羅紗ラシャ)” の例文
金六が懐から出して見せたのはその頃では申分のない贅沢ぜいたくとされた、黒羅紗ラシャの懐ろ煙草入、銀延ぎんのべの細い煙管きせるまで添えてあったのです。
彼の上着には腰のあたりにボタンが二つ並んでいて、胸はいたままであった。霜降の羅紗ラシャも硬くごわごわして、極めて手触てざわりあらかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
進駐軍の兵卒と同じような上等の羅紗ラシャ地の洋服に、靴は戦争中士官がはいていたような本皮の長靴をはき、つばなしの帽子を横手にかぶり
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼はリンネルの寛衣ブラウスを着て、羅紗ラシャの帽子をかぶり、緑色の眼鏡をかけていたが、この色眼鏡は、おそらく眼のためというよりも
和泉屋は、羅紗ラシャこわそうな中折帽を脱ぐと、軽く挨拶あいさつして、そのまま店頭みせさきへ腰かけ、気忙しそうに帯から莨入たばこいれを抜いて莨を吸い出した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
積んで来た十個の味噌樽が全部、ロクに調べもせずに和蘭オランダ船に積込まれて、代りに夥しい羅紗ラシャとギヤマンの梱包が、玄海丸に積込まれた。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
船場せんばの方にお店のある羅紗ラシャ問屋のお嬢様で、住まいは阪急の蘆屋川あしやがわにあるのやいうようなことまでちゃんと知ってましてん。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勇吉の行くヤマダ合資会社という羅紗ラシャ問屋はどれだろう。サイは帯揚げの結びめでもゆるめたいような苦しい気になった。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それから「江差追分」「八木節」「博多節」などに変って行ったが、青羅紗ラシャ凸凹でこぼこの台の上にレコードはへたばりへたばりキイキイ声で旋廻した。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
八月の炎天というのに、黒羅紗ラシャの外套を着る、毛糸の襟巻をする、革の手袋をはめる、かくして岩頭に金剛杖をブッ立て、日の出の大観を眺めていた。
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
椅子いすから格子縞こうしじま膝掛ひざかけを取る)これは飛びきり極上の羅紗ラシャでございます、これをお売りいたします……(振ってみせる)買いたい方はありませんか?
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
本品は純緑色の海藻で、浅い海底の岩に着生し、三寸ないし一尺ばかりの長さがあって両岐的に多数に分枝し、その枝は円柱状で、質は羅紗ラシャのようである。
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それは合羽じゃ、長合羽じゃ! 平賀源内の発明にかかわる、火浣布かかんぷ羅紗ラシャ)でこしらえた雨よけ合羽じゃ。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
安物の青羅紗ラシャ張りの書きもの机にオンスばかりと電気按摩あんま器が載せてある席があったり、渋塗の畳紙の口が開きかけて小切れが散らばりかけた席があったり、まだ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
信輔も——信輔は未だにニスの臭い彼の机を覚えている。机は古いのを買ったものの、上へ張った緑色の羅紗ラシャも、銀色に光った抽斗ひきだしの金具も一見小綺麗こぎれいに出来上っていた。
黒毛繻子じゅすがはやりだした時分なので、加賀もん(赤や、青や、金の色糸で縫った紋)をつけた赤い裏の羽織、黒羅紗ラシャのマントル(赤裏)を着て下駄は鈴のはいったポックリだ。
夫婦づれで出て来て、国王はただ羅紗ラシャの服を着て居ると云うくらいな事、家も日本で云えば中位ちゅうぐらいの西洋造り、宝物たからものを見せると云うから何かとおもったら、鳥の羽でこしらえた敷物しきものもって来て
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ふられたかした赤羅紗ラシャの外国士官どもが、とうの細いステッキを膝に挟んで、強烈なウスケの大壜おおびん喇叭らっぱ飲みにつかみ、くるまから俥の上へ、手わたしに飲み廻しながら銀貨の音で
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は前方をにらみつけたまま、着ていた羅紗ラシャのモジリと縞の着物とを、手早く脱ぎ捨ててしまった。すると、その下から現われたのは、薄よごれたカーキ服、カーキ・ズボン。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と見れば軍艦羅紗ラシャの洋服を着て、金鍍金きんめっき徽章きしょうを附けた大黒帽子を仰向けざまにかぶった、年の頃十四歳ばかりの、栗虫のようにふとった少年で、同遊つれと見える同じ服装でたちの少年を顧みて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
指先は茶色の液ですこしれた。課長はすこし周章あわてて茶碗を下に置きかけたが、机に貼りつめている緑色の羅紗ラシャの上へ置きかけて急にそれをやめ、大湯呑は硯箱すずりばこの蓋の上に置かれた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まっ黒な羅紗ラシャ地の詰襟服を着こんでいる木山船長は、三太を見ると、金モールの徽章きしょうがついている制帽を脱いで、微笑を浮べた。色の黒い船長の顔も、帽子に隠されていた額だけは白い。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
