まご)” の例文
そして、いわゆる鎌倉山の星月夜にもまごうといわれる群臣の綺羅きらや女房桟敷のあいだを縫って、やっと、高時の御座所まで近づいた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白の洋装で髪をお垂下さげにし、丈の長い淡紅とき色のリボンをひらめかしながら力漕をつづけているのは、まごうかたなく彼の少女であッた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
恰幅かっぷくのいいその和服姿から、往年のほっそりしたクララをただちに思い出すことはむずかしかったが、その横顔はまごう方なき照子だった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
まごかたなき友之助ですから、はて不思議と捨札を見ると、「京橋銀座三丁目当時無宿友之助二十三歳」と記してありまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まごかたなき奥州の南部で、七兵衛入道がむりやりに押しつけられて来た、お喜代という村主の娘の声に相違ありません。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なぜなら絣こそは日本の織物と名附けてよく、西洋には発達の跡がないからであります。しかも見直せばその美しさはまごうことなきものと思います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
まごう方もないはぎ野だったのだ、経之は、あれほどの驚きを数刻の前に知った女が、執拗しつようにしかもうに何もも打っちゃって男にあいに行くために
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
もしやと存じて来て見ますればまごう方なき訪ねるお方、失礼な事とは思いながらお後を追従けて参りました。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はいって見ると、ガランとした内に椰子殻の灯が一つともり、其の灯に背を向けて一人の女が寝ている。まごう方なきリメイだ。ギラ・コシサンは胸を躍らせて近寄った。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
最初はそれに見まごうて分りにくかったのであるが、花にしては餘りに大きく白いふわ/\したものは、或は彼が心つく前からそこにひらめいていたのかも知れなかった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたくしは「おや」と思って眼を注いでいると、直ぐ、しまに案内され、再び格子戸の外へ出た男は、わたくしたちのいる羽根きの群の方に来ました。まごう方なき葛岡です。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
また決して鶏とは見えず、首長きところよりもまごう方なき水鳥に候、埴輪の遺品に同じ形の鳥と見給うべし、水掻きまであり、高さここより見て、一間も候べきか、甲府附近を
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
女の靴かと見まごうばかりの光った華奢きゃしゃな白靴で、コトコト舗道を踏んでいて来る少年の姿を眺めていると、なぜかそんなことを問わずにはいられないような気がするのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
換言すればおふささんのまごう無き姿を発見する事が出来たのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
それはバスルーム付きの十六畳もあろうと思われる大きなぜいを尽した部屋でした。室の一隅には、大型のベッドが二台並んでいます。その一方に死んでいるのが、まごかたなき嫂の綾子なのでした。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
其のあわい遠ざかるほど、人数にんずして、次第に百騎、三百騎、はては空吹く風にも聞え、沖を大浪おおなみの渡るにもまごうて、ど、ど、ど、ど、どツと野末のずえへ引いて、やがて山々へ、木精こだまに響いたと思ふとんだ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
……それはまごう方ない私の死体であった。
縊死体 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かなり距離をいてその向うには、まごかたなき佐々木小次郎が、物干竿の大剣を、傲然ごうぜん、頭上に振上げたまままなこきょのようにしているのだった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これも拍子抜けのていで、改めて、翩翻へんぽんとひるがえる旗印を見直すと、丸に立波、そう言われてみれば、まごかたもない、これは勘定奉行の小栗上野介殿おぐりこうずけのすけどの定紋じょうもん
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
生絹はまだ明るい夕あかりのなかにまごう方もない、菟原うばら薄男すすきおを見たのであった。頬はくぼみ眼はおとろえ、これが薄男の右馬うまかみとはどう考えても信じられぬほどであった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ニースはランピア港の税関河岸がしを離れたコルシカ島行きの遊覧船は、粋士佳人を満載して、かもめまごう白き船体に碧波を映しながら、遊楽館カジノの大玻璃窓はりまどの中に姿を現わし来たる。
なるほど、彼から五間ほどの前を——例の駕籠のすぐ後から——後ろ姿ではあるけれど、渋団扇を持ち腰衣を着けた、まごうようもない貧乏神がノコノコ暢気のんきそうに歩いて行く。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
是はのお茶の水で失ったる彦四郎貞宗ではないか、中身はと抜いて見るとまごう方なき貞宗だから、あゝ残念な事をした庄左衞門を殺害せつがいしたのは彼等兄弟の所業しわざに相違ないが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ふさふさとした亜麻色の髪が、キラキラとに輝いて、まごう方ない混血児あいのこです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
狐だか人間だかまだ正体は分らないが、肌はまごうべくもない人間の皮膚である。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
謙造は、一目見て、まごうべくもあらず、それと知った。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いなごの大群は、蒙古風もうこかぜの黄いろい砂粒よりたくさん飛んで来た。天をおおういちめんの雲かともまごう妖虫の影に、白日もたちまちくらくなった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濃艶なるもの、紫花紅草、朱唇緑眉、いずれが花かと見まごうまでに、百花繚乱と咲き誇る。
まごう方なく与八は、口笛を吹き吹き、ムクのあとを追うて来たものと見えます。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかも、落葉のずれはあたらしいいささかの乱れを見せていたが、まごう方もない女の足あとだった。経之は池をまわり、広庭につづく、ひとつは塗籠くらへ、ひとつは定明の館に通ずる径を行った。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ダンチョン氏の顔であろうとは! まごう方もないその捕虜は一緒に沙漠を探検した西班牙スペインの画家のダンチョン氏だ! そう感付くとすぐ私は土人らが敵として戦っている白人に率いられた侵入軍とは
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ああ、どうなされたのでござりまする。やはりまごうなき藤夜叉さま。どんなにお探し申していたことやら知れません」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かずの雪隠せついん以後の、乱暴を働いたことも、いっさい告げ口がましいことをしないから、又六は仕事から帰って早々、ただ病気だと信じて、主膳を見舞に来たのみであることはまごうべくもない。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やがて定刻間近く檸檬シトロン夾竹桃ロオリエ・ロオズにおおわれたるボロン山の堡塁ほうるいより、漆を塗ったるがごとき南方あい中空なかぞらめがけて、加農砲キャノン一発、轟然どうんとぶっ放せば、駿馬しゅんめをつなぎたる花馬車、宝石にもまごう花自動車
拾い上げたのは小さい帽子で、まごうべくもないジョンの物だ。
白珠しらたままごう金蓮の歯がみこぼれる。眼いッぱいな愛嬌というか一種蠱惑こわくなもの、これが自分のあによめだろうか。これが兄の妻なのか。武松にはまだ身にみてこない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、それを直ぐに受答えたのは、まごかたなき弁信法師でありました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雪に濡れ嵐には乱れていたが、まごう方もない市之丞であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
愛宕あたご、清水をすぐ下に望む大廂おおびさし彼方かなたに、夕富士の暮れる頃になると、百間廊下のがんには見わたす限りのあかしが連なり、御所の上﨟じょうろうかとまごう風俗の美女たちが、琴を抱いて通り
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その声こそはまごうべくもなき、宇治山田の米友の声であります。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その一軒の格子先に、まごうなきわが家の標札を見つけたとき、ぼくはこれがわが家かと疑った。そしておずおずと足を踏み入れるばかりな狭い土間の中へ入ってまず奥を覗いた。
「では、途上なれど、まごうなきおん方様、これにてお手渡し申しあげまする」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)