河岸がし)” の例文
其所そこで漸く外濠線へ乗り換へて、御茶の水から、神田橋へ出て、まだ悟らずに鎌倉河岸がしを数寄屋橋の方へ向いて急いで行つた事がある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
伊達安芸の駕籠かごは八代洲河岸がしに着いた。安芸は陪臣であるが、老年と病弱を名目に、江戸へ着くとすぐ「市中乗物の許し」を得ていた。
藁箒わらぼうきを取って、櫓臍ろべそ湿しめりをくれた宅助、ツーウと半町ほど流れにまかした所から、向う河岸がし春日出かすがでの、宏大なやかたいらかをグッと睨んで
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どちらも若くて、どちらも元気そうな青年武士、浜町河岸がしおぼろの月下、二条の刃が春の夜風をって相正眼に構えたのです。
明治四十三年の九月に佃島に津波つなみが来た。京橋の築地河岸がし一体にまでその水は押上げたほどで、洲崎すざきや月島は被害がひどかった。
三浦がこう語り終った時、丁度向う河岸がし並倉なみぐらの上には、もの凄いように赤い十六夜じゅうろくやの月が、始めて大きく上り始めました。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お庄は蒲団や寝衣ねまきを持ち出して手擦てすりにかけながら、水に影の浸った灰問屋のくらが並んだ向う河岸がしをぼんやり眺めていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
出したな両国河岸がしに中村梅車とかいうのがやっぱり一座きりだそうですがね、尾州から下ってきた連中だとかいいますぜ
あれは何年でしたか、文久三年か元治元年、なんでも十二月二十七日の寒い朝、神田橋の御門外、今の鎌倉河岸がしのところに一人の男が倒れていました。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
土手にはやはり発戸河岸がしのようにところどころに赤松が生えていた。しの竹も茂っていた。朝露のしとどに置いた草原の中にあざみやら撫子なでしこやらが咲いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そんな風にして、とうとう巴里パリの半ばを横ぎって、セーヌ河岸がしまでやって来ると、暫く立ちどまって、その緩やかな、溷濁こんだくした水面をじっと見まもった。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ところへ、むこ河岸がしでは盛んな景気で、思う存分の腕をふるっている上に、聞き捨てにならないのは、お角が駒井能登守ほどの男を自由にしているとのこと。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その年、夏ちかく川筋一帯を襲つた浅ましい「不景気」のため、此の船は一と月あまりの間も明石河岸がしにへたばり着いたまま死んだものの様に動かなかつた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
仮に之を北里にたとえて見たら、京町一丁目も西河岸がしに近いはずれとでも言うべきものであろう。聞いたばかりの話だから、鳥渡ちょっとつうめかして此盛場の沿革を述べようか。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
丘のやうな堤のやうな遠い先の方にが無数に見える。むか河岸がしの並木の間からは馬車のゆききなどが見えた。近いところを置いたやうな火光くわかうを見せたのは停車場ステイシヨンである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
合衆国河岸がしに雲集する紳士淑女と高価なる花束を投げ合い、さて軽歩して競技場スタアドに至れば、数十人の気むずかしき審査員は、花の取合せ、幻想おもいつきの巧拙、搭乗者のりて雀斑そばかすの有無
「ことしは雨のふらぬ六月」(芭)はちょっと見るとなんでもないようで実ははなはだしくきつく響いており、「預けたるみそとりにやる向こう河岸がし」(野)は複雑なようで弱い。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
砲兵工廠の市兵衛河岸がしに寄った方の三層の建物に、新しく火がかかっていた。その火の中から爆弾の音のような音が続けさまに起った。私たちは甲武線の汽車の線路に這いあがった。
死体の匂い (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
煙草を詰めた煙管きせるを空しくいぢりながら、むか河岸がしの美しい灯の影を眺めてゐた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
その居る処から山城河岸がし檀那だんなと呼ばれ、また単に河岸の檀那とも呼ばれた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
桜田御門外はさいかち河岸がし、大老井伊掃部頭いいかもんのかみ様お上屋敷の奥深い一間である。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「ああ知ってるよ。向う河岸がしの公園出てすぐだろ」
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
日はむか河岸がし家畜病院かちくびやうゐんすたれたる露台バルコンを染め
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この中ノ口河岸がしに水面に枝を
蒸気河岸がしにはコンクリートの高い堤防がめぐらされ、地盛りをしたために、船宿や人家は道から一メートル以上も低くなってしまった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
代助は顔をしかめて店を出た。紙包をわきの下に抱えたまま、銀座の外れまで遣って来て、其所そこから大根河岸がしを回って、鍛冶橋かじばしを丸の内へ志した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
