嬰児あかご)” の例文
旧字:嬰兒
軒かたむいたごとから逃げ惑って行ったらしい嬰児あかごのボロれやら食器の破片などが、そこらに落ちているのも傷々いたいたしく目にみて
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、本当の嬰児あかごのように、無垢ではない。伸子は女で、彼の妻であった。彼らの間では、夫婦関係も、自然さを失っていた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
……頭へ白い布をかけ、嬰児あかごを抱いている女の方の乞食が、気絶したらしい男乞食の体を、ズルズル引っ張って行きましたっけ。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昨日浚われた嬰児あかごはお鈴と言って、土用の入りに生れたばかり、子守をつけて伊勢町河岸の材木場へ遊びに出しておいたのが
これからは、牧場のごとく緑なる……嬰児あかごの肉のごとくすずしく……また荘重な、深い魂のうめきを聴くことができるのだよ
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
お前がこの間話した、嬰児あかごと嬰児を取換えるというのは、一応筋になりそうだが、実はそう容易たやすく行く芸当じゃない。
暗い中に嬰児あかごの泣き声がして女はお産をしたのであった。飛脚は嬰児を抱きあげてそれを衣服きものくるんだ。嬰児は無心に手の中でぐびぐびと動いていた。
鍛冶の母 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これで七難を隠すというのに、嬰児あかごなつくべき目附と眉の形の物やわらかさ。人は皆鴨川かもがわ(一に加茂川に造る、)君の詞藻は、その眉宇びうの間にあふれるとうのである。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生まれたばかりの嬰児あかごの四肢をもぎとって煮え立つフライパンの中へ投げこむほど惨忍にもなります。
嬰児あかご月不足つきたらずで産れる間もなく無くなったとか。旅に堪えないというお新でも無いらしかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さうして内心は妻よりより以上に憤慨して居るのである。別の隣家の小汚い女の子が二人、別に嬰児あかごまで負うて、雨で遊び場がないので、猫よりももつと汚い足と着物とで彼の家へ押込んで来た。
むせび、むせび、あはれまた、嬰児あかご泣きたつ……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「三年たてば、嬰児あかごも三つになる。おぬしは老木、おれは若木。気のどくだが、もうおばばに、はなたらし扱いにはなっておらぬぞ」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嬰児あかごが成長して子供となるや穀物や魚鳥を常食する。これらの物には生命がある。これらの生命を断たなければ一日といえども活きることは出来ない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人は黙って歩いていた。不意に嬰児あかごの啼くような声をだして頭の上の方で啼く鳥があった。脚下に延びはびこった夏草の中をがさがさと這う音もした。
立山の亡者宿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
瑞安寺では顔役で、両国のびっこすて、日本橋の伊勢とならんでかなえの足と立てられているこのわしだが、姿見井戸へ行ってはまるで嬰児あかごだて。えらい奴がおるでな。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
船のどう嬰児あかごが一人、黄色い裏をつけた、くれないを着たのがすべって、の婦人の招くにつれて、船ごと引きつけらるるように、水の上をするすると斜めに行く。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明敏な読者諸君は、すでに気付かれたことと思うが、小六はさておき、里虹を交えた他の四人というのが、その年配といい、なにかしら夷岐戸島の四人の嬰児あかごを想い起させるではないか。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自分はわずかに一目しか生れたものの顔を見ることを許されなかったと書いてよこした。その田舎いなかに住む子供の無い家の人から懇望されて、嬰児あかごぐに引取られて行ったと書いてよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
常にまれて生れ得ぬ種の、嬰児あかごの、なげく音。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あなた、今までのすべてを——学問も智慧も武力も——一切かなぐりすてて、まこと今日誕生した一歳の嬰児あかごとなることができますかの
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
膝の上へ嬰児あかごかかえ上げられ、懐中が外側から圧せられたので、苦しくなって出て来たものらしい。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
草鞋わらじを脱いだばかりで、草臥くたびれてかまちから膝行込いざりこむのがある、他所よそ嬰児あかごだの、貰われた先方さきのきょうだい小児がき尿を垂れ散らかすのに、……負うと抱くのが面倒だから
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、もしこの申出を拒絶なされば、遺憾ながら、暁を待たずに城内へ殺到し、嬰児あかごの果てにいたるまで、一人残らず殺して廻るだけだ。札荅蘭ジャダラン族を種子切たねぎれにしてやるのだ。
ハハハハそんなに方々見廻したって、どこに嬰児あかごの時の傷が残っているもんか
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
南向の縁側の上には蒲団ふとんを敷いて坐った祖母おばあさんが居る。庭には嬰児あかごを抱いて立つ輝子が一番前の方に居る。二人の少年が庭石の上に立っている。その一人は義雄兄の子供で、一人は繁だ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのうちに妻が妊娠して、翌年になって男の子を分娩したが、ひどい難産のうえに産褥さんじょく熱で母体が危険になった。青年は幾晩も眠らないで、愛妻を看護するかたわら嬰児あかごのために乳貰ちもらいに歩いた。
前妻の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
嬰児あかご泣く……麦の湿しめるあなたに
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
みだれる提灯を、眼の下に、すばやく、帯で嬰児あかごを背なかに縛りつけた。息が、止まってしまったのか、子はもう泣きもしないのである。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
写真は、蓮行寺の摩耶夫人の御堂みどうの壇の片隅に、千枚の歌留多かるたを乱して積んだような写真の中から見出みいだされた。たとえば千枚千人の婦女が、一人ずつ皆嬰児あかごを抱いている。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片手では嬰児あかごをしっかりと抱き、片手では盲人の手を引いて、無我夢中に走るのであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
嬰児あかごお鈴は今年生れたのだからもちろん酉だ。お久美の十三も嘉永二年の出生で己酉つちのととり。磯屋のおりんとお滝は二十五年の同年で天保八年の生れだが、天保八年は——これもまたひのとの酉!
