めし)” の例文
捉え難い寂しさはめしいたる眼で闇の中をもなく見廻わそうとし、去り難い悩しさはえたる手でいたずらに虚空をつかもうとした。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
菊枝は胸のふさがるおもいで読んだ、姑は聞き終ってからしばらくなにか考えているようすだったが、やがてしずかにめしいたおもてをあげ
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それだのにどうだろう、右の一眼は、めしいたままになっているではないか。眼窩がんか洞然ほこらぜんと開いているが、眼球が失われているのである。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
検校はもう七十近いので、耳は遠く眼はもとよりめしいているので、近ごろは何もわからないと、自分の耄碌もうろくをよく口癖にかこっているが
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして一同が高く笑い崩れるにしたがって、片方の牡蠣かきのようにめしいた眼までを輝かして顔だけでめちゃめちゃに笑った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は強いて不当に鬼の目を殺して文人趣味に堕しめしひ、彼のオモチャは特定人のオモチャ、彼一人のオモチャ、かたくなゝ細工物の性質を帯び
オモチャ箱 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
かねて禁断であるものを、色にめしいて血気な徒が、分別を取はずし、夜中、御堂へ、村の娘を連込んだものがあった。隔てのとばりも、すだれもないのに——
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若かりし頃は好い男であつたかも知れませんが、兩眼めしひて、山葡萄やまぶだうのやうに、不氣味に飛び出した上、顏半面の大火傷で、見るも無慚な顏容かほかたちです。
彼は際限なき暗黒のうちにおける死屍しかばねめしいたる冒険を考える。底なき寒さは彼を麻痺まひする。彼の両手は痙攣けいれんし、握りしめられ、そして虚無をつかむ。
ここは、四季を通じて一定の温度を保ち、寒からず暑からず至極しごくしのぎよい。食物は、めしいたえび、藻草の類。底には、ダイヤモンドがあるが無用の大長物。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さうして光に飽き、あかりにめしひ、温かな女たちの衣裳から生ずる、夏の微風に吹き搖すられたりしてゐた。
自分が知れる限りにおいては、この土蔵の中を天地として、あのめしいたる不思議な剣術の先生にかしずいて、一歩もこの土蔵から出ることを好まない人であった。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二人ふたり關係くわんけい眞相しんさうが、どんなものであつたかはたれらない。おそらくは彼女自身かのぢよじしんにもわからなかつたことであらう。彼女かのぢよ見事みごと誘惑いうわくあま毒氣どくけめしひたのである。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
廊下の電燈の光が、櫺子れんじ窓の黝ずんだ擦硝子に漉されて、ぼーっとした明るみを送っている。そのめしいた朧ろな明りが見ようによって、或は赤っぽく、或はだだ白い。
(新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼奴きゃつをかばうほどに、お前等はめしい果てているのだ。だが俺は、どんなことがあろうと、きっと彼奴をやっつけて見せる。今日が駄目なら明日こそ力くらべをしてやろう。
彼といふ存在の裡に、まつたく私は生き、彼はまた私の裡に生きた。めしひではあつたが微笑は彼の顏に浮び、歡喜は彼のひたひに輝いた。彼の顏付は柔らげられ温められた。
半分めしいてまだあの変化のない小さな町に生き、彼もおよそ二年前に訪ねたきりの母の愛情というものを、いつも呼び起そうとするよりはむしろしりぞけてきたからである。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ママぐにも手紙を書こうかと思ったけれ共、両眼ともが、半分めしいて居る父親が、長い間、臭い汽車の中で不自由な躰をもんで、わざわざいやな話をききに来なければならないのを思うと
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
愛宕あたごの山蔭に短い秋の日は次第にかげって、そこらの茶見世から茶見世の前を、破れ三味線をきながら、哀れな声を絞って流行唄はやりうたを歌い、物をうて歩くめしいたおんなの音調が悪くはらわたを断たしめる。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
滝津瀬たきつせの様に、頭上から降りそそぐ鹽水しおみずの痛みに、目はめしい、狂風の叫び、波濤はとうの怒号に、耳はろうし、寒さに触覚すらも殆ど失って、彼はただ機械人形の様にめくら滅法にオールを動かしていた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
めしいた眼瞼まぶたの奥には何の変化も感じないけれど、女のくちからアッという驚きの声がもれたので、彼は電燈がついたのを知った。女は自分の罪業の跡をば初めて電燈のもとにまざまざと見たのであった。
暗中の接吻 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
眼をつむりにはかめくらとなりて聴くガラスを知らぬめしひし児の詩
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