川口から向う河岸がしには三囲みめぐりの土手を見、すぐ右側には真土山まつちやま聖天しょうでん、森と木の間の石段が高く仰がれる麓であります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
享保きょうほの初年である。利根川のむこう河岸がし、江戸の方角からいえば奥州寄りの岸のほとりに一人の座頭ざとうが立っていた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
柳橋の裏河岸がしの、橋のたもとから一、二軒目に表二階に手摺てすりのある、下にちょいと垣を結うたいきな妾宅があった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
前回の七化け騒動がそもそも端を発しましたところは品川でしたが、今回はその反対の両国河岸がし。しかも、事件の勃発ぼっぱつした日がまたえりにえって七月の七日。
そうかといって、この場へもたらされて花が咲こうとしている向う河岸がしから新来の旅客の世間話が、どうしてもこの際、聞きのがせないものの一つとなっているようだ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ニースはランピア港の税関河岸がしを離れたコルシカ島行きの遊覧船は、粋士佳人を満載して、かもめまごう白き船体に碧波を映しながら、遊楽館カジノの大玻璃窓はりまどの中に姿を現わし来たる。
大川おほかはは前にも書いたやうに一面に泥濁どろにごりに濁つてゐる。それから大きい浚渫船しゆんせつせんが一艘起重機きぢゆうきもたげた向う河岸がしも勿論「首尾しゆびの松」や土蔵どざうの多い昔の「一番堀いちばんぼり」や「二番堀にばんぼり」ではない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしまた時として向こう河岸がしにもやっている荷物船から三菱みつびしの倉庫へ荷上げをしている人足の機械的に動くのを見たり、船頭の女房がともで菜の葉を刻んだり洗ったりするのを見たり
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
天魔太郎と小僧の虎吉と、野州の熊五郎の三人は、増田屋から中老出雲のお筆をすくいだして、仮の足場の鎌倉河岸がしのかくれ家にかえると、そこに待っていた月子とお千代にむかえられました。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
京橋二丁目に普請場があり、かよい仕事にいっていたとき、おさんの姿を認めたので、けていってみると炭屋河岸がしの裏長屋へはいった。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
越後えちごの寒村から出て来て、柳原河岸がしに古本の店を出していた時分は、いまだ時節が到来せず、かなりな苦境におち、赤貧のおりもあったが、姑は良き妻
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
向う河岸がしから漕ぎもどして来る渡し船にも、白い扇や手拭が乗合のひたいにかざされて、女の児の絵日傘が紅い影を船端の波にゆらゆらと浮かべていた。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ご用駕籠を仕立てさせて、のっそりと腰うちすえながら飛ばせていったところは、話のその大根河岸がしです。
河岸がしをゆく人——橋の上を通る人——、すべての視目しもくも、自分ひとりにそそがれているように感じた。そして、その肩身のせまい気おくれが、お米に日傘をかざさせた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども、この響きをむこ河岸がしの太鼓と聞いておられないことが、まもなく起りました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夕闇は潮のにおいと一しょに二人のまわりを立てめて、向う河岸がしたきぎの山も、その下につないである苫船とまぶねも、蒼茫たる一色に隠れながら、ただ竪川の水ばかりが、ちょうど大魚の腹のように
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蒸気河岸がしはまた静かになり、月の光が明るく、根戸川の水面や、対岸の家並みや、もやってある舟などの上にふりそそいでいた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
じつあ、あの町奴め、さかさねこの伝兵衛でんべえとかいう野郎でね。ねぐらがまた大笑いなことに、八丁堀とは目と鼻の日本橋馬喰町ばくろうちょうの大根河岸がしだとぬかしゃがるんだ。
「榊原の泊まっている木屋町から、むこ河岸がしじゃねえか。見つかッたら、こんどこそ、首がとぶ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
矢の倉河岸がし(大川端)に死ににゆこうとしたら、町内の角に木戸口があった時分のことでね、急いでゆく前にぱたんと立ちふさがったものがあるので、怖々こわごわ顔をあげてみたらば
何でも花曇りのひるすぎで、川すぢ一帯、どこを見ても、煮え切らない、退屈な景色だつた。水も生ぬるさうに光つてゐれば、向う河岸がし家並やなみも、うつらうつら夢を見てゐるやうに思はれる。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
築地河岸がしの船宿山石やまいしの船で、その船頭は清次という若い者であった。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は黙って聞いていながら、それはたぶん平二郎が妻子を伴れて、蒸気河岸がしへ逃げだしたというあの晩のことだなと思った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は鎌倉河岸がしにたたずんで、葉柳の糸をへだてた所から、道三橋の方へ笠をあげておりましたが
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)