儼然げんぜん)” の例文
と、声色共にはげしく、迅雷じんらいまさに来らんとして風雲大いに動くの概があった。これを聴いたパピニアーヌスは儼然げんぜんとしてかたちを正した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
「つまり、俺たちが当たったのかもしれない見込みがあるんだ。見込みだけなんだよ。けど、その見込みは儼然げんぜんとしてあるんだ。」
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
二十世紀の現代に眼を閉じさして民衆を昔し昔しのお伽噺とぎばなしにつれてゆこうとする時、唯物史觀は儼然げんぜんたる事實を示す必要があるのである。
唯物史観と文学 (旧字旧仮名) / 平林初之輔(著)
其処そこには鹿島槍ヶ岳が空翠こまやかなる黒部の大谷の上、蒸し返す白雲をしとねに懐しみのある鷹揚さをもって、威儀儼然げんぜんと端座している
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
お梅さんが床の間の前に据わって、富田に馳走をせいと儼然げんぜんとして御託宣があるのだ。そうすると山海の美味が前に並ぶのだ。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と大塚警部は眼を丸くしながら、慌てて手を振って飛び退いた。苦笑しいしいハンカチで顔をコスリ廻わした。私は儼然げんぜんとして坐り直した。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかしその脆弱な病躯びょうく中には鉄石の如き精神が存在していた。君は終始儼然げんぜんとして少しも姿勢を崩さず、何となく冒すべからざる風があった。
帆村は慄然りつぜんとして、隣席の牧山大佐をかえりみた。しかし大佐の姿は、もうそこにはなかった。その代り受話器の中から儼然げんぜんたる号令が聞えてきた。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それが、丁度中世紀の騎士ナイトが、貴婦人をまもる時のように、儼然げんぜんとして立っていらっしゃるのですもの。妾可笑おかしくもあれば、有難くも思ったわ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お銀様は先に立って、儼然げんぜんとして、例の覆面姿で歩みを運びながら、ゆらりゆらりとこちらへ向いて練って来るのです。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一つとして手がかりの無い儼然げんぜんたる絶壁に面して立った気持で、私は、いたずらに溜息をもらすばかりであった。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が古い時代においては、すなわち平安朝なかば以前においては、こういう区別が儼然げんぜんとして存している。そのどちらを使うかは語によってちゃんときまっている。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
「共同社会」の一面には、儼然げんぜんとして「利益社会」の存在することも、ハッキリ知っておかねばなりませぬ。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
わつとつて、一同いちどう逆雪頽さかなだれ飛出とびだしたとおもふと、もと大廣間おほひろまで、儼然げんぜんとしてかべ異彩いさいはなつ。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ちょっと見た娘の一目は儼然げんぜんとして言われた父の厳命より剛勢だ、自分は娘の意に従いすぐに室を出たが、それでも今室へはいッた時ちらりとみんなの風が目に止ッた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
それはよく言われる「等量」の問題などの技術的条件の底の底に、儼然げんぜんとして鎮座している。
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
槍ヶ岳は背後より、穂高山は足の方より、大天井岳は頭を圧すばかりに、儼然げんぜん聳立しょうりつして、威嚇いかくをしている、わずかにその一個を存するとも、なおもって弱きを圧伏するに足るのに
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
一方は木綿服に小倉織の短袴たんこを着すれば、他方は綸子りんず被布ひふまとい、儼然げんぜんとして虎皮に坐す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
庖丁ほうちょうがよく切れるかどうかをあらためる。彼はもう地べたの上にわらをひろげてしまった。女ども、お神さんと隣の神さんが、あわてふためいているのに、彼は儼然げんぜんとしている。
実にその物凄く快濶かいかつなる有様に見惚みとれて私は湖岸の断壁岩だんぺきがん屹立きつりつして遙かに雲間に隠顕いんけんするところのヒマラヤ雪峰を見ますると儼然げんぜんたる白衣びゃくえの神仙が雲間に震動するがごとく
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
人は各自の意志によって生きもし動きもしていると思っているが、その人以上の何ものかの力が人をうごかしているという儼然げんぜんたる宇宙の理は、人間はどうしてもいなみきれない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黄口少年、乳臭いまだ乾かず、わずかに数巻の西籍を読み、生呑活剥せいどんかっぱく儼然げんぜん学者をもっておるものあり、利をむさぼりてあくなきものあり。節義の風、廉恥の俗、蕩然とうぜん地をはらう。
なんじがこれしきの真理を会得せぬこそ、むしろ意外である。すべては儼然げんぜんたる因果の理法の現れで、金はあくまで金、鉛は最後まで鉛である。魂の品質は、決して一朝一夕の所産でない。
飯野川いいのがわの町で私の頼んだ老按摩は、儼然げんぜんたるの羽織の、某翁なにがしおうとも名づくべき品格の盲人で、この町にもおかみんはいますかねの問に対し、いるらしうござりますなどととぼけたが
