溌剌はつらつ)” の例文
近ごろ、ラジオでもよくやる、溌剌はつらつとした行進曲が、降る雪の伴奏のように思われて、こうした雪の道を歩くのに、ふさわしかった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
たゞ人々よ、此の若気の過失、と元気の溌剌はつらつとを混同してはならない。同時に又、心境の自得と作者の沈滞とを誤認してはならない。
「私」小説と「心境」小説 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
二人とも、見るからに一鞭あてて今や疾走しそうな溌剌はつらつたる騎手のごとき軽快な青年だ。この嫁になるものは仕合せだと私は思った。
矢張いくらかは新郎らしい若々しさ、と云うのが無理なら、何処か溌剌はつらつとした、色つやのよい、張り切った感じの人であってほしい。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一見、黒白混血児とわかる浅黒い肌、きりっとひき締った精悍せいかんそうなつらがまえ、ことに、肢体したい溌剌はつらつさは羚羊かもしかのような感じがする。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
片手に溌剌はつらつたる科学の剣を握っていたならば、列国も之には一指もふれる事が出来ず、世界に冠絶した理想国家となるに違いない。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
またかの筍掘たけのこほりが力一杯に筍を引抜くと共に両足を空様そらざまにして仰向あおむきに転倒せる図の如きはまこと溌剌はつらつたる活力発展の状をうかがふに足る。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
元気溌剌はつらつたる時であって、既に詩集二冊と戯曲『クロムウェル』とを発表して、ロマンチック運動の先頭に立ち、翌三〇年には
死刑囚最後の日解説 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ちょうど水墨画の溌剌はつらつとした筆触が描かれる形象の要求する線ではなくして、むしろ形象の自然性を否定するところに生じて来るごとく
能面の様式 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
友の身体のうちに若々しく溌剌はつらつと生まれ返り、新しい世界を友の眼でながめ、この世の一時の美しいものを友の官能で抱きしめ
老人は自暴したやうな勢で——僕にはさう見えたのだが——ほとんど紙を引き裂くほどにして溌剌はつらつたる墨竹の図を描きとばした。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
江南江東八十一州は、今や、時代の人、孫策そんさくの治めるところとなった。兵は強く、地味は肥沃ひよく、文化は溌剌はつらつと清新を呈してきて
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
探偵のヴァンスも溌剌はつらつとしたフラッパー〔おてんば娘〕に好かれそうなタイプでもなければ、ホームズやルパン型のジャイアントでもない。
それ所か、あかるい空気洋燈ランプの光を囲んで、しばらく膳に向っているあいだに、彼の細君の溌剌はつらつたる才気は、すっかり私を敬服させてしまいました。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
次の晩、ぼくが、二等船室から喫煙室きつえんしつのほうに、階段をのぼって行くと、上り口の右側の部屋から、溌剌はつらつとしたピアノの音が、流れてきます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼等の元気溌剌はつらつたる過渡期の詩人は、これによって欧風の詩を移植し、新日本の若き抒情詩リリックを創った積りで得意になっていた。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
われわれをいつも生気溌剌はつらつとさせていないとすると、魂の認識だけでは、われわれは必ず間違いなく陰鬱になるであろう……
しかし、それでも、お前の文明よりはまだしも溌剌はつらつとしていはしないか。いや、大体、健康不健康は文明未開ということと係わり無きものだ。
若い健康なものは、もっと溌剌はつらつとした生活が欲しいのだ。手も足も欲望も自由に伸ばし自由に充足し得る生活が欲しいのだ。
だから、非常にひよわなさかなのように思われているが、その実、鮎は俎上そじょうにのせて頭をはねても、ぽんぽんおどり上がるほど元気溌剌はつらつたる魚だ。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
といつて日本の家庭に縁のないA氏は、銀座や劇場などで見かける溌剌はつらつとした令嬢に、わづかに日本女性の生ける美を見出みいだして来たに過ぎない。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
虻や蜂があんなにも溌剌はつらつと飛び廻っている外気のなかへも決して飛び立とうとはせず、なぜか病人である私をねている。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
日本人の生活の照準を合せ得る溌剌はつらつたる見識が十分に備っているという信用を、持ち得る者が果して幾人あるでしょうか。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
なら、聞いただけでも青春溌剌はつらつ。〽江戸はよいとこ 広いとこ……と昔の小唄のこころいきが実感されてくるではないか。
寄席行灯 (新字新仮名) / 正岡容(著)
