行灯あんどん)” の例文
旧字:行燈
行灯あんどん丁字ちょうじが溜まって、ジ、ジと瞬きますが、三人の大の男は瞬きも忘れて、互の顔を、二本の徳利を、うつろな眼で見廻すのです。
小さんや円右などの単独かんばんの行灯あんどんが、屋根高く掲げられているのもよく人目を引いて、私達の寄席熱をそそったものだった。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
衣桁いこうに着物が掛けてある。壁に三味線が二丁、一丁には袋がかけてある。火のともった行灯あんどん。鏡台と火鉢ひばちがある。川に面して欄干あり。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「おバあさんが夜なべに絹針ときたら行灯あんどんの前で」とかなしげに唱えて、「親孝行のおみやげはこれが一番」と針のめど通しをうる男や
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
そこから広小路ひろこうじへ出るところに、十三屋という櫛屋くしやがあって、往来ばたに櫛の絵を画いた、低くて四角な行灯あんどんが出してありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
檜垣の主人は、鼈四郎を連れて、鴨川の夕涼みのゆかから、宮川町辺の赤黒い行灯あんどんのかげに至るまで、上品や下品の遊びに連れて歩るいた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お種と母親は表座敷に行灯あんどんを点けて麻をつないでいた。伝蔵は竹の簀子を敷いた縁側にあがって、その背の高いがっしりした体を見せていた。
蟹の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つけた時代のことが書いてありますが、日本でも、松明たいまつ、結び灯台から燭台、行灯あんどん、ランプと変って行った形は面白いですね
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
灯明の火が、風に消されないように缶づめの入れてあった木箱で、わくをつくって、帆布の幕をさげると、行灯あんどんができた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
床下から勝手の揚板を上げて居間へ、廊下から障子へ穴をあけて窺うと行灯あんどんを枕元に眠入っているから、そろりそろり。
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
階下では、老父母も才次夫婦も子供たちも、あちこちの部屋に早くから眠りについて、階子段の下の行灯あんどんが、深い闇の中にかすかな光を放っていた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
と、いった闇太郎、室内なかにはいって火鉢を掻きたてて、付木に火をうつすと、すぐに行灯あんどんがともされた。ぱあっと上りはなの一間があかるくなる。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
すると中では、かすかなやぶ行灯あんどんかげで、一人ひとりのおばあさんがしきりといとっている様子ようすでしたが、そのとき障子しょうじやぶれからやせたかおして
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
もし、たれびとにてもこれを試みんと欲せば、行灯あんどんにてもランプにても、または柱にても、適意のものに対して五分ないし十分間、合掌礼拝すべし。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
お客は布団ふとんをはねのけ、行灯あんどんをともして、部屋の中をぐるりと見回しました。しかしだれもいません。障子しょうじも元のままぴったりとしまっています。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
それは非常に広い部屋で、畳を敷いたら百畳も敷けよう、行灯あんどんが細々と灯っていた。そうして縛られた女や男が、あっちにもこっちにも転がっていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見附前の通りに、夜なきそばと出ているわびしい灯り行灯あんどんを見つけると、三人の足は忍びやかに近づいていった。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
常居じょういに帰りて人々に話し、行灯あんどんを持ち行きて見たれば、すでに何ものもあらざりき。この人は近代的の人にて怜悧れいりなる人なり。また虚言をなす人にもあらず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
母「あゝ薄暗い座敷だな、行灯あんどんを持って来な……お若/\、此方こっちへ出ろよ、此処こけへ出ろ、う少し出てよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そうだ、いかにも倹約な家であって、行灯あんどんの油を惜しんで、一家中早寝をするという有様であった。」
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
行灯あんどんやら乾菜ひばやら古洋灯ランプやら、さまざまなものをごたくさとつるし、薄暗い土間の竈の前でむじなが化けたようなちんまりした小娘が背中を丸くして割木を吹いている。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
四晩目の晩、雨が降って鬱陶うっとうしいものだから、行灯あんどんの下で、やはり寝ころんで絵草紙を見ていました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その夜、左内は、枕もとに人のきた気配がしたので、目をさまして見ると、行灯あんどんのそばに、小さな老人がにこにこ笑ってすわっていた。左内は、枕から頭をあげて
薄暗い行灯あんどんもとで、暴風雨あらしの音の間にこの言葉を聞いた自分は、実際物凄かった。彼女は平生から落ちついた女であった。歇私的里風ヒステリふうなところはほとんどなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博覧会のイルミネーションを観て昔の行灯あんどん時代の事を想えば、今更のように灯火の進歩に驚かれる。
ランプのいろいろ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして秋のアナゴ釣りは、小舟の中へ行灯あんどんをつけ夜釣りになる。ボラは海苔のりのシビの中で、ゴバウヌキと称して、竿でグツとぬくやうに釣るのが江戸前とされてゐる。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
