はぜ)” の例文
年末のせいで、蝋めは一そうしか立っていなかったが、はぜの実を蒸す匂いは、いつものように、温かく小屋の中に流れていた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そんな中に、はぜの樹のみは、晩秋から初冬にかけての日光を、自分ひとりで飲み飽きたかのやうに、まばらに残つた葉が真赤に酔ひほてつてゐる。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
人家のまばらな田舎道のところどころに、大きいはぜの木が月のひかりを浴びて白く立っているばかりで、川らしい水明かりは見当らなかった。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夏の青葉の清潔にして涼しき、ことに晩秋より初冬にかけて葉が黄ばんで来た時の風致はかえではぜなどの紅葉とも違ふて得も言はれぬ趣であらう。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そのほかには椿、鼠冬青木ねずみもち、とべらなどの常盤木が混り、落葉樹にははぜならあふち、其他名を知らぬ幾多の雜木がある。
庭さきの森の春 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
床の中央には、大魚の腹中にある約拿ヨナを図案化したコプト織の敷物が敷かれ、その部分の床は、色大理石とはぜの木片を交互に組んだ車輪模様の切嵌モザイク
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
はぜなどの密林をかき分けて、はるかに雪の妙義山を見晴らせるところへ来ると、女車掌は、金切声で、名所案内の文句を小学生のやうに諳誦してみせる。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そう言われて、私は漸っと他のならはぜの木の葉なんぞのよりも、目立って大きい若葉を見て、一目でそれがほおの木の葉であることを思い出した。でも私は
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
停車場ステーシヨンから町の入口まで半里ぐらゐある。堤防になつてゐる二けんはゞみちには、はぜの大きな並木が涼しいかげをつくつてて、車夫の饅頭笠まんぢうがさ其間そのあひだを縫つて走つて行く。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
この邸は南堀に沿うた土手の下で、土手の上には並松が植っているし、裏面にははぜの木が植っていた。紅葉する頃になると坐っていてそれを眺める事が出来た。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
と、うしろのを、かさこそと、静かに歩いて来る人があった。はぜの紅い葉が、その人の肩に舞った。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裾野は広い、草は黄色い、あちこちにはぜもみじのくさむらがある。ほのおがかたまっているようだ。森! 狐が飛び出した。林! 兎が走り出た。沼ではかもが騒いでいる。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
このへんかえでが割合いに少く、かつひと所にかたまっていないけれども、紅葉こうようは今がさかりで、つたはぜ山漆やまうるしなどが、すぎの木の多い峰のここかしこに点々として
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お城の南、追廻おいまわし門、汐見やぐらを包む大森林と、深い、広い蓮堀を隔てた馬場先、蓮池、六本松、大体山の一帯は青い空の下に向い合ってはぜかえで、紅葉の色を競っていた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
みんなそこでいろんな意見を吐いたが、結局、構うもんか、もしあいつが何とか言ったら、去年あいつがおかあがってはぜの枯木を持って行ったからそれを返せと言ってやるんだ。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
この頃のはぜの葉のうつくしさはどうだ。夜ふけて、そこはかとなく散る木の葉の音、おりおり思いだしたように落ちる木の実の音、それに聴き入るとき、私は御仏の声を感じる。
ならであったか、形のいい大きい葉で、実に純粋な美しい黄色を見せるのもあった。それからはぜのような真紅な色になる葉との間に、実にさまざまな段階、さまざまな種類がある。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼らは弓と矢の林に包まれて、燃え立ったはぜの紅葉の森の中を奴国の方へ進んでいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
落つるに早い楓、朴、はぜの類は、既に赤裸々の姿をして夕空寒く突き立って見える。彼の蘇子瞻の「霜露既降木葉尽脱 人影在地仰見明日」というような趣きが沁々しみじみと味われる。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
