しゃが)” の例文
と船長がしゃがれた声でプッスリと云った。同時にまゆの間とほっペタの頸筋くびすじ近くに、新しい皴が二三本ギューと寄った。冷笑しているのだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「苦しい! 麻痺しびれる! ……助けて助けて!」としゃがれた声で叫んだが、見る見る顔から血の気が消え、やがて延びて動かなくなった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この最後の言葉に野田はすこぶる面食らって、しばし言葉が胸につかえて出てこなかったらしいが、やがて決心してしゃがれた声で言った。
その中の一人——どの男だったかわからない——がしゃがれた叫び声をあげながら跳び立って、銃を肩にあてたかと思うと、一発ぶっ放した。
さもなかったなら、木魂姫こだまひめてゐるその洞穴ほらあなくるほどに、また、あのひめうつろこゑわしこゑよりもしゃがるゝほどに、ロミオ/\とばうものを。
娘は隣室の合唱にもめげず手風琴の伴奏に合わせて、だいぶしゃがれたコントラルトで、何やら下男くさい歌をうたっていた……
あの、どこから響き出して来るとも知れない呟くような唄の声、それは老婆のようにしゃがれてもいれば、嬰児えいじのように未だ実が入らなくも聞える。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
云われるままに、レンズを受け取って、ガラスの表面を覗いた係長は、覗くがいなや、はじき返されたように、その側を離れて、しゃがれた声で叫んだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女はだんだんしゃがれたような声になりながらそれをえると、一種の微笑ともつかないようなもので口元を歪めながら、私をじっと見つめた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
が、不幸にしてそれが一度彼の口を出ると、何の意味も持っていない、しゃがれたうなり声に変ってしまう。それほどもう彼は弱ってでもいたのであろう。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
フローラは、心痛と恐怖のあまり、歯はがちがちと打ち合い、乾いた唇から、しゃがれたうめき声を立て続けるのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一気に言ったが、思いなしか、最後の言葉を言った時のそのしゃがれた声は、恐怖に似た畏敬いけいと憎悪に似た反撥との奇怪な混合を示しつつ、震えていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
かと思うと二階の婦人病棟からは、しゃがれた女性中音コントラルトが何やら野卑な歌を唄っているのが聞こえてくる。病人は耳を澄ましてこれらの声に聴き入っていた。
弥次馬の立騒ぐ声までも聞えるような気がして、ぶるぶるっと身ぶるいがした。『死刑にしろ、死刑にしろ』というしゃがれた叫び声が耳底でがんがん鳴った。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
猪首いくびで赭ら顔で、それに大きな鼻、もじゃもじゃした黒い眉毛、胡麻塩の頬髯、ぶくぶく緊りのない肥りよう、軍人独特の太いしゃがれ声——こう並べて見ると
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まとまりない雑談が、見も知らぬ乗客同士の間に交され始めたが、中で一きわ高いしゃがれ声が伸子の注意をひいた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
草をむしったような誠に効能きゝめの薄いようなものを呑ませるうちに、ついに息も絶え/″\になり、八月上旬はじめには声もしゃがれて思うように口も利けんようになりました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ファンティーヌは逃げ出した、そして男のしゃがれた声を聞くまいとして耳を押さえた。男は叫んでいた。
あらゆる監房からは、元気のいい声や、既にしゃがれた声や、中にはまったく泣声でもって、常人が監獄以外では聞くことのできない感じを、声の爆弾として打ち放った。
牢獄の半日 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「あんなにテムプル関門バーから駈け通しで来たんだからなあ、お婆さん、おめえ平地ひらちへつれてくまではおれはおめえの前脚を信用出来ねえよ。」とこのしゃがれ声の使者は
顔が黒く日に焦げてしわがよっている百姓のしゃがれた量のある声が何か答えているのがこっちまで聞えてきた。その声は、ほかの声を消してしまうように強く太くひびいた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
彼のしゃがれた叫声さけびごえをききつけて一つの青い顔が書斎の戸口に現われた、シモン博士の光った眼鏡と心配気な眉毛が、博士はガロエイ卿の叫声をききつけた最初の人であった。
しゃがれ声のきたない粗野ないやしい疥癬病かいせんやみの生徒らの中に交って、衒学げんがく的な天才はだの風貌ふうぼうをしているが、それらの悪童どもと口論し、時としては土方みたいになぐり合い
老人はしゃがれた低い声で云った。「……お鼓の音があまりにおみごとなので、ついお庭先まで誘われてまいりました。お邪魔になろうとは少しも知らなかったのでございます」
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
