“烟(けふり)” の例文
窟(うろ)にのぞんで焚(たき)たてしに熊はさらに出(いで)ず、窟(うろ)の深(ふかき)ゆゑに烟(けふり)の奥(おく)に至(いた)らざるならんと次日(つぎのひ)は薪(たきゞ)を増(ま)し山も焼(やけ)よと焚(たき)けるに
蚊(か)いぶし火鉢(ひばち)に火(ひ)を取分(とりわ)けて三尺(じやく)の椽(ゑん)に持出(もちいだ)し、拾(ひろ)ひ集(あつ)めの杉(すぎ)の葉(は)を冠(かぶ)せてふう/\と吹立(ふきたつ)れば、ふす/\と烟(けふり)たちのぼりて軒塲(のきば)にのがれる蚊(か)の聲(こゑ)凄(すさ)まじゝ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一片の焔(ほのほ)は烈々(れつれつ)として、白く颺(あが)るものは宮の思の何か、黒く壊落(くづれお)つるものは宮が心の何か、彼は幾年(いくとせ)の悲(かなしみ)と悔とは嬉くも今その人の手に在りながら、すげなき烟(けふり)と消えて跡無くなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
盡しけれ共其驗(しるし)なく終(つひ)に享保元年八月十八日歸らぬ旅に赴(おもむ)きけり因(よつ)て女房おもせは深く歎(なげ)きしが今更詮(せん)なきことと村中の者共打寄(より)て成田村なる九品寺(くほんじ)へ葬送(さうそう)なし一偏(ぺん)の烟(けふり)として跡(あと)懇切(ねんごろ)に弔(とふら)ひたり此おもせは至(いたつ)て貞節者(ていせつもの)にて男勝(まさ)りなりければ未だ年若(としわか)なれども後(ご)家を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此蹴綱に転機(しかけ)あり、全(まつた)く作(つく)りをはりてのち、穴にのぞんで玉蜀烟艸(たうがらしたばこ)の茎(くき)のるゐ熊(くま)の悪(にく)む物を焚(たき)、しきりに扇(あふぎ)て烟(けふり)を穴に入るれば熊烟りに噎(むせ)て大に怒(いか)り
焔は烟(けふり)に揉立(もみた)てられ、烟(けむり)は更に風の為に砕かれつつも、蒸出す勢の夥(おびただし)ければ、猶ほ所狭(ところせ)く漲(みなぎ)りて、文目(あやめ)も分かず攪乱(かきみだ)れたる中より爆然と鳴りて、天も焦げよと納屋は一面の猛火と変じてけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
落葉(おちば)たくなる烟(けふり)の末(すゑ)か、夫(そ)れかあらぬか冬(ふゆ)がれの庭木立(にはこだち)をかすめて、裏通(うらどほ)りの町屋(まちや)の方(かた)へ朝毎(あさごと)に靡(なび)くを、夫(そ)れ金村(かなむら)の奧樣(おくさま)がお目覺(めざめ)だと人(ひと)わる口(くち)の一つに數(かぞ)へれども、習慣(ならはし)の恐(おそ)ろしきは朝飯前(あさはんまへ)の一風呂(ふろ)
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
熊はいでずして一山の破隙(われめ)こゝかしこより烟(けふり)をいだして雲(くも)の起(おこる)が如(ごと)くなりければ、奇異(きい)のおもひをなし熊を狩(から)ずして空(むな)しく立かへりしと清水村の農夫(のうふ)が語(かた)りぬ。
家屋も土蔵も一夜の烟(けふり)となりて、鰐淵の跡とては赤土と灰との外に覓(もと)むべきものもあらず、風吹迷ふ長烟短焔(ちようえんたんえん)の紛糾する処に、独(ひと)り無事の形を留めたるは、主が居間に備へ付けたりし金庫のみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
此諸人の気息(いき)正月三日の寒気ゆゑ烟(けふり)のごとく霧(きり)のごとく照(てら)せる神燈(じんとう)もこれが為(ため)に暗(くら)く、人の気息(いき)屋根うらに露(つゆ)となり雨のごとくに降(ふり)、人気破風(はふ)よりもれて雲の立のぼるが如し。
さて眺望(みわたせ)ば越後はさら也、浅間(あさま)の烟(けふり)をはじめ、信濃の連山みな眼下(がんか)に波濤(はたう)す。千隈(ちくま)川は白き糸をひき、佐渡は青き盆石(ぼんせき)をおく。能登の洲崎(すさき)は蛾眉(がび)をなし、越前の遠山は青黛(せいたい)をのこせり。