不遜ふそん)” の例文
ともかくも、たかが星暦卜祀せいれきぼくしつかさどるにすぎぬ太史令の身として、あまりにも不遜ふそんな態度だというのが、一同の一致した意見である。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さらに三斎について注目すべきは、彼が徳川の傘下さんかりながら、幕府の不遜ふそんな対朝廷策に、大きな忿懣ふんまんを抱いていたことである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か不遜ふそんの言い方をするようですまぬが、彼らぐらいの程度の仕事に止まってはならぬというのが、私の予々かねがねねがいなのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
不遜ふそん魯山人、未だに人を馬鹿にしよると翁をしてまたしても激怒さすことになるやも知れないが、私は行き届かないながらも
「ところで、遺産の配分ですが」と熊城が、真斎の挨拶にも会釈を返さず、性急に口切り出すと、真斎は不遜ふそんな態度でうそぶいた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
イエス・キリストの乗り物であった驢馬にまたがることは、あわれな一牧師にとってははなはだ不遜ふそんなことである、と諸君は思われるでしょう。
ぼくを見下ろすような姿勢のまま、山口はなぜか不遜ふそんな、傲岸ごうがんな、まるで狂信者みたいな態度で、肩口ではねかえすようにそうくりかえした。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
しかし、きょう自分が曾根少佐に対して言った言葉の中には、世間の常識から考えて、たしかに不遜ふそんなものがあったようだ。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
理由なき不遜ふそんの態度。私はいつでもこれあるがために、第一印象が悪いのです。いけないことだ。知りつつも、ついうっかりして再び繰返します。
新郎 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あの傲岸ごうがん不遜ふそんのニイチエ。自ら称して「人類史以来の天才」と傲語したニイチエが、これはまた何と悲しく、痛痛しさの眼にみる言葉であらう。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
これは幕府の専横と外国公使らの不遜ふそんとを憤り一方に王室の衰微を嘆く至情からほとばしり出たことは明らかであるが
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私どもは男子側が私どもの希望を容れて高い智力の教養を許されるなら、決して男子に反抗するような不遜ふそんな態度を取ろうとする者ではありません。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
それは、すでにモンテーニュが言ってるとおり、「知識を鼻にかけてる人々の厚顔さや法外な不遜ふそんさ」にたいする、蔑視べっし的な反動の純な態度だった。
そちこれなる紺屋こうやたれさまのご允許いんきょ受けて営みおるかッ、加賀宰相のお許し受けたと申すかッ。不遜ふそんなこと申すと、江戸まえの吟味が飛んでまいるぞッ
小説で現実を裁断するというような、いわば現実を怒らせるような不遜ふそんなまねは努めてしないようにしてきている。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
泰平には余り使いどころのない役だったが、それがかえって「側近の衛士」という虚名と結び着いて、傍若無人、横着僭上せんじょう、高慢不遜ふそんの気風をそそるようになり
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今の少年は不遜ふそんなり軽躁けいそうなり、みだりに政治を談じて身の程を知らざる者なりとて、これをとがむる者あれども、かりにその所言にしたがいてこれを酔狂人とするも
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その話の中に、子爵の不用意な言葉か、不遜ふそんの態度かが、潔癖な父を怒らせたにちがいない。そう思うと、瑠璃子はあまりに潔癖過ぎる父が急に恨めしくなった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だが、自分はそのような不遜ふそんなことはしない。ただ一つの世代には二人のカフカはいないのだ、といっている。そして、カフカの方法についてこう述べている。
されども諸王は積年の威をはさみ、大封のいきおいり、かつ叔父しゅくふの尊きをもって、不遜ふそんの事の多かりければ、皇太孫は如何いかばかり心苦しくいとわしく思いしみたりけむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
野暮な常識臭いものを固くつて動かない蘆庵の頑迷不遜ふそんが彼の感興をさました。そしてまた歌はいくらやつても蘆庵が先きにき廻して居るといふ感じが強かつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
教師は勿論彼の不遜ふそんに厳罰を課せずにはかなかった。その外もう紙の黄ばんだ「自ら欺かざるの記」を読み返して見れば、彼の屈辱をこうむったことは枚挙し難い位だった。
彼は事実は事実として、そこから鴎外に対する見方をこの頃変えて来たのである。人はそれを聞いたなら不遜ふそんだといって非難するであろう。しかしそれをも意に介せない。
これは伝統的の詩である俳句に対する不遜ふそんな無謀な処置であった。そういう考えがあるのならば何も俳句にたよらなくっていいわけである。新しい詩をつくればいいわけである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
持って生れた楽天的な広い横断面おうだんめんもあった。神経質な彼はまた誤解を恐れた。ことに生計向くらしむきに不自由のないものが、比較的貧しい階級から受けがちな尊大不遜ふそんの誤解を恐れた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでいよいよマルセーユの『ヘルキュレス』対、かたやコルシカの『ナポレオン』の顔合せだ。なにしろ思いも掛けぬ不遜ふそんな挑戦にマルセーユ人はすっかりカンカンになっている。
ぶしつけな不遜ふそんな私の態度を御ゆるしくださいませ——なおもなおも深く身を焦さねばならぬ煩悩ぼんのうきずなにシッカと結びつけられながら、身ぶるいするようなあの鉄枠てつわくやあるいは囚舎の壁
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
そのなかには不遜ふそんさも含まれており、これではまるでわたしたちが役所に対して
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
それにまた、自分のこの不遜ふそんなやり口を、どうして説明したらよいであろう?