せた、骨立った体を、わざとのように直立させ、しゃがれた声で、切口上で云うのであった。蒼白あおじろい顔にまばらにひげの延びた陰影の多い表情の中に、人に親しまないしわがあった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「あ、あけちゃいけねえ。」という先生のひどく狼狽したようなしゃがれた御返辞が聞えた。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「甲板に出ろ!」と、誰か、しゃがれた声がどなった、「出ろ、ぐずぐずするな、出ろ——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
すると、彼女の裳の中で、時にはしゃがれた叫び声、時にはまた激しい羽ばたきが聞こえる。マリイ・マドレエヌは一方の脚にからだの重みをかけるように、からだを屈めるのである。
ほんとかや、ちっとも知らなかったでなあと、やがて母は少ししゃがれたこえで呟いた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
饅頭虎が、咄々とうとつしゃがれ声で物を言うのに対して、指無しの権は、ねっちりした、しかし、突き刺すような皮肉な言葉をつかった。父は、はじめのうちは、默って二人の口論を聴いていた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
飛ばしてきた古色蒼然そうぜんたるロオドスタアがキキキキ……と止って、なかから、煙草たばこきだし、禿頭はげあたまをつきだし、容貌魁偉ようぼうかいいじいさんが、「ヘロオ、ボオイ」としゃがれた声で、呼びかけ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
博士は、安全灯の光を差し向けながら、不思議なものにでも出っくわしたように、ぼんやりとそれを眺めていたが、やがてクルリと後ろを振りむくと、聞きとりにくい、しゃがれたような低い声で
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しゃがれた声に力を入れて、絞り出すように云った「どうぞ」という言葉が、彼の胸から直ちに自分の胸へ伝わるような気がすると同時に、私の心の片隅のどこかが急に柔らかくなるような気がした。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
楽隊と木笛と風船の音が世界を占め、それらに君臨して螺旋らせんすべりの塔が高く中空を抜いて、賭取人ブック・メイカアの色傘と黒板としゃがれ声とにきょうの日はさんさんと降り——ジプシイの女がショウルをかけて
わたしは間近まぢかにきこえるしゃがれ声のために突然われにかえった。
お婆さんは、低いしゃがれた声で、障子にうつる影に呼びかけた。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しゃがれた、空虚な叫喚きょうかんが、暗闇の中に、ぶつかり合った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と訴える千吉君の声は大分しゃがれていた。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
英二の声は、少ししゃがれていた。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
振返ってしゃがれ声で云った。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
声がすこししゃがれたせいか、口調が一層、深刻に冴え返って来た。傍に立っている私までも、気絶することを忘れて傾聴させられた。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
連続して起こる意外の出来事に、今にも発狂しようとして、やっと正気を保っている松女が、しゃがれた声で叫んだのである。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは妙に切迫した、詰問に近いしゃがごえだった。お鈴は襖側ふすまがわたたずんだなり、反射的に「ええ」と返事をした。それから、——誰も口を利かなかった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その声はしゃがれていてぎごちなくて、銹びた錠前のようだった。「わし可哀かええそうなベン・ガンだよ。この三年間も人間と口を利いたことがねえんだ。」
私の背後で、病人のすこししゃがれた声がした。それが不意に私をそんな一種の麻痺まひしたような状態から覚醒かくせいさせた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ひどくしゃがれた、そのため無理に発音するみたいな、早口に一句一句投げつけるその声で、朝野光男とわかった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ヂュリ histヒスト! ローミオー! histヒスト!……おゝ、こちの雄鷹をたかをば呼返よびかへ鷹匠たかじゃうこゑしいなア、囚人とらはれゆゑこゑしゃがれて、高々たか/″\とはばぬ。
そのしゃがれ声の走使はしりづかいは、それだけの食事をとった後に一つの長腰掛に窮屈そうに腰掛けながら、ついうとうとと居睡りしかけたが、その時、声高なざわめきの声が起り
その時背後で、異様なしゃがれ声が起った。三人が吃驚びっくりして後を振り向くと、そこには、執事の田郷真斎がいつの間にかはいり込んでいて、大風おおふうな微笑をたたえて見下みおろしている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
教区の会堂で十一時が鳴ると、その響きに合わして、他の会堂で澄んだ響きやびた響きがくり返され、また家の中で、掛時計の重い音や鳴時計のしゃがれた声がくり返された。