山と積んだ麦束のそばにふところをあけて、幼い嬰児あかごに乳を飲ませている女もある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
額から下は赭っと柿ばんでいて、それがテッキリ、嬰児あかごの皮膚を見るようであるが、額から上は、切髪の生え際だけが、微かに薄映み——その奥には、白髪が硫黄の海のように波打っていた。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのかげをのどやかに嬰児あかごひいで
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「私は、安楽房様のお話を聞いていると、何かしら、嬰児あかごのように、心がやわらいで、それから幾日かは、心が清々すがすがとなります」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その挙動ふるまいを見るともなしに、此方こなた起居たちいを知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児あかごを片手に、を差出したのを見も迎えないで、大儀らしく、かッたるそうにつむりを下に垂れたまま
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
良人の相良寛十郎とまた嬰児あかごだったお高の行動がはっきりしていないこと、ならびに深川の古石場で死んだ、お高の実父とばかり思いこんでいた相良寛十郎は、全く別人で、おゆうの夫
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
産後のお民だけは嬰児あかご森夫もりお(半蔵の三男)を抱いて引きこもっていたが、おまん、お喜佐、お里、それにお粂も年上の人たちと同じように彼女のみずみずしい髪を飾りのない毛巻きにして
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえ心無い嬰児あかごでも思わずひざまずくに違いない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
木々のもふく春に向いて、嬰児あかごの手足は、日ごとにまろくなって行った。父の血をうけて、この子も意志強い容貌かおだちしていた。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涙でも出ていたのか洋燈ランプの灯がぼうとなった中に、大きな長刀酸漿なぎなたほおずきのふやけたような嬰児あかごを抱いて、(哀別わかれに、さあ、一目。)という形で、くくり枕の上へ、こう鉄漿おはぐろの口を開けて持出すと
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ス、ス、ス、と耳から抜けてゆく水袴のきぬずれへ、源五は、嬰児あかごのような惜別にもがいて、わっと声のかぎり、泣きたかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかりしのち、いまだかつて許されざりし里帰さとがえりを許されて、お通は実家に帰りしが、母の膝下しっかきたるとともに、張詰めし気のゆるみけむ、かれはあどけなきものとなりて、泣くも笑うも嬰児あかごのごとく
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その女の人が自分の母であると嬰児あかごの武蔵には分っていて、乳ぶさにすがりながらその人の白い顔をふところから幼い眼が見上げている——
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その上、一面に嬰児あかごほどの穴だらけで、干潟の蟹の巣のように、ただ一側ひとかわだけにも五十破れがあるのです。勿論一々ひとつびとつつぎを当てた。……古麻ふるあさに濃淡が出来て、こうまたたきをするばかり無数に取巻く。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
嬰児あかごの武蔵は石ころの多い河原にほうり出されていて、月見草の中でワンワン泣いている、ありッたけな声を出して泣いている。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「姉さんの志。ははあ、君は姉のために、嬰児あかごを棄てたんじゃね。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
変り果てた朱実には、つい一年余ほど前の色も姿態しなもなかった。汚い負紐おいひもで、背なかには、二歳ばかりの嬰児あかごを背負っていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竹童ちくどうは、こごえていた嬰児あかごが、母のあたたかな乳房ちぶさへすがりついた時のように、ひしと、ひしと、その人のむねにかじりついて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)