)” の例文
船はいつのまにか、船渠ドックの地上から十尺も高くかび出している。職長の指揮笛が、両舷のワイヤロープへあわただしく鳴っている。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半七老人はその当時の光景を思いかべたように、大きい溜め息をついた。それに釣り込まれて、わたしも思わず身を固くした。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女房にようばう横臥わうぐわすることも苦痛くつうへないで、んだ蒲團ふとんかゝつてわづかせつない呼吸いきをついてた。胎兒たいじかしめたみづ餘計よけいたまつたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
当時の殷盛いんせいをうかべた地表のさまは、背後の山の姿や、山裾の流れの落ち消えた田の中に、点点と島のようにき残っている丘陵の高まりで窺われる。
一天のかげは、寒く、こころをつて、歎きのしぐさを強ひる。——わたしはその群る虫に、その虫の歌に、汎としてき流れるサモス派の船である。…
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
妙な形のガラス壜のことが心にかんだとき、宿命的な魔法の呪縛じゅばくにかかっている美しい一人の女の姿が、生けるがごとくにわたしの幻影となって現われてきた。
私は腰をかしそっと息を殺して其の女の姿が視野に這入る様二尺許り位置をずらせました。そうする事に依って女の側面の一部を窺う事が出来たのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
山村水廓さんそんすいかくたみ、河より海より小舟かべて城下に用を便ずるが佐伯近在の習慣ならいなれば番匠川ばんじょうがわ河岸かしにはいつも渡船おろしつどいて乗るもの下りるもの、浦人は歌い山人はののしり
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
泉石せんせきのここだあかるき真日照まひでりに青鷺がてりく鴨のあひだ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
和具わぐ細門ほそどふねけて
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
秀忠は、幼い頃、相国寺の陣中で、父の家康のそばに坐って謁見した、石舟斎宗厳むねよしのすがたと、自分の幼時とを、思いかべていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月並ながらも行水というものに相当した季題の道具立てはまずひと通り揃っているのであるが、どうも一向に俳味も俳趣もかび出さない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
丁度靜かな沼の水に荇菜あささの花がいて居るやうに黄色な小さな花は甜瓜まくはであります。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
睡蓮の花けりとふ池のは日の照りつけて観る色も無し
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
右門は、石のまわりを、めぐり歩いた。そしてふと、地下の白骨を思いかべた。綾部大機の死骸が、ぞっと記憶の底から呼び出された。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の物をいう時のほかは其の口を固く一文字にむすんでいたが、その大きい眼の中には怪しい笑みがかんでいるのを侍従は見逃がさなかった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雨落あまおち通草あけびの花はちりきてなか流れをり清きむらさき
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
昨日きのう初雷はつらいできょうの陽ざしは一倍澄んでいる。又八は、まだ耳に新しい武蔵の言葉を思いかべ、ゆうべの酒を吐き出したくなった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半分から上は消えるように隠れてしまって、枝をひろげた梢は雲にる妖怪のように、不思議な形をしてただ朦朧もうろうと宙にかんでいるばかりです。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雨落あまおち通草あけびの花はちりきてなか流れをり清きむらさき
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
母はその帰り途に「だまされた……」と暗い顔に、涙さえかべていた。そして、ぼくへ「お父さんには黙っておいで、叱られるからね」
しずかにそれを聴いているうちに、私の眼のさきには昔の麹町のすがたがかび出した。そこには勿論、自動車などは通らなかった。電車も通らなかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
起とうとしながら、ばばはふと、顔の前にき出している文字に気をとられた。それは、洞窟の壁に彫りこんである何人なんぴとかの願文だった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
被衣かつぎを深くして、しかもこちらを背にして立っているので、その顔はもとより判らなかったが、それが玉藻であるらしいことは直ぐに千枝太郎の胸にかんだ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と思いながら、じッと地べたをみつめてゆくと、御方のろうやかな姿やお延のあの艶めかしさが、足もとへからむようにいてくる。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狐か、盗人か、千枝松もその判断に迷っているうちに、ふとかの陶器師のことが胸にかんできた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「おう」善信の顔に、微笑がいた。刻々と明るんでくる夜明けの光が、彼の顔からすがたを見ているうちにあざやかにしてきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
