点綴てんてつ)” の例文
旧字:點綴
そうしてその裏側へあんに自分の長所を点綴てんてつして喜んだ。だから自分の短所にはけっして思い及ばなかったと同一の結果に帰着した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その当時の環境に自然な流行の姿をえらんだ句の点綴てんてつさるることを望んだのである。また作者自身の境界にない句を戒められたようである。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かしぶなの森林におおわれた丘陵がその間を点綴てんてつしていて、清い冷たい流れの激しい小川がその丘陵の間を幾筋も流れていた。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その五十幾歳を一期として死んで行く間際に当って一抹の哀愁の場面が点綴てんてつされることになったのはコトワリセメて是非もない次第であった。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
境内一杯の桜はもう青々とした葉桜で、数本の彼岸桜だけが、その中に、ふさふさとした八重の花びらを点綴てんてつしている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
キャラコさんは、ひろい茅原かやはらのなかに点綴てんてつするアメリカ村の赤瓦あかがわらを眺めながら、精進湖しょうじこまでつづく坦々たんたんたるドライヴ・ウェイをゆっくりと歩いていた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
沿岸を点綴てんてつする村々から出た漁船の群れ、土人舟に到るまで、南亜の海の全勢力を挙げて大規模の捜査を開始した。
沈黙の水平線 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
食堂は二十間に八間の長方形にて周囲は紅葉流もみじながしの幔幕まんまくを張詰め、天井には牡丹形のこうおう白色はくしょく常盤ときわの緑を点綴てんてつす。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
街道の家々の途切れ途切れを、二張の古びた小田原提灯の、黄味を帯びた燈に点綴てんてつさせて、油単ゆたんをかけた旅駕籠が二挺、通って行くのが野を越えて見えた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
事件の中へ泥棒を点綴てんてつしたのは、はじめのうちは、わざと事件を複雑に見せるだけのためのように思えたが、最後になって泥棒にも重大な役割を演じさせて
当選作所感 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
この変化のあるのでところどころに生活を点綴てんてつしている趣味のおもしろいことを感じて話したことがあった。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
主僧の室は十畳の一で、天井は高かった。前には伽羅きゃらや松や躑躅つつじ木犀もくせいなどの点綴てんてつされた庭がひろげられてあって、それに接して、本堂に通ずる廊下が長く続いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
東山の常緑樹の間に点綴てんてつされていかにも孟春もうしゅんらしい感じをかもし出す落葉樹は、葉の大きいもの、中ぐらいのもの、小さいものといろいろあったが、それらは皆同じように
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
遠く海を描きて白帆を点綴てんてつしたるは巧に軟風をあらわしまたおのずから遠景において光線の反射を示せり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして山をも揺がす武者の叫喊きょうかんが、それに代っていた。累々るいるい、あなたやこなたに、はや数えきれぬあけかばね点綴てんてつされた。或いはひとつに或いは重なり合っている姿は悲痛を極める。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして上流の左の岸に上市かみいちの町が、うしろに山を背負い、前に水をひかえたひとすじみちの街道かいどうに、屋根の低い、まだらに白壁しらかべ点綴てんてつする素朴そぼく田舎家いなかやの集団を成しているのが見える。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ここ嶮峻けんしゅんなる絶壁にて、勾配こうばいの急なることあたかも一帯の壁に似たり、松杉を以て点綴てんてつせる山間の谷なれば、緑樹とこしえに陰をなして、草木が漆黒の色を呈するより、黒壁とは名附くるにて
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
右には武光むこう岩、鬼岩、がま岩、帽子岩、ただ見あぐる岩石の突屹相とっきつそう乱錯相らんさくそう、飛躍相、蟠居相ばんきょそう、怪異相、趺坐相ふざそう相相である。点綴てんてつするには赤松がある、黒松がある、矮樹わいじゅがある、疎林がある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
褐色の連続を点綴てんてつする立看板の林——大学眼薬、福助足袋たび、稲こき親玉号、なになに石鹸、仁丹、自転車ソクリョク号、つちやたび、風邪には新薬ノムトナオル散、ふたたび稲こきおやだま号
