阿鼻叫喚あびきょうかん)” の例文
疼痛はげしき時は右に向きても痛く左に向きても痛く仰向になりても痛く、まるで阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄もかくやと思はるるばかりの事に候。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ときも同時に、ごうぜんと、あたりの桟敷百十けんがくずれ落ちて、死傷数百人という阿鼻叫喚あびきょうかんが、刹那せつなにおこっていたのであった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうした怖ろしい阿鼻叫喚あびきょうかんのまん中へ飛び込んだ二人は、いくら物馴れていてもさすがに面喰らって、あとへも先へも行かれなくなった。
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
阿鼻叫喚あびきょうかんの巷といってよい。他の乗客の迷惑などは、おかまいなし、どこかの料亭の大広間で、宴会でもしているつもりらしい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
百蔵一人がエライわけではないけれど、百蔵一人のために大混乱を引起して、その大混乱が阿鼻叫喚あびきょうかんの世界に変ろうとする時でありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さながら、阿鼻叫喚あびきょうかんのちまたで、この圧倒的に優勢な兵力の前には、さしもの僧兵も、神輿を振り捨てると、一目散に、比叡の山へ帰っていった。
阿鼻叫喚あびきょうかんをどこ吹く風と聞き流して、群衆を馬蹄にかけ、やっと門前までのしあがってきた源三郎の一行——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まるで白日夢みたいだが、車窓の外は阿鼻叫喚あびきょうかん——そう形容しても誇張ではない騒ぎがそこに展開されていた。何しろ人がいっぱいの街での、突然の人殺しだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
地軸ちじくが裂けるような一大音響をたててとうとう横たおしにたおれてしまい、地上はたちま阿鼻叫喚あびきょうかんちまたと化し、土煙つちけむり火焔かえんとが、やがて租界をおし包んでしまったこと
樹蔭でそっとネガのプレートあけて見て、そこには、ただ一色の乳白、首ふって不満顔、知らぬふりしてもとのさやにおさめていたのに、その夜の現像室は、阿鼻叫喚あびきょうかん、種板みごとに黒一色
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何の罪咎つみとがもない身に一挺いっちょうの小刀すらも帯びぬ市民たちは、たちまち血煙立ててそこに数百人の死傷者を生じました。その阿鼻叫喚あびきょうかん直中ただなかへ、騎馬兵がさらに砂塵を挙げて吶喊とっかんしてきました。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
秀次の公達きんだちや妻妾共が三条河原で斬られた日、鹿垣しゝがきの外でその有様を窺い、阿鼻叫喚あびきょうかんのこえに断腸の思いを忍んでから後の順慶であって、彼が舊主三成の残虐を恨み、豊臣氏の天下をのろって
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
阿鼻叫喚あびきょうかんが風のめぐるごとくに響くと聞く……さては……わかい女が先刻さっき——
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとい今生こんじょうでは、いかなる栄華えいがを極めようとも、天上皇帝の御教みおしえもとるものは、一旦命終めいしゅうの時に及んで、たちまち阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄にち、不断の業火ごうかに皮肉を焼かれて、尽未来じんみらいまで吠え居ろうぞ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かくて一瞬の間に文明の楽園は阿鼻叫喚あびきょうかんちまたと化してしまった。
阿鼻叫喚あびきょうかんこだました。谷間へ這い下り、あなにかくれ、木へ逃げ登りなどした山徒も、稲の害虫をころすように狩りつくされた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実に阿鼻叫喚あびきょうかんともいうべき苦しみをしのいで、半分は夢中でどうにかこうにか場内へ押込まれて、やれ嬉しやと初めてほっと息をつくという始末。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
慷堂の痩躯そうくが蜂の巣のように銃弾を受けた日、彼の愛していた中国に、日本の渡洋爆撃機が空から盲爆を加えていた。上海は阿鼻叫喚あびきょうかん修羅場しゅらばと化していた。支那事変の勃発である。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
パチパチと木のもえさける音、ドカーン、ドカーンとひっきりなしに聞える炸裂音さくれつおん、そのたびに、蒼白あおじろ閃光せんこうが、パッと焔と煙をつらぬいて、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵巻じごくえまきとはまったくこのことだった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大木、大石、油柴ゆしば硝薬しょうやくなどが、轟々ごうごうと、左右の山から降ってきた。馬も砕け、人もつぶされ、阿鼻叫喚あびきょうかんがこだました。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちまち室内の電灯はサッと消えて、暗黒となった。阿鼻叫喚あびきょうかんの声、器物の壊れる音——その中に嵐のように荒れ狂う銃声があった。正面と出口とに相対峙あいたいじして、パッパッパッと真紅な焔が物凄くひらめいた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あの阿鼻叫喚あびきょうかんは、どこへ掻き消えたか、そしてどこから来るのやら、冷ややかな夕風が、妙にうらがなしい薄暮をあたりへただよわせはじめていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿鼻叫喚あびきょうかんとは、正に、その夜のことだったろう。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夕立のあがり頃から、田楽狭間でんがくはざま阿鼻叫喚あびきょうかんも、雷鳴かみなりの行方と一緒に、遠く消えて、その後を、実に何のこともなかったように、せみひぐらしが啼いている。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二どめの爆音ばくおんとともに、ふたつにけた望楼台ぼうろうだいは、そのとき、まっ黒な濛煙もうえんと、阿鼻叫喚あびきょうかんをつつんで、大紅蓮だいぐれんきだした殿堂のうえへぶっ倒れた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(せめて、老後の一日だけでも、阿鼻叫喚あびきょうかんの中からのがれて、こころのどかに、人らしく生きてみたいものだが——)
