを射透して、ピアノの脚に落ちていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
汽車のなかで子供はしずくのたらたら流れる窓硝子まどガラスに手をかけて、お銀の膝に足を踏ん張りながら声を出して騒いだ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
窓硝子まどガラスに、白い雨がにじんで来た。ついツ、ついツと、小鳥がひさしをよぎつてゐる。ゆき子は立つて、硝子戸を開けた。眼の前の山も空も乳色に煙つてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
聞えない? 風が何て靜かなそよぎになつたんだらう? そしてもう窓硝子まどガラスに打ちつける雨の音もしない。御覽(彼は窓掛をかゝげた)——いゝ夜だなあ!
外套がいとうそでで、バスの窓硝子まどガラスの曇りをぬぐっていると、車体はむんずと乗客を揺り上げながら、急角度に曲った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
高子は高子でひまさえあれば郵便局の事務室の窓硝子まどガラス越しに海を見やって、お父さんは船といっしょに鳴門なるとうずに巻きこまれたのではなかろうかと涙ぐんだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
冬になると雪が全然すっかり家を埋めてしまう、そして夜は窓硝子まどガラスから赤い火影ほかげがチラチラとれる、折り折り風がゴーッと吹いて来て林のこずえから雪がばたばたとちる
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
現に学校の運動場で雪ぶつけをして、あやまって教室の窓硝子まどガラス一枚をこわしたときにも、ある教師はわたしを叱って、「学校と芝居とは違うじゃないか。」と言った。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
セルギウスは顔を窓硝子まどガラスに当てた。併し室内の燈火ともしびの光が強く反射してゐて、外は少しも見えなかつた。そこで両手で目を囲つて覗いて見た。外は霧と闇と森とである。
次の朝になって、監督の窓硝子まどガラスからテーブルの道具が、すっかり滅茶苦茶にこわされていたことが分った。監督だけは、何処にいたのか運良く「こわされて」いなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
すると意外なことに、そこにはスチームに汗ばんた窓硝子まどガラスに、怖ろしくじじくさい、こけたほおの、へこんだ眼がキラついている顔が映った。それはまるで他人のように見えた。——
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼はこのほか窓硝子まどガラスに出来る窓霜(ジャック・フロスト)についても記述しているし
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
大府おおぶあたりから雨が降って来たのに、それも知らないで眠っているので、妙子が立って窓硝子まどガラスを締めてやったが、彼方此方でにわかに窓を締めたので、車室の中はひとしお蒸し暑い温気うんきこも
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓硝子まどガラスかな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私はぼんやり頬杖ほおづえをついて、若い頃よくそうする癖があったように窓硝子まどガラスに自分の額を押しつけながら、それを飽かずに眺めている。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
けれども煉瓦が積んであるだけで屋根もいてなければ窓硝子まどガラスもついてない。足場に使った材木さえ処々に残っているくらいの半建はんだてである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風に吹きつけられた雪が、窓硝子まどガラスを押し破りそうに積りかかっていた。谷間の泉から湧き出る水は、その周囲にてついて、氷の岩が出来ていた。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
己の周囲まはりの物が、何もかも生き返つて、動き出す。踊り出す。さつきまで外の寒さを微かに見せてゐた窓硝子まどガラスが、火を反射してあらゆる色に光つてゐる。
今は、ましてや真夜中に近い時刻であるので、構内は湖の底に沈んだように静かで、霊魂れいこんのように夜気やき窓硝子まどガラスとおして室内にみこんでくるように思われた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
町がにわかに暗くなった時、車掌が「曳舟ひきふね通り」と声をかけたので、わたくしは土地の名のなつかしさに、窓硝子まどガラスひたいを押付けて見たが、木も水も何も見えない中に
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
窓硝子まどガラスから間近い両側の商店街の強い燭光を射込まれるので、車室の中の灯りは急にねぼけて見える。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
どろのはねだらけになってい、看板もなにもなく、よごれた窓硝子まどガラスと、羽目板の色あせげちょろけた青ペンキだけが、わずかに昔のなごりをとどめているようであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「きゝました。」まだ窓硝子まどガラスみがいてゐるレアに、私の云ふのが聞えないやうに聲を落して云つた。
福島あたりへ来ると、寒さがみりみり総身に迫り、窓硝子まどガラスに白く水蒸気が凍っていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ゆき子は、耳もとにざはつく、雨の音を、樹海のそよぎのやうに、聞いてゐたが、それが、窓硝子まどガラスに、霧をしぶいてゐる雨の音だと判ると、ゆき子は、がつかりして、奈落ならくへ落ちこむ気がした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
と云っている途端に、又ぶうんと来て、窓硝子まどガラスつかった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓硝子まどガラス
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私はその看護婦が大きな花束を抱えたままバルコンの蔭に隠れてしまってからも、うつけたように窓硝子まどガラスに顔をくっつけていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
女は車台に乗った時、ちょっと男に目礼したが、それぎり中へ這入はいってしまった。冬のの事だから、窓硝子まどガラスはことごとくめ切ってあった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と叫ぶ声の下に、化粧鏡がうしろにされて窓硝子まどガラスに当り、ガラガラと物凄い音をたててこわれた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それで他に仕事もなかつたので、私は、窓硝子まどガラスに、花のやうに凍りついてゐる霜を息でかしはじめた。かうして、硝子ガラスがすき透ると、そこから私は地面を見ることが出來た。
一しきり風が窓硝子まどガラスに砂ほこりを吹き当てる音が極立きわだつ。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私がよくそうしているように窓硝子まどガラスに自分の額を押しつけながら、菜穂子がじっとくうを見つめているらしいのが認められた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
Yは停車場ステーション前で買った新聞に読みふけったまま一口も物を云わなかった。雨はいつのにか強くなって、窓硝子まどガラスに、砕けたつゆたまのようなものが見え始めた。
初秋の一日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こおりついたつめたい窓硝子まどガラスの向こうに、今、真赤な月がのぼりつつあった。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小さな蛾のこびりついている窓硝子まどガラスをとおして、私はぼんやりと暁の星がまだ二つ三つかすかに光っているのを見つめていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
敬太郎もつい釣り込まれて、見悪みにくい外をかすようにながめた。やがて電車の走る響の中に、窓硝子まどガラスにあたってくだける雨の音が、ぽつりぽつりと耳元でし始めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見れば、病室の大きな窓硝子まどガラスが二枚も、めちゃめちゃに壊れている。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
閉め切った窓硝子まどガラスにはげしくぶつかり、その打撃で自ら傷つきながら、なおも生を求めてやまないように、死に身になって硝子にあなをあけようと試みている。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並べてある洋書に眼がついた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌日、菜穂子は、風のために其処へたたきつけられた木の葉が一枚、窓硝子まどガラスの真ん中にぴったりとくっついたままになっているのを不思議そうに見守っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そこで額を窓硝子まどガラスに着けるように、中に並べた指環だの、帯留だの枝珊瑚えださんごの置物だのをながめ始めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)