疲れはまったく癒え、全身は恍惚とした香気に包まれて艶々と輝き、溌剌はつらつと若返って生気はあふれて、我が身体ながら見違えるほど美しくなった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あなたが「仏蘭西フランスでの第一印象」と云ふ題でアンナル誌にお書きに成つたのを、わたくしは最も溌剌はつらつたる感興をもつて読みました。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ああいう娘の存在は単調な避暑地の空気を溌剌はつらつとさせてれる。「荘ちゃん。」と娘に呼ばれて麻川氏も大はしゃぎだ。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やや瘠肉の清楚な書体で、しかも溌剌はつらつたる勢いがあり、書翰などは行間に構わずちらし書きのように達筆に書かれます。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
矢張古いものを相当に研究しているし、それにその当時の溌剌はつらつとした現世を見る眼が肥えて来ているのが表れている。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「色と意気地を立てぬいて、気立きだてすいで」とはこの事である。かくして高尾たかお小紫こむらさきも出た。「いき」のうちには溌剌はつらつとして武士道の理想が生きている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ひとり三年は単純であるかわりに元気が溌剌はつらつとして常軌じょうきいっする、しかも有名な木俣ライオンが牛耳をとっている
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
わらべのような首筋、長い金色の睫毛まつげ、青い目、風にそよぐ髪、薔薇色のほお溌剌はつらつとしたくちびる、美しい歯並み、などを見て、そのあけぼののごとき姿に欲望をそそられ
あの溌剌はつらつとして人に迫るような「枕の草紙」に多くの学ぶべきもののあるのを発見したのも、その時であった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
表面おもてに、溌剌はつらつと見えるからといって、青春者わかいひとたちが、やはり世の中へたつのは、多少とも死もの狂いであるのと同様、先覚者さきのひとたちも決して休止状態でいるのではない。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
妖艶ようえん溌剌はつらつを極めた龍代の女王ぶりに、魂を奪われてばかりおりましたのは、何といっても一生の不覚でした。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弥之助を魅惑しているか解らない、そこには張り切った労働を基調とする生々たる平和がある、健康の躍動から来たるところの、溌剌はつらつたる肉体の自由がある
それを確めるために、もう一度夫人に会って見ても、あの夫人の美しい容貌ようぼうと、溌剌はつらつな会話とで、もう一度体よく追い返されることは余りにわかり切っている。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「しかし幹部と決闘をしようってんですから、この頃の私達と違って、元気溌剌はつらつたるものがございましたな」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ゆきつく先も知らず、流れる水のように柔順なその姿のどこに生後一年の溌剌はつらつさが宿っているのだろうか。
一つ身の着物 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そしてことに彼の想像力の奔放なはげしさと溌剌はつらつたる清新さとは、私の魂を燃え立たせるように感じた。そのころ、私は求めるものがあってパリで捜していた。
この、ともしびのつき初めた巴里の雑沓へ、北停車場ガル・ドュ・クウなりサンラザアルなりから吐き出される瞬間の処女のような君のときめき、それほど溌剌はつらつたる愉悦はほかにあり得まい。
終に、溌剌はつらつたるエミリーによろしく伝言を頼む”——こういうんだがね、ロシア人らしい長い手紙だ
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
溌剌はつらつたる俳句を作れ。堂々たる俳句を作れ。病人の句は病人に任して置け。(『玉藻』、二八、七)
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この溌剌はつらつたる青春の美も、三十という年配になれば、その調和は失われ、そろそろ下り坂になって、顔の皮膚はたるみ、眼のまわりや額にはいちはやく小皺こじわが寄って
その時お粂は二十五、出戻りになつてから、鐵漿かねも落し、眉も生やして、元の娘姿にかへりましたが、少しもをかしくないほど、若くて陽氣で、溌剌はつらつとしてをりました。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
孫たちはだんだん大きくなるし、店には大勢の少年諸君が、希望に燃えて溌剌はつらつとして働いている。
その主な理由は、仏像は人間を行為に誘う溌剌はつらつたる魅力にとぼしいということであった。仏像に対していると、彼は自らは語らず、私にのみ多くを語らせようと欲する。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
溌剌はつらつとして美しい彼女という人間のなかには、ずるさと暢気のんきさ、技巧ぎこう素朴そぼく、おとなしさとやんちゃさ、といったようなものが、一種特別な魅力みりょくある混り合いをしていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ああ、また飛沫ひまつをあげ、飛沫をあげて、溌剌はつらつと泳ぎ、潜り、また跳りはぬる三、四歳の小供ども。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それでいてどこか溌剌はつらつとしたところのあるような妓だったが、今ではそのいろ/\な気質がなくなって、あとに真面目なところと感傷的なところだけが目に立って残った。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)