さはや)” の例文
それは二十七八の若旦那型の華奢な男で、色の白さも、眼の凉しさも、唇の紅さも、——そして言葉のさはやかさも、申分のない男でした。
さはやかな写生日和びよりの朝なぞにこのX—の紙面をつい開くと、芸術的な霊感とはおよそ反対な空気がムツと顔を突いて来る。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
此頃このごろ空癖そらくせで空は低く鼠色ねずみいろくもり、あたりの樹木じゆもくからは虫噛むしばんだ青いまゝの木葉このはが絶え間なく落ちる。からすにはとり啼声なきごゑはと羽音はおとさはやかに力強くきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その幼時のあまい記憶が大きくなつて落魄おちぶれた私によみがへつて來るせゐだらうか、全くあの味には幽かなさはやかな何となく詩美と云つたやうな味覺が漂つてゐる。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
翌朝は心地さはやかに生れかはりたる如くにて、われはフエデリゴに對して心のうちの喜を語ることを得たり。身の周圍なる事々物々、皆我を慰むるものに似たり。
月を負ひて其の顏は定かならねども、立烏帽子に綾長そばたか布衣ほいを着け、蛭卷ひるまきの太刀のつかふときをよこたへたる夜目よめにもさはやかなる出立いでたちは、何れ六波羅わたりの内人うちびとと知られたり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
みぎひだりひかけては大溝おほどぶなか蹴落けおとして一人ひとりから/\と高笑たかわらひ、ものなくて天上てんじやうのおつきさま皓々こう/\てらたまふをさぶいといふことらぬなればたゞこゝちよくさはやかにて
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
が、大牛おほうしる、つまとらはれたしろである……よしそれ天狗てんぐでも、らすところでない。こゝ一刀いつたうろすは、かれすく一歩いつぽである、とさはやかに木削きくづらして一思ひとおもひにきざみてた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すでに水平線上すゐへいせんじやうたかのぼつた太陽たいよう燦爛さんらんたるひかりみづおとして金波きんぱ洋々やう/\たるうみおもには白帆はくはんかげてんてんそのあひだ海鴎かいおう長閑のどかむらがんで有樣ありさまなどは自然しぜんこゝろさはやかになるほど
もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎はゆっくりしてさはやかでよかったが。
台川 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ゆき子は見栄みえもなく涙が溢れた。辛くて、そこに伊庭の顔を見るのも不愉快であつた。伊庭は手をのばして、ラジオの小箱を引き寄せてスイッチをひねつた。三味線の音色が、さはやかに流れ出した。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
それは歩くたび軽くさはやかな音をたてる、よいお衣であつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
筋肉運動が、憂欝な私の頭脳あたまさはやかにした。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
雨をふくめる夜風のさはやかなりしかな。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さはやかにめる
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
四月三十日、初鰹はつがつをにも、時鳥ほとゝぎすにも興味はなくとも、江戸の初夏の風物は此上もなくさはやかな晝下がりです。
醒めたる時は心地さはやかになりて、前に心身を苦めつる事ども、唯だ是れ一場の夢かと思はるゝ程なりき。
お秀の白い顏が、八五郎の顏へ近づくと、香ばしい息が八五郎の無精髯ぶしやうひげの頬をさはやかに撫でるのでした。
卓にきたる間、我は限なき寂寞を感じ、又主人の面のさはやかならざるを覺えぬ。
このうち、毒酒の方を呑めば、肺腑はいふを破つて立ちどころに死にますが、藥酒の方を呑めば、不老長壽とまでは行かずとも、神氣さはやかに、百病立ちどころに癒えると申します
色の淺黒い少し苦味走つた、何んとなくさはやかな感じのする男で、店へ坐らせるよりは、太陽の下に引き出して、もつと男らしい仕事をさせて見たいやうな健康の持主でした。
本草家峠宗壽軒のせんじた藥湯、別に何の藥と言ふでもありませんが、神氣をさはやかにして、邪氣じやきを拂ふ程度のもの、唇のところへ持つて行くと、高價な藥の匂ひがプーンとします。