ジワリジワリと柔かな剣のうち測り知られぬ力がこもって、もしも当の相手が不遜ふそんな挙動をでも示そうものなら、その柔かな衣が一時に剥落はくらくして、鬼神も避け難き太刀先が現われて来るので
私は私の柄にもない不遜ふそんな老婆親切をもうやめねばならぬ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「尊命は謝すが、亡家の庭にも、一本の桜はあってしかるべく存ずる。不遜ふそんながら、伝来の一矢いっしむくい参らせて、敢えて散り申す」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本島在来の作品を尊敬しないところからおこったのである。内地風に改めるとそれですぐ良くなると思うのは、あまい不遜ふそんな見方であります。
台湾の民芸について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
とかく小人は不遜ふそんをもって勇と見做みなし勝ちだが、君子の勇とは義を立つることのいいである云々。神妙に子路は聞いていた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
自己の経験もせぬ生活感情を、あてずっぽうで、まことしやかに書くほど、それほど私は不遜ふそんな人間ではない。いや、いや、才能が無いのかも知れぬ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
諸王と帝との間、帝はいまだ位にかざりしより諸王を忌憚きたんし、諸王は其の未だ位に即かざるに当って儲君ちょくんを侮り、叔父しゅくふの尊をさしばんで不遜ふそんの事多かりしなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今日世の有様を見るにあるいは傲慢不遜ふそんにして人に厭わるる者あり、あるいは人に勝つことを欲して人に厭わるる者あり、あるいは人に多を求めて人に厭わるる者あり
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
頭からこちらを不浄役人扱いしかねまじい不遜ふそんな節々がじゅうぶんにうかがわれました。
痩せ男はこの着物の中に、傲慢がうまん不遜ふそんなあぐらを掻くと、恬然てんぜんと煙草をふかし始めた。
着物 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「何。……私の讐事あだごとは後にして、国難を先にたすけよと。……劉備ごときに説法を受けんでも、曹操にも大志はある。不遜ふそんな奴めが」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
否、かえって知識が美を殺さなかった場合とては少ない。科学が自然を征御せいぎょするという考えは極めて粗雑なまた不遜ふそんな空想に過ぎない。私たちは知識を無視してはならない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
不遜ふそんなり、教養なし、思想不鮮明なり、俗の野心つよし、にせものなり、誇張多し、精神軽佻けいちょう浮薄なり、自己陶酔に過ぎず、衒気げんき、おっちょこちょい、気障きざなり、ほら吹きなり
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
斉泰せいたい黄子澄こうしちょう、皆とらえられ、屈せずして死す。右副都御史ゆうふくとぎょし練子寧れんしねいばくされてけつに至る。語不遜ふそんなり。帝おおいに怒って、命じてその舌をらしめ、曰く、われ周公しゅうこう成王せいおうたすくるにならわんと欲するのみと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
直木のこの手を喰うと、私はまんまと、武蔵以上傲岸ごうがん不遜ふそん仮借かしゃくのない彼の木剣を、そら商売と大上段から貰ったに違いない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弟妹たちは、それゆえ此の長兄を少しく、なめているようなふうがあるけれども、それは弟妹たちの不遜ふそんな悪徳であって、長兄には長兄としての無類のよさもあるのである。嘘を、つかない。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「信孝様さえ、下馬して色代しきたいされたのに、駕籠のままで通るとは不遜ふそん極まるやつだ。——猿めが、もう天下でも取ったように心得おるか」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不遜ふそんな言は吐くが、張松の奇才は実に測り知れない。どうか寛大なご処置を垂れてください。私の身に代えてもと嘆願した。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なに、むかしむしろを織っていた凡下ぼんげが、ついに漢中王の名を冒したというか。憎むべき劉備の不遜ふそん、あくまで、この曹操と互角に対峙たいじせん心よな」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
官衣着用のそれがしを、膝に組み敷かれては、かみ不遜ふそんでござろう。将軍家に対して、怨みをいだく者ではござらぬ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あれほど私が忠告しておいたのに、私があなたに寄せた同情はだいなしです。あんな不遜ふそんな言を吐かれたら孫将軍でなくても怒るにきまっています」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)