煖炉と卓子テーブルと、三脚の椅子とがあったが、別にはげしい格闘の行われた形跡はなく、黒羅紗ラシャの洋服を着た死体は煖炉の前に頭を置き、両足を机の方にさし出して、リノリウム敷の床の上に
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
黒い服を着た隊長らしい男だけ頭に何か古ぼけた羅紗ラシャの破れた帽子を被っている。褐色の服も、今一人の黒い服を着た鼻筋の太い悪者も帽子を被っていなかった。やはり三人は無言である。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
天狗てんぐ煙草で通った銀座の岩谷松平君、例の宣伝半分、なんでも赤づくし、店舗も赤ペンキで塗りまくり、洋服も赤羅紗ラシャのフロック、帽子だけは黒のシルクハットで、一頭立ての赤塗り馬車
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
そういう時に、口からはなした朝日の吸口を緑色羅紗ラシャの卓布に近づけて口から流れ出る真白い煙をしばらくたらしていると、煙が丸く拡がりはするが羅紗にへばり付いたようになって散乱しない。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この間の皮膚の触感位情ないものはない。窮屈な場所で紳士は羅紗ラシャのモーニングを着用し、あるいは女は素晴らしき帯を幾重にも胴体へきつけていると、胸もへそも夕立を浴びているにちがいない。
羅紗ラシャ上等じょうとう、ゴゴンゴーゴー
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
翡翠ひすい、水晶、その他の宝玉の類、緞子どんす繻珍しゅちん羅紗ラシャなぞいう呉服物、その他禁制品の阿片アヘンなぞいうものを、密かに売買いするのであったが
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
懐中ふところには羅紗ラシャの大紙入、これには親分の平次が、人中で恥を掻いちゃ——と一分二朱を入れてくれたのですから、自分の身上しんしょう、六十八文と合せて
侯爵は座板に腰掛けずにそのまま入口の柱にもたれた。背中が羅紗ラシャ地をへだててニンフの浮彫うきぼりにさはる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「何んちゅう人やて、そら綺麗な人やもん。——あんた、あのう、船場の徳光いう羅紗ラシャ問屋あること知らん? そこのお嬢さんやねんけど。」「何処で友達になったんや?」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
次第にお客が羅紗ラシャの知識を得たこと、同業者のむやみにえたこと、他へは寸法の融通の利かない製品の、五割近くのものが、貸し倒れになりがちなので、金が寝てしまうことなどが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
組紐くみひも盤帯はちまきにした帽檐広つばびろな黒羅紗ラシャの帽子をいただいてい、今一人は、前の男より二ツ三ツ兄らしく、中肉中背で色白の丸顔、口元の尋常な所から眼付のパッチリとした所は仲々の好男子ながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ガラッ八はその辺を捜しましたが、兇器になるような石も棒も見当らず、かえって染吉の持物だったらしい、贅沢ぜいたく羅紗ラシャの紙入が見付かりました。
日本第一の剛健質朴を以て東都に幅を利かした一高の学生は、この頃羅紗ラシャのマントを好まなくなった。彼等の仲間にも鳥打帽が流行はやり出したという。
羅紗ラシャ問屋の隠居が、引越し祝いに贈ってくれた銀地に山水を描いた屏風びょうぶなどの飾られた二階の一室で、浅井の棋敵ごがたきの小林という剽軽ひょうきんな弁護士と、芸者あがりのそのめかけと一緒に、お増夫婦は
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ギヤマンの懐ろ鏡で、こいつは二朱や一分で買える代物しろものじゃありません。赤い羅紗ラシャの鏡入に挟んだまま、死骸の側に落ちて割れていたんですぜ、親分」
穴だらけの青羅紗ラシャを掛けた丸卓子テーブルの左右に、ゆがんだ椅子がタッタ二つ置いてある。右手の新聞原紙ゲラで貼り詰めた壁の上に「南船北馬……朴泳孝ぼくえいこう」と書いた大額がすすけ返っている。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
浅井はそのころ、根岸の方の別邸へ引っ込んでいる元日本橋のかなり大きな羅紗ラシャ問屋の家などへ出入りしていた。店をつぶしてしまったその商人は、才の利く浅井に財政の整理をまかすことにしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
煙草入の中へ入れた。——羅紗ラシャの結構な紙入を持っている人間が、腰にブラ下げる煙草入などに小判を
白茶気しらちゃけ羅紗ラシャの旅行服に、銀鼠色のフェルト帽を眉深まぶかく冠って、カンガルー皮の靴を音もなく運んで来た姿は、幽霊さながらの弱々しい感じである。手荷物は赤帽に托したものらしい。
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「城という浪人者は、長崎あたりに居たんじゃあるまいか。羅紗ラシャやギヤマンや更紗サラサ唐木細工からきざいくが一パイだ。抜け荷でも扱わなきゃあんな品がふんだんに手に入るわけはないよ」
「長崎町の大野屋に和蘭物がいろいろありましたよ。金銀細工物、羅紗ラシャ、ビードロ、それから見たこともねえ飾りや織物——、いっそみんな買い占めるような顔をして、手付が五両」
畳の上に落ちていた赤い羅紗ラシャの紙入を開けると、小菊が二三枚と、粉白粉こなおしろいと、万能膏ばんのうこうの貝と、小判形の赤い呉絽ごろの布と——その布の裏には、ベットリ膏薬が付いているではありませんか。
銭形平次捕物控:124 唖娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)