こた)” の例文
今までは気もつかなかったが、部屋へ戻って来ると一時に寒さが身にこたえてきてブルブルと胴震いがして、急には口もきけなかった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と岸本は泉太を言いなだめたが、しかしこの子供の訊く「第二の母さん?」は、誰にそんなことを訊かれたよりも強く岸本の胸にこたえた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は自分の罪が、ヒシ/\と胸にこたへて来るのを感じた。自分の野卑な、狡猾な行為が、子の上に覿面てきめんに報いて来たことが、恐ろしかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
妙なことだが、その言葉は痛く私の心にこたへる。何故だらう? あなたがそれ程迄に熱心な、一筋な心で云つたからだと思ふ。
「永代からここまで来るうちに、寒さが骨身にこたえるよ。もう一度ドンブリやらかす気にはなるめえ、北風がいい意見だよ」
『今の決議は我々朝寢坊には大分こたへるんだ。九時といふと、僕なんかまだ床の中で新聞を讀んでゐる時間だからねえ。』
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
と思うと、すらりとゆらくきいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合ゆりが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生れながら気随気ままに育って、長じてもなお、人を人とも思わなかった曹操も、こんどという今度はいたく骨身にこたえたものがあるらしかった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「躰も無論惡いが」と暫らくして友は思出おもひだしたやうに、「それよりか、精神上せいしんじよう打撃だげきはもツと/\胸にこたへるね。」
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
思えば思うだけ、察すれば察するだけ、余は益々秀子の傷わしさが身にこたえ何が何でも此の儘に捨て置く訳には行かぬ、余自らも塔の底へ降って見よう
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
貴方のこわい顔でそこ、そことさされ、その地点の性質もよく見きわめたし、足がかりの刻みつけかたも、分っていたところと一層ウム、成程と身にこたえた。
よもや忘れは成るまじとかき口説くどかれて千太郎は何と答へも面目めんぼくなくきえも入たき風情ありさまなりやゝあつて久八に向ひ段々の異見いけん我が骨身ほねみこたへ今更わびんも樣なし以後は心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
物の響といううちに、やっぱりそれはける物のなせる声でありましたけれど、前のとは違って人のはらわたにピリピリとこたえるような勇敢にして凄烈せいれつなる叫びでありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ドユパンにこの問を出された時、己は骨にこたへるやうな気味悪さを感じた。そして云つた。
骨身にこたえる寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家そこたずねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛かえりがけに一寸一円貸せと頼んだ。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と一時の談話もお登和嬢の心には激しくこたえけん、嬢ははなをすすらせて答だになし得ず。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
いら/\してゐる彼には、子供がいら/\してゐる訳が胸にこたへるやうだつた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
さはへ、人の親の切なるなさけを思へば、にさぞと肝にこたふる節無ふしなきにもあらざるめり。大方かかる筋より人は恨まれて、あやしわざはひにもふなればと唯思過ただおもひすごされては窮無きはまりな恐怖おそれの募るのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
秋風の身にしみ/″\と感じて有漏うろの身の換へ難き恨み、今更骨身ほねみこたへ候。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
その時さながら身をるような悩ましさを覚えたことがあった。それを思うても、何が苦しいといって恋の苦しみほど身にこたえるものはない。どうか家におってくれて、すぐ逢えればよいが。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
いねてもつかれずや、コホンコホンとしはぶく声の、骨身にこたへてセツナそうなるにぞ、そのつど少女は、慌てて父が枕もとなる洗ひ洒しの布片きれを取りて父に与へ、赤きものの交りたる啖を拭はせて
小むすめ (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
そう云う時が一番寒いのですが、それでもロシアのように、町を歩いていて鼻が腐るような事はありません。煖炉のない家もないし、毛皮を著ない人もない位ですから、寒さが体にはこたえません。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それへこたえてリ——ンと余韻が幽かながらもしたのだろう。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人の胸にこたえさせるには、自然の胸から9685