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
またこれらの岩石には蘚苔のほかに一ツ葉が群生し、豆つたや木蔓きつたがまつわり、はぜ、ひめうつぎ、丸葉うつぎ、小松などが石付となってひねており、殊につつじは最もおびただしく岩石の間に点綴てんてつ
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
その葉陰の所々に、臙脂えんじや藤紫の斑が点綴てんてつされていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それは会見の最初ちょっと二人の間に点綴てんてつされながら、前後のいきおいですぐどこかへ流されてしまった問題にほかならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
杉、松、檜、樟などが繁茂している緑一色の中に、ところどころ、椿のあざやかな赤が黄色いしべをのぞかせて、眼にしむ濃さで、点綴てんてつされている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
年を経た松やひのきや杉、梧桐や柏の喬木が、萩や満天星どうだんはぜなどの、灌木類とうちまじり、苔むした岩や空洞うろとなった腐木くちきが、それの間に点綴てんてつされ、そういうおそろしい光景を
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
庭の木立ちを点綴てんてつしているのを見て、それでもやっぱり美しいと思ったことがあった。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おなじ仕組の同じ獅子の、唯一ただひとつには留まらで、主立おもだつたる町々より一つづつ、すべて十五、六頭だし候が、群集ぐんじゅのなかを処々横断し、点綴てんてつして、白き地に牡丹の花、人をおおひて見え候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
六甲山のすそが大阪湾の方へゆるやかな勾配こうばいを以て降りつつある南向きの斜面に、田園があり、松林があり、小川があり、その間に古風な農家や赤い屋根の洋館が点綴てんてつしていると云った風な所で
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして山上から麓にいたるまでも、豪壮な建築物の壁や屋根の森のあいだに点綴てんてつされ、それから平面にひらけている安土城下の全市街は、濃藍のうらんな暮色のなかに星をいたような灯の海をなしていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従ってここに歌われるのは、ある一つの心に起こった特殊な感情の動きではない。遊蕩児ゆうとうじに共通なさまざまの情調を、断片的に点綴てんてつして、そこに非個人的な一つの生活情調を描き出しているのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ただ死したるものの気狂である。高柳君は死と気狂とを自然界に点綴てんてつした時、せた両肩をそびやかして、またごほんと云ううつろなせきを一つした。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのほかにもいろいろの景物が点綴てんてつされ、ほととぎすや白雲や汽車やブリキや紙や杉木立すぎこだちやそういうものの実感が少しずつ印象され、また動作や感覚の上でもだいぶ変化が見えている。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
等々の小部落を点綴てんてつしたところの、一大地域の総称であって、その中には大森林や大渓谷や瀧や沼があり、そのずっと奥地に井上嘉門の、城砦のような大屋敷が、厳然として建っているのであった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その山の多くは隙間すきまなく植付けられた蜜柑みかんの色で、暖かい南国の秋を、美くしい空の下に累々るいるい点綴てんてつしていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏の窓より見渡せば見ゆるものは茂る葉の木株、みどりなる野原、及びその間に点綴てんてつする勾配こうばいの急なる赤き屋根のみ。西風の吹くこの頃のながめはいと晴れやかに心地よし。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真逆様まっさかさまに四番目の男のそばはるかの下に落ちて行った話などが、幾何いくつとなく載せてあった間に、煉瓦の壁程急な山腹に蝙蝠こうもりの様に吸い付いた人間を二三カ所点綴てんてつした挿画さしえがあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それ以来満洲の豚と怪物とは離せないようになった。この薄暗い、こけのように短い草ばかりの、不毛の沢地たくちのどこかに、あの怪物はきっと点綴てんてつされるに違ないと云う気がなかなか抜けなかった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みだりに理想界の出来事を点綴てんてつしたようなかたむきがあるかも知れない。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)