“發揮(はつき)” の例文
新字:発揮
畑(はたけ)の黒(くろ)い土(つち)は彼等(かれら)の技巧(ぎかう)を發揮(はつき)して叮嚀(ていねい)に耕(たがや)されゝば日(ひ)がまだそれを乾(ほ)さない内(うち)は只(たゞ)清潔(せいけつ)で快(こゝろ)よい感(かん)じを見(み)る人(ひと)の心(こゝろ)に與(あた)へるのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
六本木の大黒屋は、崖(がけ)の上に建つた二階屋で、大通りからは少し入りますが、贅澤と惡趣味を念入りに發揮(はつき)した、恐るべきこけ脅(おど)かしの構へでした。
銭形平次捕物控:180 罠 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
左樣(さやう)、それと反對(はんたい)で、社會教育(しやくわいけういく)丈(だけ)あつて學校教育(がくかうけういく)のないものは、隨分(ずゐぶん)複雜(ふくざつ)な性情(せいじやう)を發揮(はつき)する代(かは)りに、頭(あたま)は何時(いつ)迄(まで)も小供(こども)ですからね。却(かへ)つて始末(しまつ)が惡(わる)いかも知(し)れない
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
含春(がんしゆん)も亦(また)明敏(めいびん)にして、此(こ)の句(く)を見(み)て略(ほ)ぼ心(こゝろ)を知(し)り、大(おほい)に當代(たうだい)の淑女振(しゆくぢよぶり)を發揮(はつき)して、いけすかないとて父(ちゝ)に告(つ)ぐ。父(ちゝ)や、今古(こんこ)の野暮的(やぼてん)、娘(むすめ)に惚(ほ)れたりとて是(これ)を公(おほやけ)に訴(うつた)へたり。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
『貴君(あなた)も隨分(ずゐぶん)口(くち)が惡(わる)いね』とか何(なん)とか義母(おつかさん)が言(い)つて呉(く)れると、益々(ます/\)惡口雜言(あくこうざふごん)の眞價(しんか)を發揮(はつき)するのだけれども、自分(じぶん)のは合憎(あいに)く甘(うま)い言(こと)をトン/\拍子(びやうし)で言(い)ひ合(あ)ふやうな對手(あひて)でないから
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
餘震(よしん)を恐怖(きようふ)せるため、消防(しようぼう)に十分(じゆうぶん)の實力(じつりよく)を發揮(はつき)することが出來(でき)なかつたとは、屡(しば/\)專門(せんもん)の消防手(しようぼうしゆ)から聞(き)く述懷(じつかい)であるが、著者(ちよしや)は此種(このしゆ)の人士(じんし)が餘震(よしん)を誤解(ごかい)してゐるのを、最(もつと)も遺憾(いかん)に思(おも)ふものである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
彼等(かれら)は更(さら)に春(はる)の到(いた)つたことを一切(さい)の生物(せいぶつ)に向(むか)つて促(うなが)す。草(くさ)や木(き)が心(こゝろ)づいて其(そ)の活力(くわつりよく)を存分(ぞんぶん)に發揮(はつき)するのを見(み)ないうちは鳴(な)くことを止(や)めまいと努(つと)める。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
楚々(そゝ)として且(か)つもの思(おも)はしげに、唯(たゞ)一人(ひとり)渚(なぎさ)を辿(たど)り來(き)た此(こ)の美女(びぢよ)に逢(あ)つて、遠慮(ゑんりよ)なく色目(いろめ)づかひをして、目迎(めむか)へ且(か)つ見送(みおく)つて、何(ど)うだと云(い)ふ例(れい)の本領(ほんりやう)を發揮(はつき)したのがはじまりである。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
お兼は四十女の強かさを存分に發揮(はつき)して、斯んなことをヌケヌケと言ふのです。
吹(ふ)くだけ吹(ふ)かねば止(や)められない其(そ)の特性(とくせい)を發揮(はつき)して毎日(まいにち)其(そ)の特有(もちまへ)な力(ちから)が輕鬆(けいしよう)な土(つち)を空(そら)に捲(ま)いた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)