可哀あわれ)” の例文
ちょっとなまって、甘えるような口ぶりが、なお、きっぱりと断念あきらめがよく聞えた。いやが上に、それも可哀あわれで、その、いじらしさ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつはその可哀あわれな境遇をどくと思うのとのために、これもまたいろいろに親切にしてやる。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これが私を殺すのです——と云って、置処おきどころのなさそうな顔をそむける。猿轡さるぐつわとか云うものより見ても可哀あわれなその面縛めんばくした罪のありさまに
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中脊で、もの柔かな女の、ふっさり結った島田がもつれて、おっとりした下ぶくれの頬にかかったのも、もの可哀あわれで気の毒であった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と涙も忘れて、胸も、空洞うつろに、ぽかんとして、首を真直まっすぐえながら潟のふなわんさまして、はしをきちんと、膝に手を置いたさま可哀あわれである。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浦人うらびと可哀あわれがりました。ですが私は——約束に応じて宝を与え、その約束を責めて女を取る、——それが夢なれば、船に乗っても沈みはしまい。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いやです、きまりの悪いこと。……親類に連れられて、浅草から燈籠とうろうを見に行っただけなんです、玉菊の、あの燈籠のいわれは可哀あわれですわね。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お千は、それよりも美しく、雪はなけれど、ちらちらと散る花の、小庭の湿地しけちの、石炭殻につもる可哀あわれさ、痛々しさ。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大歎息おおためいきとともにばらをぐうと鳴らして可哀あわれな声で、姐さん、そうすると、酒もなし、麦酒もなし、さかなもなし……おまんまは。いえさ、今晩の旅籠はたごの飯は。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
花の白いのにさえおびえるのであるから、雪の降った朝の臆病思うべしで、枇杷塚びわづかと言いたい、むこうの真白の木の丘にうずもれて、声さえ立てないで可哀あわれである。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時婦人おんなは一息つきたり。可哀あわれなるこの物語は、土地の人口碑こうひに伝えて、孫子まごこに語り聞かす、一種のお伽譚とぎばなしなりけるが、ここをば語るには、誰もかくすなりとぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おおん神の、お膝許ひざもとで沙汰の限りな! 宗山坊主の背中を揉んでた島田髷の影らしい。惜しや、五十鈴川の星と澄んだその目許も、なまずひれで濁ろう、と可哀あわれに思う。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小さな銀貨を一個ひとつにぎらせると、両手で、頭の上へ押頂いて、(沢山に難有ありがと、難有、難有、)と懐中ふところあご突込つッこんで礼をするのが、何となく、ものの可哀あわれが身に染みた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
月のはこの納屋の屋根から霜になるであろう。その石臼にすがって、嫁菜の咲いたも可哀あわれである。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お染は白地明石あかしあい子持縞こもちじまうすものを着ていたから、場所と云い、境遇も、年増の身で、小さな芸妓屋げいしゃやに丸抱えという、可哀あわれながれにしがらみを掛けた袖も、花に、もみじに
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土地の故参で年上でも、花菖蒲はなあやめ燕子花かきつばた、同じ流れの色である。……生意気盛りが、我慢も意地も無いまでに、身を投げ掛けたは、よくせき、と清葉はしみじみ可哀あわれに思った。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
梁山泊りょうざんぱく割符わりふでも襟に縫込んでいそうだったが、晩の旅籠にさしかかったうえ疲労つかれは、……六よ、怒るなよ……実際余所目よそめには、ひょろついて、途方に暮れたらしく可哀あわれに見えた。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さて、呼声に名がりますと、どうやら遠い処で、かすかに、はあい……」と可哀あわれな声。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どこに当人が歎きかなしみなぞしたのですか。人におしまれ可哀あわれがられて、女それ自身は大満足で、自若じじゃくとして火に焼かれた。得意想うべしではないのですか。なぜそれが刑罰なんだね。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
荒布あらめとも見える襤褸頭巾ぼろずきんくるまって、死んだとも言わず、生きたとも言わず、黙って溝のふちに凍り着く見窄みすぼらしげな可哀あわれなのもあれば、常店じょうみせらしく張出した三方へ、絹二子きぬふたこの赤大名
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……かつは臨終の苦患くげん可哀あわれさに、安心をさせようと、——心配をするな親仁おやじ、鐘は俺が撞いてやる、——とはっきり云うと、世にも嬉しそうに、ニヤニヤと笑って、拝みながら死んだ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓をすかして、独居ひとりの時、かの可哀あわれこけいたる青楓の材を見れば、また姉上の憂目を訴えたまいしがごとく思われつつ、心いたく惑いてつむりの苦しきが、いずれか是なる、いずれか非なる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……けたたましく、可哀あわれに、心悲うらがなしい、とびにとらるると聞く果敢はかない蝉の声に、俊吉は肝を冷しつつ、※々ぱっぱっおもてを照らす狐火きつねびの御神燈に、幾たびか驚いて目をふさいだが、路も坂に沈むばかり。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
じっとしていると思うと、襦袢の緋がさっと冴えて、揺れて、なびいて、蝋にあかい影がとおって、口惜くやしいか、かなしいか、可哀あわれなんだか、ちらちらと白露を散らして泣く、そら、とろとろと煮えるんだね。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……すがすがしいが、心細い、可哀あわれな、しかし可懐なつかしい、胸を絞るような駅路うまやじすずの音が、りんりんと響いたので、胸がげっそりと窪んで目が覚めるとね、身体が溶けるような涙が出たんだ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何だか可哀あわれっぽいのね。ふさいで来るようだけれど、飛んだおもしろいよ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お孝が一声応ずるとともに、崩れた褄は小間を落ちた、片膝立てた段鹿の子の、浅黄、くれないあらわなのは、取乱したより、蓮葉はすはとより、薬玉くすだまふさ切れ切れに、美しい玉の緒のもつれた可哀あわれ白々地あからさま
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
張って(坊主でない、坊主でない。)とわめいた様子が可哀あわれに見えます。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
声々に、可哀あわれに、寂しく、遠方おちかたかすかに、——そして幽冥ゆうめいさかいやみから闇へ捜廻さがしまわると言った、厄年十九の娘の名は、お稲と云ったのを鋭く聞いた——仔細しさいあって忘れられぬ人の名なのであるから。——
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「出口はどこでございます。」とは可哀あわれやもう眼が見えぬそうな。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ可哀あわれなのはね、一所いっしょ連廻つれまはられた黒女くろめなのよ。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
可哀あわれとどめたのは取巻連さ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)