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この塵をかうむらざる美の影圖は、その氣高けだかきこと彼「ワチカアノ」なるアポルロンの神の像の如く、儼然げんぜんとして我前に立てり。嗚呼、この影圖よ。今これを知りたるものは、唯だ神と我とのみ。
サビエルはこれを聞くより儼然げんぜん坐を正して仏僧を睨まへて、五十二歳の者がどうして千五百年前に絹を買ふことができたか、又、比叡山は開かれてから千年にも満たない山だといふではないか
いな彼の多年住み古した家屋敷さえ今なお儼然げんぜんと保存せられてある。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かく言いて後、ヨブ再びその面を三友に向けて儼然げんぜんとして言う
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
お妙は、急に儼然げんぜんとした口調になった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
眼にはみえねども儼然げんぜんとして
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そうすると若林博士も今までになく、儼然げんぜんと姿勢を正して私を凝視し返した。又も、神様に祈るような敬虔な声を出した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
東方の天は俄に低く落ち込んでいるが、其処には桔梗色の富士が威儀儼然げんぜんと端座している。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
床の上には丸い鉄扉てっぴ儼然げんぜんと閉じていて、蹴っても踏みつけても開こうとはしない。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
象山儼然げんぜんとして曰く、「貴公は学問する積りか、言葉を習う積りか。もし学問する積りならば、弟子の礼をとりてきたれ」と。松陰すなわち帰りて衣服を改め、上下かみしもを着し、その門に入れり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
すなわち神の子であり、のちまた神に隠されたる公けの記録が、かの島だけにはこれほど儼然げんぜんとして伝わっているのである。殺すということは少なくとも、古代一般の風習ではなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
雪叟が小鼓をめたのを見て……こう言って、恩地源三郎が儼然げんぜんとして顧みて
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
釈尊の肉身はくなっても、因縁という真理そのものは、因縁という法は、法身ほっしんすがたにおいて、永遠不滅なる仏教の真理として、いな、宇宙の真理として、今日においても儼然げんぜんと光っています。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
機先の計略 そこで私は殊更ことさら儼然げんぜんかまえ込んでさて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
兵部は、儼然げんぜんと云って、胸を真っ直ぐにした。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に総監の態度の真面目なのにあきれた。冗談にもこんな矛盾した事が云えるものではないのに総監は平気で、しかも儼然げんぜんとして私に命令している。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
老婦人はものをも言わず威儀を整え儼然げんぜんたり。お丹はおもむろに説出ときいだしぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秋田方面の山鬼ももとは山中の異人の汎称はんしょうであったらしいのが、のちには大平山上に常住する者のみをそういうことになり、ついには三吉大権現だいごんげんとも書いて、儼然げんぜんとして今はすでに神である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
甲武信岳の絶巓ぜってんに初めて立った時、何よりも先ず意外に感じたのは、附近第一の高峰であろうと信じていたこの山の北に近く、われを凌駕する無名の高山が、儼然げんぜんとして聳えていることであった。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
儼然げんぜんといい放って、「火の玉」少尉は廻れ右をして帰っていった。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、儼然げんぜん威儀を正して言いますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
否、むしろ讐敵かたき同士かも知れない……という驚愕すべき事実を、いとも儼然げんぜんと証拠立てている事になるではないか。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
第一だいいち儼然げんぜんとして紋付もんつきたあんまだといふ、てんさづくるところである。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから四日目の快晴の日に兼ねて目指していた愛宕山の塔に登って見ると、果せるかな小仏峠の真上に当って特有なピラミッド形に儼然げんぜんと雪の姿をあらわして居るのは、紛うようも無い荒川岳である。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかし儼然げんぜんたる態度は依然として崩さないまま、ジョージの手紙を拡げて女の顔と見較べた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
七百米もある花崗岩の大懸崖となって儼然げんぜんと残っている。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)