あはれ、さは赤裸あかはだかなる、めしひなる、ひとりみつつ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
めしひた中を手探てさぐりで夢とうつつに歩いてゆく
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
三味線しゃみせんにすがりてめしひ虫の宿
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
めしひたるうをかとぞあへげる中を
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
白き空めしひてありて
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
熱に追われためし
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
彼は強いて不当に鬼の目を殺して文人趣味に堕しめしい、彼のオモチャは特定人のオモチャ、彼一人のオモチャ、かたくなな細工物の性質を帯び
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
八郎兵衛はこのめしいた右の眼のために死んだのだ、あのとき以来、あの過失を償う機会の来るのを待っていたのだ、伊達家のためもあるかも知れない
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一眼めしいてまぶた垂れ下がり、他の一眼は玲瓏れいろうと澄んで紫色の光を放し、じっとその眼で睨まれたならば
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その眼附が花弁のようにめしいている。——彼女の皮膚は、場所柄になく非常にこまやかで綺麗だった。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「本物の山崎は棒をよく使ったが、拙者はあり合せの槍。おのおの騒ぐな、騒いで刀が鞘走さやばしるようなことがあると、拙者の眼はめしいたれど、この槍の先には眼がある」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ崖の客のめしいたるは、紫鉛筆の粉のためといい伝えて、いずれも意外の毒に舌を巻くばかり。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼らはめしひたやうに手搜りで進みながら、たがひに相手を扉のやうに見出した。闇をこはがる子たちのやうに、二人はぴつたりと身を寄せあつた。けれども、彼らは怖がつてゐたのではなかつた。
今までめしいていたような目に、まざまざとその大きな黒い顔が映った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ロチスター氏は、私共の結婚の最初の二年間、めしひのまゝであつた。
燃えるとも濡れるともあるめしひ病む君の可愛ゆきカナの手紙ふみ読む
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
ああああわがすべて官能くわんのうめしひんとして静かに光る。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
めしひたりせめては秋の水音を
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
めしひたり、つまづかめ、將來ゆくすゑ遠く
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ところが、醜女は恋をひけらかす性質のもので、さすが練達のあやか夫人も、わが性癖にめしいて、千草さんの特異な性質を洞察することを忘れていた。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そう云って振仰いだ青年の顔は、両眼ともめしいていた。頭の坐りの異様なのは彼が盲人だったからであった。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
めしいたようなおかしな夜明だと思ったが、縁側から眺めると、それは深い霧のためだった。
初秋海浜記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
場合によれば、表向き、治兵衛をここへ呼んで逢わせるもかろう。あのめしいた人、あの、いたいけな、鬼も見れば角がなごむ。——心配はあるまいものの、また間違まちがいがないとも限らぬ。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ろうしたる、はた、めしひたる円頂閣まるやねか、壁の中風ちゆうふう
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
天津日あまつひめしひたるらし
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
秀頼への愛にめしひて関白を奪ふ心を怖れた。人の思惑はどうでもよかつた。自分をだますことだけが必要だつた。能の嫉妬は憎悪の陰から秀頼の姿を消した。
我鬼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
小次郎がどんな顔をして出るかと空想しながら、宗利はふとまためしいた方の眼へ手をやった。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昨日から曇ったままの暗い陰鬱な空、ぼーっとめしいた薄ら明り、濁ったままどんよりと湛えてる池の水、黙りこくった剥げちょろの建物、凡てが重々しく私の心にのしかかってきた。
悪夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)