これは皆村人にてしかも阿園の葬式の帰りなりき、佐太郎は再びがくとしてあたりのはぜの樹蔭に身を隠したり、群は何の気もつかず、サヤサヤと私語ささやきあいつ緩々ゆるゆるその前を通りすぎたり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
あちらの十六丁はつげはぜの丸木弓でござります。ちと古風でござりまするが、それがお不向きでござりましたら、こちらが真巻きにぬり重籐しげとう、お隣が日輪、月輪、はずれが節巻きに村重籐むらしげとう
藤さんは、水のそばの、こけの被った石の上に踞んでいる。水ぎわにちらほらと三葉四葉ついたはぜの実生えが、真赤な色に染っている。自分が近づけば、水の面が小砂を投げたようにしびれを打つ。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
継ぎぎの衣物きものながら、くびから肩へかけて、ふつくらした肉の輪廓が、枯れ残つたはぜの赤い葉蔭に、うす暗く消えて、引き締つた浅黒い円味のある顔にパツチリとした眼が、物思はしげに見えた
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
はぜの木で作ったくいを六本ずつ二度、合せて二十四本打ちこむ。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はぜの木のたくさん両側に並んでいる堤の上を俥で帰りました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
宮様の松山のはぜ紅葉を見たのだ。
蜜柑山散策 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
はぜの実を俵に入れて沢山積んである大きな土蔵の中で、かくれんぼをしていると、山奥で洞穴の探検でもやっているような気分が味わえた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
おそらく路ばたのはぜの木の蔭からでも飛び出して来たのであろう、ひとりの男の姿が突然にわたしの行く手にあらわれた。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その他冬青木もち、椿、楢、はぜおうちむく、とべら、胡頽子ぐみ、臭木等多く、たらなどの思ひがけないものも立ち混つてゐる。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
で、小松や満天星どうだん茱萸ぐみや、はぜ野茨のいばらなどで、丘のように盛り上がっている、藪の蔭に身をかくしながら
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あくる日、金丸にともなわれて、彼は城へ行った。ここを檀風城だんぷうじょうというのはまゆみの木が多いからだろう。はぜは黄ばみ、海は青く、丘の城門からは、遠い小佐渡の山なみまでよく見える。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ芽をふかない道ばたのはぜの木から一羽の大きなからすが、溜池の向こうの麦畑に舞いおりて、首をかしげながらこちらを見ているのが、妙に彼の心をひいた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そうかと思うとばらだの、はぜだの、躑躅つつじだの、もちだのというような、灌木のくさむらが丘のように、地上へこんもりと生えていて、土の色をさえ見せようとしていない。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かしはんの木、けやき、はぜ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血が白眼の部分をはぜの実のように赤く染めていた。だが、その典膳の首級は、例のようにユルユルと廻って、闇に消え、それに代わって、以前の女の首級が現われた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつも子供たちが隠れん坊をして遊ぶ米倉や、はぜの実倉は無論のこと、納屋や、便所や、床の下まで、総がかりでしらべた。隣近所にも無論たずねてみた。しかし次郎の行方は皆目かいもくわからなかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ほのおのように紅いはぜ紅葉、珊瑚さんごのような梅もどき、雁来る頃に燃えるという血よりも美しい鶏頭花、楚々たる菊や山茶花さざんかの花——庵室の庭は花咲き乱れ秋たけなわの眺めである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
年を経た松やひのきや杉、梧桐や柏の喬木が、萩や満天星どうだんはぜなどの、灌木類とうちまじり、苔むした岩や空洞うろとなった腐木くちきが、それの間に点綴てんてつされ、そういうおそろしい光景を
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くぬぎや、はぜなどの、灌木や喬木の枝や葉であり、それらに取り縋り巻いている、山葡萄や蔦や葛であり、そうしてそれらの緑を貫き、わずかに幽かにけて見える、朝の晴れた空であった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、洞窟は杉や、柏や、はぜや、野茨に蔽われて、その口を示してはいなかった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)