彼は自分の罪が、ヒシ/\と胸にこたえて来るのを感じた。自分の野卑な、狡猾こうかつな行為が、子の上に覿面てきめんむくいて来たことが、恐ろしかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
其秘密をかくして居る以上は、仮令たとひ口の酸くなるほど他の事を話したところで、自分の真情が先輩の胸にこたへる時は無いのである。無理もない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
平次とやら、その方の言葉はいちいち胸にこたえたぞ——何を隠そう、腹黒い勇三郎様に、御家督を継がせる心外さに、これはみんなこの石沢左仲のした事だ。
或る程度まで一般となった現代の消耗が身にこたえて徹えてやり切れず、何か確乎とした、何か新しいものを見出さなくてはやり切れながっている人たちもきっとある。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
高橋伊勢守と清川八郎とがせつけた時は、新坂下は戦場のような光景で、気合の声は肉を争う猛獣のゆるが如く、谷から山にこたえる、雪と泥とは縦横じゅうおうに踏みにじられた中に
呼吸が静まるのと正比例して、子供の泣き声はひし/\と彼の胸にこたへだした。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
「雪か、わが鬢髪びんぱつか。思えばちんも老いたが、また帷幕いばくの諸大将も、多くは年老い、冬の陣も耐うるにこたえてきた。しかし関興、張苞ちょうほうの若いふたりが役立ってきたので、朕も大いに気づよく思うぞ」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
群集くんじゆおのづから声ををさめて肝にこたふるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
己は真と美とが骨身にこたえて
船頭や、橇曳そりひきや、まあ下等な労働者の口から出る言葉と溜息とは、始めて其意味が染々しみ/″\胸にこたへるやうな気がした。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
落選した失望よりも、自分の浅ましさが、ヒシヒシ骨身にこたえた。札が、二三人にあつまっているところを見ると、みんな親分の為を計って、浅や喜蔵に入れたのだ。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平次とやら、其方の言葉は一々胸にこたへたぞ——何を隱さう、腹黒い勇三郎樣に、御家督を繼がせる心外さに、これは皆なこの石澤左仲のした事だ。伊之助の歸途かえへり
一つ撲られたその痛さがよほどこたえると見えて、飛びついて来たり、組みついて来たりする奴等が、一つ撲られると、二三間も向うへケシ飛ばされて起き上れない有様であります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
胸まではこたえない。
言葉尻ことばじりに力を入れて強請ねだるようにするその母親のない子供の声は、求めても求めても得られないものを求めようとしているかのように岸本の耳にこたえた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
我鬼! 我鬼エゴイスチツクデモン! さうした言葉が彼のその時の心に、ヒシ/\とこたへて来るのを覚えた。
我鬼 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
涙ながらに言う老母の言葉の、妙に辻褄つじつまの合った真実性が、八五郎の胸にこたえます。
思い余って途方に暮れてしまって言わずにいられなくなって出て来たようなその声は極く小さかったけれども、実に恐ろしい力で岸本の耳の底にこたえた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夫人の非難の少くとも半分は胸にヒシヒシとこたえるので、心はしめ木にかけられたように苦しく、なぜこんな生活に、足を踏み入れたのだろうかと、我が身があさましく思われて
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
涙乍らに言ふ老母の言葉の、妙に辻褄の合つた眞實性が、八五郎の胸にこたへます。
強いにおいを放つ土中をめがけて佐吉らがくわを打ち込むたびに、その鍬の響きが重く勝重のはらわたにこたえた。一つの音のあとには、また他の音が続いた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
五百何十両と絞られたのが、権三郎にとっちゃ、骨身にこたえるほど口惜くやしかったのさ、——もっとも、武芸自慢がこうじて遊び人のくせに、武家風に化けて辻斬などを道楽にしたのが破滅のもと
歩けば歩くほど彼は支庁の役人から戸長免職を言い渡された時のぐっとこたえたこころもちを引き出された。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
殊に丑松の同情おもひやりは言葉の節々にも表れて、それがまた蓮太郎の身に取つては、奈何どんなにか胸にこたへるといふ様子であつた。其時細君は籠の中に入れてある柿を取出した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その朝から三吉はおげんの側で楽しい暑中休暇を送ろうとして朝飯でも済むとた直ぐ屋外そとへ飛び出して行ったが、この小さな甥の子供心に言ったことはおげんの身にこたえた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
思わず出るため息と共に、彼は身にこたえるような冷たい山の空気を胸いっぱいに呼吸した。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)