酒が来、岡持が来て、行灯あんどんに火を入れるとそれで席は出来た。なにしろゆうべの今日だし、伝七郎の方はもう入っているので、盃がまわるとすぐ二人とも発してきた。
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は一思いにがばとね起きて、いきなり壁ぎわに寄せておいた小刀を取るなり、すらりとそのさやを払った。そして、行灯あんどん灯影ほかげに曇りのないその刀身を透してみた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
その家の軒には「おめかし処」と父の筆で書いた行灯あんどんが掛っていたのだが、二三年前から婆さんの右の手が不随ふずいになってしまったので、髪結いもよしてしまったらしい。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ホヤのついた西洋蝋燭の行灯あんどんみたようなものもあって、これはお客様用に使ったりしていた。
美術学校時代 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
船宿の白い行灯あんどんをうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線しゃみせんのぬるむ昼すぎを、紅芙蓉べにふようの花になげきながら、気のよわい家鴨あひるの羽にみだされて
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
むかしの行灯あんどんだとか、煙草盆たばこぼんだとか、いろいろな形の掛け時計、置き時計、むかしのやぐら時計、花びんや置きもの、本棚もあれば、洋酒のびんをならべる飾り棚もあります。
妖人ゴング (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「は、はい。……実は、夜半過ぎまで、常どんは、わたしの所に居ましたが、これからお由利様の、お部屋の行灯あんどんの油を差しに行くんだと云って、はなれへまいりましたんで……」
柳原を両国の方へ歩いているうちに、古賀は蒲焼かばやき行灯あんどんの出ている家の前で足を留めた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夜間の照明も強い灯光を用いてはならぬ。この条件に最も適合したものは行灯あんどんであった。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
古い煉瓦れんがづくりの建物と古風なあげ行灯あんどんとの不思議な取合せをおもい起すのと、十一
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
旅人宿りょじんやど」と怪し気な行灯あんどんのブラ下がった家があるので、吾輩は早速おどり込み
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
百人一首はもとより、草双紙くさぞうしその他、民間の読本よみほんには全く字を用いずして平仮名のみのものもあり。また、在町ざいまちの表通りを見ても、店の看板、提灯ちょうちん行灯あんどん等のしるしにも、絶えて片仮名を用いず。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これを夜みせの辻にうらんにその行灯あんどんに魚のごまあげとしるさんもなにとやらまはりどほし、なにとか名をつけて玉はれとひければ、亡兄ばうけいしばらくしあんして筆をとり天麩羅てんふらとかきてみせければ
まったく理窟では判断がつきませんが、まず家が揺れたり、自然にふすまが開いたり、障子の紙が破れたり、行灯あんどんが天井に吸い付いたり、そこらにある物がおどったり、いろいろの不思議があるといいます。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
部屋の中にはわざと薄暗い行灯あんどんが一つ、主客席に着くと、待って居ましたと言わぬばかりに、手順よく膳が運び出されるのです。
(あたりをば見回し)もう暗くなった。(立ちあがり、押し入れから行灯あんどんを出して火をつける。仏壇にお灯明をあげ、手を合わせて拝む)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
すすけたはりや柱に黒光りがするくらい年代のある田舎家の座敷を、そっくりそのまま持ち込まれた茶座敷には、囲炉裏いろりもあり、行灯あんどんもあった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
辰男は物をも言わず、突如だしぬけに起上った。そして、すその短い寝衣ねまきのままランプを持って階下へ下りて行った。行灯あんどんの火は今にも消えそうに揺めいていた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
と、少し横にすねたような行灯あんどんのみえる小料理屋の門の前に止まると、新兵衛は、あごをしゃくるようにして目交めまぜをし乍ら、さっさと中へ這入はいっていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
「ははあこれももっともだな」「轆轤ろくろッ首ではあるまいかな」「夜な夜な行灯あんどんの油をめます」「一つ目の禿かむろではあるまいかな」「信州名物の雪女とはどうだ」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
清「これもっと此方こっちあかりを出せ、あゝ熱いな、頭の上へ裸蝋燭を出す奴があるかえ、行灯あんどん其方そっち片附かたしちめえ、此の野郎頬被ほっかぶりいしやアがって、何処どこからへいった」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……きのう金座から帰って、部屋で寝ころがっていたら、松平越前の厩番が遊びにきて、ゆうべの四ツごろ、行灯あんどん凧が厩の屋根へ落っこちてボウボウ燃えあがった。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
細工場に導いて、行灯あんどんを掻き立てて、つくづく、雪之丞をみつめるようにしたが、急に、暗くなって
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
廊下に面して障子があり、三方は壁で、行灯あんどん部屋といった感じだった。もちろん刀は取上げられているし、髪毛かみのけも乱れ、一夜みないうちに驚くほどせやつれていた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)