かじ)” の例文
およそ人事を区処くしょする、まさずその結局をおもんぱかり、しかして後に手を下すべし、かじきの舟をなかれ、まときのを発するなかれ」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かずきの外へ躍出おどりいでて、虚空こくうへさっと撞木しゅもくかじうずまいた風に乗って、はかまくるいが火焔ほのおのようにひるがえったのを、よくも見ないで
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まあまあだまっているにくはなしと覚悟をきめて、かえって反対の方角へとかじをとった。余は正直に生れた男である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
校長の語るところによると、この三田ヶ谷という地は村長や子弟の父兄の権力の強いところで、そのかじを取って行くのがなかなかむずかしいそうである。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
つとめて人心をやわらげるように、和らげるようにとかじを取って行かなければならないんでげして、強いばかりが取柄ではがあせん、つまり毛唐に対しても
かじをなくした舟のように、わたくしは途方にくれました。どちらへ向いて見ても活路を見出すことが出来ません。わたくしはとうとう夢に向って走りました。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
帆もかじも無い丸木舟が一そうするすると岸に近寄り、魚容は吸われるようにそれに乗ると、その舟は、飄然ひょうぜん自行じこうして漢水を下り、長江をさかのぼり、洞庭を横切り
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
水夫やかじ取りが船尾の方で、武士たちに多少遠慮しいしい、さいコロの目を争っているかと思うと、武士たちは船首に集まって、酒を汲み交わして放談していた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
筏乗は悪く致すと岩角に衝当つきあたり、水中へおちるような事が毎度ありますが、山田川から前橋まで漕出こぎだす賃金はようやく金二円五十銭ぐらいのもので、長いかじを持ち筏の上に乗って
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「日本は小なれどもかじのごとし。東洋の大船をうごかすはすなわちこの楫ならざるべからず」
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この場所柄と時節柄とを弁別して規則あらしむるはすなわち心事の明らかなるものなり。人の働きのみ活発にして明智なきは、蒸気に機関なきがごとく、船にかじなきがごとし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それは船頭栄右衛門、水夫八五郎、総右衛門、善助、重次郎の五人で、日向ひゅうが志布志しぶし浦を出帆して日向灘でかじを折り、潮の流れに乗ってそのままこちらへ流されたものであった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
になわなくては持てないほど獲れたりなんぞする上に、これを釣る時には舟のともの方へ出まして、そうして大きな長い板子いたごかじなんぞを舟の小縁こべりから小縁へ渡して、それに腰を掛けて
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
子供の気に入るようにかじさえ取っていけば子供は造作なく馴染んでくるものである。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
幾つかの船が唄声うたごえを立てながら沖のほうをぎまわっていた。形はほのかで鳥が浮いているほどにしか見えぬ船で心細い気がするのであった。上を通る一列のかりの声がかじの音によく似ていた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
波も静かでねぶりすりすり、簑鞘みのさやはずす。空のすんばり、荒崎沖よ。明星あけぼしいずれば船足ふなあし遅い。遅い船足たのしり沖よ。これでなるまい、かじをかきかきおとじをはずす。おとじはずせば法木の前よ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
八橋の口ぶりによると、治六もさすがにそんなことは口外しなかったらしく思われたので、次郎左衛門もまず安心したが、それにしても乗りかかった舟のかじを右へも左へも向けることは出来なかった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まるで吸ったひるのように、ずどうんと腰でり、欄干に、よれよれの兵児帯へこおびをしめつけたのを力綱にすがって、ぶら下がるようにかじを取って下りて来る。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
してかじるとき、を放つときは心静かに落ちつけて、よくよくおのれの力先きの方向に留意するを要する。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
上流の赤岩に煉瓦れんがを積んで行く船が二そうも三艘も竿を弓のように張って流れにさかのぼって行くと、そのかたわらを帆を張った舟がギーとかじの音をさせて、いくつも通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「そうかじゃ困りますわ。私がここまでこしらえたのだから、あとは、あなたが、どうともさらなくっちゃあ。あなたのかじのとりようでせっかくの私の苦心も何の役にも立たなくなりますわ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其夜私は東六という若いかじ取を供に連れて港へ上陸いたしました。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あ、あ、いけねえ、何とかかじを取れねえのか——」
かじもない、舟に、むしろに乗せられて、波に流されました時、父親の約束で、海の中へ捕られてく、私へ供養のためだと云って、船の左右へ、前後あとさき
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上が身を堅く花嫁の重いほど、乗せた車夫は始末のならぬ容体ようだいなり。妙な処へかじめて、曳据ひきすえるのが、がくりとなって、ぐるぐると磨骨みがきぼねの波を打つ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
トンと船底へ突込つきこむと、殊勝な事には、手拭の畳んで持ったをスイと解き、足の埃をはたはたと払って、いしきかじを取って、ぐるりと船の胴の間にのめり込む。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
合歓ねむの花ぞ、と心着いて、ながれの音を耳にする時、車はがらりと石橋に乗懸のりかかって、黒の大構おおがまえの門にかじが下りた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車夫の提灯ちょうちんが露地口を、薄黄色にのぞくに引かれて、葛木はつかつかと出て、飜然ひらりと乗ると、かじを上げる、背に重量おもしが掛って、前へ突伏つッぷすがごとく、胸に抱いた人形の顔をじった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝凪あさなぎの海、おだやかに、真砂まさごを拾うばかりなれば、もやいも結ばずただよわせたのに、呑気のんきにごろりと大の字なりかじを枕の邯鄲子かんたんし、太い眉の秀でたのと、鼻筋の通ったのが、真向まのけざまの寝顔である。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
煙草きせるを下へ、手ですくって、土間から戸外そとへ、……や……ちょっと投げた。トタンに相の山から戻腕車もどりぐるま、店さきを通りかかって、軒にはたはたと鳴る旗に、フトかじを持ったまま仰いでとまる。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「大丈夫でございますよ、姉さん。」とかじを取った片手に祝儀を頂きながら。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)