ひきがえる)” の例文
まったく無音無色のなかに無神経な冬眠をジッとつづけているひきがえるみたいなものです。蟇といわなければ神様のような人間になっている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると花の列のうしろから、一ぴきの茶いろのひきがえるが、のそのそってでてきました。タネリは、ぎくっとして立ちどまってしまいました。
にじり上がりの屏風の端から、鉄砲の銃口すぐちをヌッと突き出して、毛の生えたひきがえるのような石松が、目を光らしてねらっております。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殺風景な下宿の庭に鬱陶うっとうしく生いくすぶったの葉蔭に、夕闇のひきがえるが出る頃にはますます悪くなるばかりである。何をするのもものうくつまらない。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
木魚のおじいさんは目をクシャクシャとしばたたいて、ひきがえるのようにゆったりしている。だが、結局はやっぱり負けた。若い少尉はころがって笑った。
夏のゆうべには縁の下からおおきひきがえるが湿った青苔あおごけの上にその腹を引摺ひきずりながら歩き出る。家の主人あるじ石菖せきしょうや金魚の水鉢を縁側に置いて楽しむのも大抵はこの手水鉢の近くである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すなわたい将来しょうらいくさいしひきがえるうちって、生活せいかつするとうことをもっなぐさむることが出来できる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ひきがえるは鳴きたてて夜を招き入れ、ヨタカの歌は水のうえをさざなみ立てる風に乗ってつたわる。風にさわぐハンノキやポプラの葉に共感してほとんどわたしの息はつまるようだ。
筏の上では、男の子の鮎子さんが、ひきがえるのように筏にしがみついて頑張りつづけている。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
寝衣ねまきに着代えた入道の姿は、ひきがえるが人間の形をして、歩いているとしか思われなかった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
シャムとフランスとイタリアとブルガリアとの酔っぱらい。そうして、ただ参木だけは、椅子の頭に肱をついたまま、このテープの網に伏せられた各国人の肉感を、ひきがえるのように見詰めていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
最も美しい石竹色せきちくいろは確かにひきがえるの舌の色である。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひきがえる——なにを言ってやがるんだ、あのあまは。
古庭を魔になかへしそひきがえる
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ひきがえるが出ていたち生血いきちを吸ったと言っても、微笑ほほえんでばかりいるじゃありませんか。早く安心がしたくもあるし、こっちはあせって
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きな山ありが逃出すのを面白がる。ある時はひきがえるにらめっこしながら盥の中にかしこまっている。涼しい風にくしゃみをするとおばあさんが声をかける。
天皇の座にあって生れながら誰をも下に見つけているまなざしなのである。だから能登の反抗にみちた眼気も、帝にはひきがえるほどな感もある容子ではない。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぴきひきがえるがそこをのそのそって居りました。若い木霊はギクッとして立ち止まりました。
若い木霊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
身長せいは低いがタップリと肥え、巨大なひきがえるを連想させる。半白の髪を肩へ懸け、黒地無紋の帷子かたびらを着し、黒地の小袴を穿いている。一見卑しそうに見えていて、しかも非常に高貴なのである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さて、……町奉行まちぶぎょう白洲しらすを立てて驚いた。召捕めしとつた屑屋を送るには、槍、鉄砲で列をなしたが、奉行役宅やくたく突放つっぱなすとひきがえるほどの働きもない男だ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
離家はなれの垣根の隅でポッチリずつの硫黄を製煉し、研究している姿がひきがえるのように悲しかった。
そして思わずをこすりました。そこは全くさっきひきがえるがつぶやいたような景色でした。
若い木霊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
五助はきものはだけに大の字なり名残なごりを見せて、ひきがえるのような及腰およびごし、顔を突出して目をみはって、障子越に紅梅屋敷のかたみつめながら、がたがたがたがた
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
犬神、蛇を飼うおんなひきがえるを抱いて寝る娘、すっぽんの首を集める坊主、狐憑きつねつき、猿小僧、骨なし、……猫屋敷。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次の間と隔ての襖際ふすまぎわ……また柱の根かとも思われて、カタカタ、カタカタと響く——あの茶立虫ちゃたてむしとも聞えれば、壁の中で蝙蝠こうもりが鳴くようでもあるし、縁の下で、ひきがえる
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
右の一軒家の軒下に、こう崩れかかった区劃石くぎりのいしの上に、ト天をにらんだ、腹の上へ両方のまなこなかだか、シャ! と構えたのはひきがえるで——手ごろの沢庵圧たくあんおしぐらいあろうという曲者くせもの
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
崖にはむらむらともやが立って、廂合ひあわいから星が、……いや、目の光り、敷居の上へ頬杖ほおづえいて、ひきがえるのぞいていそうで。婦人おんながまた蒼黄色あおぎいろになりはしないか、とそっと横目で見ましたがね。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
色情事いろごとはらむなあ野暮の骨頂だ、ぽてと来るとお座がさめる、ひきがえるの食傷じゃあねえが、お産の時ははらわたがぶらさがりまさ、口でいってさえいきでねえね、芸妓げいしゃが孕んでいものか悪いものか
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あたかもおおいなるひきがえるの、明けく海から掻窘かいすくんで、谷間たにまひそ風情ふぜいである。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小鳥は比羅びらのようなものに包んでくれた。比羅は裂いて汽車の窓から——小鳥は——包み直して宿へ着いてから裏の川へ流した。が、眼張魚めばるは、ひきがえるだとことわざに言うから、血の頬白は、うぐいになろうよ。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともすれば咲き満ちたうつぎの花の中に隠れ、顕れ、隠れ、顕れて、道を求めて駆けるのを、拓は追慕うともなく後をけて、ややあって一座の巌石、形ひきがえる天窓あたまに似たのが前途ゆくてふさいで、白い花は
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つくばって雨上りに出たひきがえるという身で居る。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)