普通の客でないとすれば、それが栄之丞ではないかという疑いが直ぐにまた彼の胸にかんだ。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
母はやや失望の色をかべた。けれど甚助の胸には、口で言い現し難い何ものかが実は宿っていた。けれどそれを説明する言葉がなかった。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きのうの朝、陶器師の翁から聴かされた古塚参詣の怪しい女の姿を思いかべた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夜気にただよう血腥ちなまぐさい闇の中に、斬ッて曳いた一角の白刃しらはと、しめた! というみにゆがんだ顔とが、物凄くいて見えた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう夜の九ごろだった。宇治の町も、火の消えたようではあったが、四ツ辻の油障子に駕という大書の字がいていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこらにあった腰蓑こしみのをまとって、散所者の舟人ふなびとに似せた姿も、それらしい。たちまち出屋敷の水門を離れ、舟は一と筋の川へかび出ていた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここでも世間へかび出せなかった過去を持つ光秀は——いま、まったく反対な立場になって、旧朝倉の一族を監視した。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その髪の毛を、掻きよせてみると、どうだろう、白蝋はくろうみたいな女の頬は、ニッと、笑靨えくぼかんでいるのだ、いかにも、死を満足しているように——。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お菊ちゃんは、じっと、考え込んでから、何か、一策を心にかべたらしく、ひそひそと、わせをしていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と家士たちは、紫色にわななく重蔵の唇を見て、悲涙をかめながら訊き返した。忠房は見るに堪えぬ面持おももち
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ななめに、紙燭ししょくの黄色い明かりがながれた。その明かりに、いた僧形そうぎょうのかげを見ると、顔をだした公卿侍くげざむらい
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——わしの性分か。わしは大河のこの悠久なおもむきが妙に好ましい。川へかぶと、心もいつか暢々のびのびしてくる」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日もそこの足場で生命いのちがけの作業をしている木靴の仲間の顔が、あれこれ、ぼくの眼にかんでいた。
それより前に、孫策は、兵船数十艘をととのえて、長江にかみ出て、舳艫じくろをつらねて溯江そこうして来た。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流水は、正成の産土うぶすなの地、水分みくまりを象徴しており、半花の菊をかべた図は、天皇軍をあらわしている。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたまにかぶほど、その堀川のやしきへは、金借りの使にばかりやらせられ、両親のたな下ろしと、いや味と、愚痴の百万べんを、よく聞かせられたものである。
辺りの月光はぼうかすんで、松葉の露のようななみだが、お綱の両の睫毛まつげにいッぱいな玉をかべていた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その結果、こう御曹司の横恋慕がかびあがった。そして彼をめぐる取巻き連の陸謙りっけん富安ふあんなどという阿諛佞奸あゆねいかんやからが、巧みに林冲を陥穽かんせいに落したものとわかってきた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、羅門塔十郎は、すこし失望のいろをかべて、聞き歩みにうつつな足を運びながら、腕をこまぬいた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
重い沈黙の上に、きょうもふくろうが啼いている。——と、突然、名案がかんだように一人がいった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朱実と武蔵とがそうして囁いている様子を白い眼で見ながら、小次郎の頬へにたと笑靨えくぼいた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信玄の面に、一瞬ではあったが、慄然りつぜんとした気泡がいた。それの去ったとき、彼は、数日来の疑問を解いていた。謙信の心態しんていがある程度、信玄の心に映じていたのである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「有難う……。それさえ分れば、ここにかび上がる人があるのよ。トム公、おまえこの巾着ッ切さんに、よく事情わけを話したらいいよ。こういう人は、物分りがはやいのだから」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)