木魚もくぎょ)” の例文
線香の煙と、すず虫と、近松と、お経と木魚もくぎょの音が新秋の私を教育してくれた。と同時に私は略画の情趣を知らぬ間に感得してしまった。
将棋は負けても、亀の子を掴まえるのは上手だと豹一は力んだが、空しくあたりはすっかり夜が落ち、木魚もくぎょの音を悲しく聞いた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
そのそばに児守こもりや子供や人が大勢立止たちどまっているので、何かとちかづいて見ると、坊主頭の老人が木魚もくぎょたたいて阿呆陀羅経あほだらきょうをやっているのであった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あるいは木魚もくぎょや鐘を使ったり、またバタバタ音を立てるような種々の形容楽器に苦心して、劇になくてはならない気分を相応に添えたものである。
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
谷中は寺の多い処だからでもあろうか、朱漆しゅうるしの所々に残っている木魚もくぎょや、胡粉ごふんげた木像が、古金ふるかねかずそろわない茶碗小皿との間に並べてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
朱と金でいろどった一抱ひとかかえほどもある大木魚もくぎょが転がッているかと思うと、支那美人を描いた六角の彩燈が投げ出してある。
門をはいると、庫裡くり藁葺わらぶき屋根と風雨ふううにさらされた黒い窓障子が見えた。本堂の如来にょらい様は黒く光って、木魚もくぎょが赤いメリンスの敷き物の上にのせてある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その他、なお、舎利塔、位牌、如意、持蓮じれん柄香炉えこうろ常花とこはなれい五鈷ごこ、三鈷、独鈷とっこ金剛盤こんごうばん、輪棒、羯麿かつま馨架けいか雲板うんばん魚板ぎょばん木魚もくぎょなど、余は略します。
ひどくひっかかりそうなのは好まないので、木魚もくぎょなどは多くもない採集の中にも三つ四つあったでしょう。その他達磨だるまは、堆朱ついしゅのも根来塗ねごろぬりのもありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この隣人はたもと珠数じゅずを入れ、かつては半蔵の教え子でもあった鶴松つるまつのことを忘れかねるというふうで、位牌所いはいじょ建立こんりゅうするとか、木魚もくぎょを寄付するとかに
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
生ていたころの木魚もくぎょのおじいさんと三人、のどかな海に対して碁を打ち暮した。島には木橋の相生橋あいおいばしが懸っていたばかりで、橋の上を通る人は寥々りょうりょうとしていた。
いそいで来るらしい木魚もくぎょのような遠い音が、明るい電燈のいている広いところから、鉤形にまがって急にほの暗い通りに歩き近づいてくるような気がしてきた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
うす暗い本堂の内陣脇ないじんわきで、一人の中年僧が、お勤めをしていたのだが、ふつうの勤行ごんぎょうと違い、その僧は木魚もくぎょかねけい、太鼓、しょうの五ツぐらいな楽器を身のまわりにおき
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か木魚もくぎょみたいなものを叩いてアホダラ経みたいなものを唸ったりしていたのを思いだすが、堂々たる男の貫禄が舞台にみち、男の姿が頭抜けて大きく見えたばかりでなく
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
主人は毛皮で作った、小さい木魚もくぎょほどの蟇口がまぐちを前にぶら下げている。夜煖炉だんろそばへ椅子を寄せて、音のする赤い石炭を眺めながら、この木魚の中から、パイプを出す、煙草たばこを出す。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中で興味深いものの一つは木魚もくぎょでありましょう。よく「玉鱗ぎょくりん」という文字が彫ってあるのを見ると、元来は支那から来たものでしょうが、今は和風になって色々な形のを作ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
平次の指は真っ直ぐに、仏壇の前に据えた禿はげちょろの木魚もくぎょを指さしているのでした。
うしろやまで、ほオほオとふくろういていて、がけうえ仁左にざもんさんのいえでは、念仏講ねんぶつこうがあるのか、障子しょうじにあかりがさし、木魚もくぎょおとが、がけしたのみちまでこぼれていました。もうよるでありました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「尺八と、木魚もくぎょだ、あれを聞かされると、ほとんど生きた空は無い」
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
半七はそこにある木魚もくぎょを叩いてみた。
今はやる俗の木魚もくぎょや朧月 太祇
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かくの如き溝泥臭どぶどろくさい堀割とくさった木の橋と肥料船や芥船ごみぶね棟割長屋むねわりながやなぞから成立つ陰惨な光景中に寺院の屋根を望み木魚もくぎょと鐘とを聞く情趣おもむき
友達がなぜそんなに馬を気に掛けるかというと、馬は生死しょうしを共にするものだからと、貞固は答えた。厩から帰ると、盥嗽かんそうして仏壇の前に坐した。そして木魚もくぎょたたいて誦経じゅきょうした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
逢曳あいびきの寝疲れなどで、からすの声にも目覚めずにすごしたら大変だから、朝まわりの頭陀ずだ朝勤行あさごんぎょうに町の軒々を歩く暁の行者ぎょうじゃ)をたのみ、朝々裏口で木魚もくぎょを叩いて貰うことにしておけば
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木魚もくぎょの顔の老爺おじいさんが、あの額の上に丁字髷ちょんまげをのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽こっけいであったろうが、そういうまた老妻おばあさんも美事な出来栄できばえ人物ひとだった。
はては本堂の木魚もくぎょや鐘をたたいたその人が、第二軍の司令部に従属して、その混乱した戦争の巴渦うずまきの中にはいっているかと思うと、いっそうその記事がはっきりと眼にうつるような気がする。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
吉兵衛きちべえというお百姓の家まで来ると、二人はそこへはいっていきました。ポンポンポンポンと木魚もくぎょの音がしています。窓の障子しょうじにあかりがさしていて、大きな坊主頭ぼうずあたまがうつって動いていました。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そうしてぷかりぷかりと夜長よながを吹かす。木魚もくぎょの名をスポーランと云う。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
厨子から飛出すと、戒壇かいだん木魚もくぎょを踏んで、パッと外へ——。
せはしげにたた木魚もくぎょや雪の寺
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
その辺の寺々よりかね木魚もくぎょの音しきりに聞え、街道筋とも覚しき処を、百姓ども高声に話しながら、野菜を積み候荷車をき行くさま、これにてようや二本榎にほんえのきより伊皿子辺いさらごへんへ来かゝり候事と
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一帳ひとはり男女名取中、葡萄鼠縮緬幕ぶどうねずみちりめんまく女名取中、大額ならびに黒絽夢想袷羽織くろろむそうあわせばおり勝久門弟中、十三年忌が三世の七年忌を繰り上げてあわせ修せられたときには、木魚もくぎょ一対いっつい墓前花立はなたて並綫香立男女名取中
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
木魚もくぎょをたたきぬいていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
読書木魚もくぎょ琴瑟きんしつ等ノ声もっとも然リトナス。鳩ノ雨ヲ林中ニビ、雁ノ霜ヲ月辺ニ警シメ、棊声きせいノ竹ヲ隔テ、雪声ノ窓ヲ隔ツ。皆愛スベキナリ。山行伐木ノ声、渓行水車ノ声ともニ遠ク聴クベシ。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
本堂のかた木魚もくぎょ叩く音いともものうし。
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)