逸物いちもつ)” の例文
筋骨すじぼね暴馬あれうまから利足りそくを取ッているあんばい、どうしても時世に恰好かッこうの人物、自然淘汰とうたの網の目をば第一に脱けて生き残る逸物いちもつと見えた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
犬は三頭が三頭ながら、大きさも毛なみも一対な茶まだらの逸物いちもつで、子牛もこれにくらべれば、大きい事はあっても、小さい事はない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見てもわかる。長刀なぎなた、太刀でも目につくほどな物を持っているのは大将たちぐらいなもの。……さすがに馬だけは、逸物いちもつがあるが
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あわれ乞食僧はとどめを刺されて、「痛し。」と身体からだ反返そりかえり、よだれをなすりて逸物いちもつ撫廻なでまわし撫廻し、ほうほうのていにて遁出にげいだしつ。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
通りのまんなかには、二頭立の葦毛あしげ逸物いちもつをつけた紳士用のぜいたくな四輪馬車が立っていたが、乗り手はいなかった。
額のあたり少し禿げ、両鬢りょうびん霜ようやくしげからんとす。体量は二十二貫、アラビアだね逸物いちもつも将軍の座下に汗すという。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「よくそれにお目がとまりました、その辺がここでは逸物いちもつでございましょうな、牧場の方へ参ると駒で一頭、ややこれに似たかんの奴がござりまするが」
不意に橋の上に味方の騎兵があらわれた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々きらきらと、一隊すぐって五十騎ばかり。隊前には黒髯くろひげいからした一士官が逸物いちもつまたがって進み行く。
幸い、主人、大場石見は大の馬好き、近頃手に入れた「東雲しののめ」という名馬、南部産八寸やきに余る逸物いちもつに、厩仲間うまやちゅうげんの黒助という、若い威勢のい男を付けて貸してくれました。
れど是等これらの道具立てに不似合なる逸物いちもつは其汚れたる卓子てえぶるり白き手に裁判所の呼出状を持ちしまゝ憂いに沈める一美人なり是ぞこれ噂に聞ける藻西太郎の妻倉子なり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それは雪と岩が、白馬岳の峯頭に浮彫りする黒鹿毛の逸物いちもつで、山名の因をなすものだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
もとよりの異僧道衍は、死生禍福のちまたに惑うが如き未達みだつの者にはあらず、きもに毛もいたるべき不敵の逸物いちもつなれば、さきに燕王を勧めて事を起さしめんとしける時、燕王、彼は天子なり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一回毎に切り棄てることを敢てせざりし為めに、鈎近くの𧋬の疲れ居て、脆く切れたるにや、何れにしても、偶に来れる逸物いちもつを挙げ損ねたるは、釣道の大恥辱なり。ただ一尾の魚を惜むに非ず。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
眼はあくまでも細く、口鬚くちひげがたらりと生えていた。天平時代の仏像の顔であって、しかも股間の逸物いちもつまで古風にだらりとふやけていたのである。太郎は落胆した。仙術の本が古すぎたのであった。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
掛けておきましたところが、これも縁でございますな。いや、逸物いちもつ尤物ゆうぶつ——なんぼ人形食いの殿様でも、これがお気に召しませんようでは、今後こういう御相談は、平茂、まっぴら御免、なんて、前置きが大変。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
令史れいしいへ駿馬しゆんめあり。無類むるゐ逸物いちもつなり。つね愛矜あいきんして芻秣まぐさし、しきりまめましむれども、やせつかれて骨立こつりつはなはだし。擧家きよかこれをあやしみぬ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
北条家のうまやから曳き出して来た駒である。螺鈿らでんの鞍がついている。野盗が見つけたら見逃しっこない逸物いちもつなのだ。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さいはひ、主人、大場石見は大の馬好き、近頃手に入れた『東雲しのゝめ』といふ名馬、南部産八寸やきに餘る逸物いちもつに、厩中間うまやちうげんの黒助といふ、若い威勢の好い男を附けて貸してくれました。
馬は有野村の藤原家からすぐって来た栗毛の逸物いちもつであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女房は、君には、すぎたる逸物いちもつなんだろう。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
辰巳たつみかたには、ばかなべ蛤鍋はまなべなどと逸物いちもつ一類いちるゐがあるとく。が、一向いつかう場所ばしよ方角はうがくわからない。
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「あ。これは逸物いちもつらしい。願わくば相国の御前おんまえで、ひと当て試し乗りに乗ってみたいものですな」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お夏の一諾いちだくおもんぜしめ、火事のあかりの水のほとりで、夢現ゆめうつつの境にいざなった希代の逸物いちもつは、制する者の無きに乗じて、何と思ったか細溝を一跨ひとまたぎに脊伸びをして高々と跨ぎ越して
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日頃の稽古けいこにも、鎧の二領三領は射貫いぬき、総じてあだ矢を射る者などはおりません。馬は、牧の内から心まかせに逸物いちもつを選び取り、朝夕、山林や野を駈けて、きたえに鍛えた駒ぞろいです。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、天から降った、それほどの逸物いちもつだから、竜の性を帯びたらしい、非常ないきおいで水をねると、葉うらに留まった、秋近い蛍の驚いて、はらはらと飛ぶ光に、うろこがきらきらと青く光りました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
バラバラと樹立こだちへはいった忍剣は、梅雪ばいせつとうが乗りすてたこまのなかから、逸物いちもつをよって、チャリン、チャリン、チャリン、と轡金具くつわかなぐの音をひびかせて、伊那丸のまえまで手綱たづなをとってくると
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)