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歓呼かんこは、一瞬に阿鼻叫喚あびきょうかんと変じていた。「——すわ」といったがもう追いつかない。援軍とみせてなだれこんで来たのは、梁山泊の山兵だったのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへまた、熊手や火煙玉を持った泊軍があらわれて、十重二十重とえはたえにとりまき、いちめんな阿鼻叫喚あびきょうかんを巻きおこした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ついこの間、酒壺をたたき、平和来へいわらいうたって、戸ごとに踊り祝っていた民家は、ふたたび暴兵の洪水にひたされ、渦まく剣光を阿鼻叫喚あびきょうかんに逃げまどった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿鼻叫喚あびきょうかんのなかから、あやうくも逃げのがれた三人の食客があった。当時、どこの武人でも、有為な浪人はこれをやしきにおいて養っておく風があった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火の雨の下、降る石の下に、阿鼻叫喚あびきょうかんして、死物狂いに退路をさがしていた兵は、そう聞くと争って剣を捨て、槍を投げ、曹操の軍へ投降してしまった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陽の光も煙につつまれたまま、七月二十五日の夕べは、夕方のあいろもかず、いきなり阿鼻叫喚あびきょうかんの夜に入った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きのうまで、何事もなく暮していた平和な海辺の漁村も城下町も、たちどころに、阿鼻叫喚あびきょうかんのるつぼとなった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、道にうろたえだした人馬が、互いに踏み合い転げあって、阿鼻叫喚あびきょうかんをあげていたときは、すでに天地はときの声にふさがり、四面金鼓のひびきに満ちていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みな、一偈いちげを唱えた。もう焔はらんをこえて、快川のすそを焦がしていた。稚子ちご老幼の阿鼻叫喚あびきょうかんはいうまでもない。いまを叫んだ僧もうめいてのたうちまわっていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬騰の拉致らっちされたあと、大勢の密軍兵は、捕吏とともに、馬騰の邸を四面から焼きたてて、内から逃げ転び悲しみまどい、阿鼻叫喚あびきょうかんをあげて、溢れ出て来る家臣、老幼
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして叡山えいざん根本中堂こんぽんちゅうどうあたりには、かつてこの峰々で焼き殺された無数の僧侶、碩学せきがく稚児ちご雑人ぞうにんたちの阿鼻叫喚あびきょうかんもたしかに聞え、或いはき、或いは笑い、或いは闘い
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ陣中は混乱をきわめ、阿鼻叫喚あびきょうかん奔馬狼兵ほんばろうへい、ただ濛々もうもうの悽気が渦まくばかりであった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次々の小城やとりでを粉砕し、翌月の中旬には、中江、長嶋の二城をとりかこんで、これをおとすと、火を放って、阿鼻叫喚あびきょうかんする城内二万余の宗徒を、一人のこらず焼き殺してしまった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほこを捨て、やりを投げ、或いは馬に踏みつぶされ、阿鼻叫喚あびきょうかんが阿鼻叫喚を作ってゆく。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、驚愕狼狽きょうがくろうばいして、我先に馬を返したので、魏の大軍は、その凄じい怒濤のすがたを、急激に押し戻されて、馬と馬はぶつかり合い、兵は兵を踏みつぶし、阿鼻叫喚あびきょうかんの大混乱を現出した。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
領内一円は、敵兵の蹂躪じゅうりんに委せてしまう。……阿鼻叫喚あびきょうかんだ……。親にはぐれて泣く子、子をさがしてよろぼう老人としより。悲鳴をあげて逃げまどう若い娘。誰にも顧みられずにちまたで焼け死ぬ病人。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煙の下を、逃げまどう女子供の悲鳴が、たちまち、阿鼻叫喚あびきょうかんを現出した。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当夜若君の孤軍こぐんは、いちどは重囲じゅういにおちいられたが、折もよし、人穴城ひとあなじょうの殿堂から、にわかに猛火を発したので、さすがの呂宋兵衛るそんべえも、間道かんどうから逃げおちて、のこるものは阿鼻叫喚あびきょうかんの落城となった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火焔と黒煙の谷の底から、阿鼻叫喚あびきょうかんが空にまでこだました。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
博多じゅうの辻はすぐ阿鼻叫喚あびきょうかんを押し流していた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
踏み殺され、焼き殺され、阿鼻叫喚あびきょうかんが現出した。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)