海棠かいどう)” の例文
すなわちまず海棠かいどう羞殺しゅうさいして牡丹を遯世とんせいせしむる的の美婦と現じて、しみじみと親たちは木のまたから君を産みたりやと質問したり
木蓮や沈丁花じんちょうげ海棠かいどうや李が咲いていたが、紗を張ったような霞の中では、ただ白く、ただ薄赤く、ただ薄黄色く見えるばかりであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右側の障子しょうじをあけて、昨夜ゆうべ名残なごりはどのへんかなと眺める。海棠かいどうと鑑定したのははたして、海棠であるが、思ったよりも庭は狭い。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長い花ぶさをうなだれ、花べんの胸をひろげて、物思いに沈んだような海棠かいどうのすがたは、とうてい少女のものではありません。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
落葉松らくようしょう海棠かいどうは十五六の少年と十四五の少女を見る様。紫の箱根つゝじ、雪柳ゆきやなぎ、紅白の椿、皆真盛り。一重山吹も咲き出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
北国ほっこくの暗い空も、一皮むけたように明るくなった。春雨がシトシトと降る時節となった。海棠かいどうの花はつやっぽくほころび、八重桜のつぼみも柔かに朱を差す。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
海棠かいどうはいつでも雨を待つている花であつた。あでやかな色に一杯の憂をためて、上を向かないで、いつもうつむいて、雨を待つてる花であつた。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
雨を帯びたる海棠かいどうに、廊下のほこりは鎮まって、正午過ひるすぎの早や蔭になったが、打向いたる式台の、戸外おもてうららかな日なのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔からいい古した通り海棠かいどうの雨に悩み柳の糸の風にもまれる風情ふぜいは、単に日本の女性美を説明するのみではあるまい。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その夜、呂布は貂蝉ちょうせんの室へはいった。見れば、貂蝉はとばりを垂れ泣き沈んでいる。どうしたのかと訊くと、海棠かいどうの雨に打たれたような瞼を紅にはらして
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我国には昔から「雨に悩める海棠かいどう」という形容がある。この時のさだ子が私に与えた印象位、この言葉にしつくりあてはまつたようすを私は今まで見たことはない。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そうして彼女の死のためにひとに忘れられてからからになってる西洋海棠かいどうに水をかけてやった。鳩がいつものとおり餌をひろいにきていた。晴れて暑い夕べであった。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
うす紅の海棠かいどうは醒めやらぬ暁夢ぎょうむを蔵して真昼の影をむらさきに織りなし、その下のたんぽぽの花は
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
視線のゆくところにあの海棠かいどうの鉢がほんのり赤い花びらをもって置かれてあるように思います。
海棠かいどう酔った我膳の前の春はたちまち去って、肴核かうかく狼藉ろうぜき骨飛び箸転がるのときとなった。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
老婆は王を案内して家の内へ入った。白く塗った壁が鏡のようにてらてらと光って、窓の外には花の咲き満ちた海棠かいどうの枝が垂れていて、それが室の内へもすこしばかり入っていた。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
入口から垣うちに添うて花卉かき草木を繁く植え込み、晩春の木の芽の鮮やかさ、よみがえる古葉の色つやの照りの間に、海棠かいどうのようなあどけなくも艶に媚びた花の色をちら/\と覗かせて
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
杉の木の二、三本あった庭には、赤坂からもって来た、乙女椿おとめつばきや、紅梅や、海棠かいどうなどが、咲いたり、つぼみふくらんだりした。清子の大好きな草花のさまざまな種類が、植えられたり種をかれたりした。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
四月十三日 日曜日、大雨の中を妙本寺に海棠かいどうを見る。
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
寺崎広業筆の海棠かいどうの花である。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
朧月おぼろづきけている。——夜はまだ明けず、雲も地上も、どことなく薄明るかった。庭前を見れば、海棠かいどうは夜露をふくみ、茶蘼やまぶき夜靄よもやにうなれている。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お貰いに行くのも結構ですが、今日は二人で遊びましょう。色々の花が咲きました、桜に山吹に小手毬こてまり草に木瓜ぼけすもも木蘭もくらんに、海棠かいどうの花も咲きました」
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
悄然しょうぜんとしてしおれる雨中うちゅう梨花りかには、ただ憐れな感じがする。冷やかにえんなる月下げっか海棠かいどうには、ただ愛らしい気持ちがする。椿の沈んでいるのは全く違う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この流派のつねとして極端に陰影の度を誇張した区劃の中による小雨こさめのいと蕭条しめやか海棠かいどう花弁はなびらを散す小庭の風情ふぜいを見せている等は、誰でも知っている、誰でも喜ぶ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
またお藤のなさけも感ぜぬではないが、あの娘は仕合に勝って取ったのだと思うと、咲きほこる海棠かいどうのような弥生の姿が、四六時中左膳の隻眼にちらつく——恋の丹下左膳。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
外川先生の祈祷きとうで式は終えた。一同記念の撮影をして、それから遺髪と遺骨を岩倉家の菩提寺ぼだいじの妙楽寺に送った。寺は小山の中腹にある。本堂の背後うしろ、一段高い墓地の大きな海棠かいどうの下に
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さあれ、その艶姿は、海棠かいどうが持ち前の色を燃やし、芙蓉ふようが葉陰にとげを持ったようでなお悩ましい。いってみれば、これや裏店うらだな楊貴妃ようきひともいえようか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
床に海棠かいどうがいけてあった。春山の半折はんせつが懸かっていた。残鶯ざんおう啼音なきねが聞こえて来た。次の部屋で足音がした。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし認めらるると云うのは説明されるとは一様でない。桜と海棠かいどうの感じに相違のあるのは何人も認めている。その相違を説明しろと云われるとちょっとできにくい。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何しに? と見ていると、寺院の庭のおおきな海棠かいどうの木につないであった一頭の黒駒のそばへ立ち寄り、自身、口輪をつかんで、広間の正面まで曳いて来た。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……鏡に映ったあなたのお顔! どこに一点美しかった昔の面影がございましょう? 昔のお顔は満開の海棠かいどう、今のお顔は腐った山梔くちなし、似たところとてはございません。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
花ならば海棠かいどうかと思わるる幹をに、よそよそしくも月の光りを忍んで朦朧もうろうたる影法師かげぼうしがいた。あれかと思う意識さえ、しかとは心にうつらぬ間に、黒いものは花の影を踏みくだいて右へ切れた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、海棠かいどうの花みたいな耳たぶを、噛むでもなくぶるでもなく、歯でもてあそびながらささやいた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空に向かってささげているし、海棠かいどうの花は、悩める美女にたとえられている、なまめかしい色を、木蓮もくれんの、白い花の間にちりばめているし、花木の間には、こけのむした奇石いしが、無造作に置かれてあるし
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
赤に白く唐草からくさを浮き織りにした絹紐リボンを輪に結んで、額から髪の上へすぽりとめた間に、海棠かいどうと思われる花を青い葉ごと、ぐるりとした。黒髪の薄紅うすくれないつぼみが大きなしずくのごとくはっきり見えた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
姫は十六、七か、まだ初々ういういしい。高氏の伏し目になったすぐ前に、海棠かいどうのような耳を隠した黒髪のすだれと白い襟あしが見えていた。……で、彼もあわててその三ツ指へ礼儀を返した。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)