)” の例文
新字:
何時の間にか私はむさぼるように見入っていた。私はつてこれと似た感情を持ったことがある。それは一昨年刑務所へ行っていたときだった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
平和主義を抱ける洋人某、つて余と「八犬伝」を読む。我が巻中に入れたる揷画、なまぐさき血を見せざる者甚だまれなり。
想断々(1) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私の記憶によれば、つて斯様な精神状態を覚えたことは、これまで必ずしもなかつたとは言へないものを感じてはゐる。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
きまはづかしさうに離れて行くのも好い気持ではなかつたが、それよりも左褄ひだりづまを取つてゐたつての自分に魅力はあつても
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そして博士の背後には、つてこの研究室の中へは這入って来たことの無い病院詰の若い医者達が、幾人も立っていた。
いずれもそれらの文字はつて自分と親しんでいた文字であるのに……Bは自分を自分で解することが出来なかった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
ご自分の見たところの物を語らず、ご自分のつて読んだ悪文学から教えられた言葉でもって、戦争を物語っている。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
成程なるほどこれは薄禿げた得体の知れない人物、本人は文士と名乗って居りますが、何処どこの雑誌へも新聞へも、つて名前の出たことの無い宇佐美六郎です。
青い眼鏡 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ああ、私は今でも、つて恋人と呼んだ彼女の姿体すがたをハッキリと思い出すことが出来る、しかし、それも、不図ふと女優などの顔を思い出した時のような
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
つてう言い出したことのない弥吉を、児太郎は自身にひきあてて、悲しげに打棄うちすてるような調子でしりぞけた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
つて両手をかしらに敷き、仰向けにしながら天井を凝視みつめて初は例の如くお勢の事をかれこれと思っていたが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これはつてわがはいが「國語尊重こくごそんちよう」の題下だいかでわがくに國號こくがう日本にほんであるのに、外人ぐわいじん訛傳くわでん追從つひじうしてみづからジヤパンと名乘なのるのは國辱こくじよくであるとろんじたのとおな筆法ひつぱふ
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
今までつてそんなことを考へたことはなかつた。いや、今の瞬間だつて考へたとは云へまい。たゞ、それは閃いて、捉へにくい影を落して通り去つただけだつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
数右衛門のつて人にけがされる事をゆるさないものに、その口汚いつばが、ぴりっと触れたらしかった。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
注意すべきことは、深山木の胸の傷口が、そのえぐり方の癖とも云うべきものが、つての初代の胸のそれと酷似していたことが、のちに取調べの結果分って来た。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つて主人持ちであったものがことにひどい。犬と猫とでは犬の方がひどい。要するに人間にへつらって暮らすことに慣れて来たものほど落ちぶれ方がみじめなのである。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
町の藝妓げいこや娘たちからは、旅役者の市川鯉三郎いちかはこひざぶらうつて受けたほどの人氣が小池の一身に集まつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そういう自分もこの秋はじめて薬師寺の塔を仰いだ以外には、いまつて夜の寺を歩いたことはなかった。昼でなければ古寺を訪れてはいけないというわけはなかろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ロンドンでつて有名だった老女優の隠退後の邸宅がず行手に在る。其の黒く塗られた板塀について曲るとだらだら坂になり、丘の上のメリー皇后の慈善産院の門前へ出た。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さうして自分のした事に権威がなくなる。つては私もその道をたどつたのだ。さうして誤解されて怒つたけれども、その誤解は当然であつた。通るべき道は避くることは出来ない。
感想の断片 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
その男——わが檻の前に立ち、熱心にこっちをのぞいているその男——その男の顔、肩、肉づき、手足、全体の姿、そのすべてがなんとつての本来の私そっくりであったではないか。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
御米およねふものか、新橋しんばしいたとき老人らうじん夫婦ふうふ紹介せうかいされたぎり、つて叔父をぢうち敷居しきゐまたいだことがない。むかふからえれば叔父をぢさん叔母をばさんと丁寧ていねい接待せつたいするが、かへりがけに
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
つて二月半ばかりを暮して見たリモオジュの町はずれ、羊の群の飼われている牧場、見覚えのある手前の方の樹木から遠く岡の上に立つサン・テチエンヌの寺院の高い石塔までが
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それも、ある甲斐かひのないものを甲斐あらせようとしてゐるやうな、一所懸命な調子であつた。私は未だつて人工呼吸法といふものを見たことがなかつたけれど、今ふとそれが頭に浮んだ。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
つて之を争ひしが為めにワルレンスタインは悲苦の境界に沈淪ちんりんしたり。マクベスは間接に道徳に抵触したる所業をしたり。天神記の松王は我愛子を殺したり。娘節用の小三は義利の刀にたふれたり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
そのG師の禪房につて圭一郎は二年も寄宿し、G師に常隨してその教化を蒙つてゐた關係上、上京すると何より眞つ先きにG師に身を寄せて一切をぶちまけなければけない心の立場にあつたのだ。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
もとより、この文学史を以て独占の舞台などゝせん心掛あるにはあらず、く断りするは、つて或人に誤まられたることあればなり、余は学生として
灰色の漠然とした大きな影! 目もない、口もない、鼻もない巨人がBの枕許まくらもとに立った。つて、Bが、Kの室に入りかけた時、後方うしろに立った影であった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
ある男の不潔きはまる存在を、つてこのやうな根の深さで、いとひ、そして憎んだことがありえたらうか。
つておれののを拾いあげたように、その子供らにつまみ上げられるだろう——だからいいかげんにしろ。
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかも片目足なえという不具者だ。いまだつてどこの国からもこんな使者は迎えたことがない。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つて、主任から、個性を殺せと説教されました。そうして個性は主任を殺せと説教しました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その異様な老人の姿を見て、当然私はつて初代が見たという不気味なお爺さんを思い出した。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「百両盗んで五両か十両を貧乏に施こし、あとの九十何両を飲み食いや悪遊びにつかって、義賊面もねえものだ」とって平次が腹を立てたのは、この仲間のことだったのです。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼がつて、ほとんど感じたことのなかつた、求めても得られず、また求めようともしなかつた女性への思慕——彼は胸元をひきしぼられるやうな甘い悲哀にだん/\ひたつて行つた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
つてネネの美しき容姿については一言もいってはいなかったではないか。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
つては軍治の母親がやつて来たり、又途中まで送つて行つたりしたことのある河沿ひの小路を、幾と軍治は何が何やら解らずに突走つた。路に小石が沢山出てゐて、下駄をとられさうになつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
中村孤月氏がつてした平塚明子論に於いて
平塚明子論 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
そして手頼りなくしまいには子供のないことが、夫婦きりであることにつてない羞恥さえかんじさせた。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この世界にはつて沈静あることなく、時として運動を示さゞるなく、日として代謝を告げざるはなし。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
つて新鳥越に榮華をほこつた、菱屋の番頭をしてゐて溜め込んだと言はれ、元手が非常に潤澤な上、金藏は年に似ぬ締り屋で、女房を貰つて、一人口ふやすのが惜しさに、下女一人
つては、将軍の台覧にも供え、元禄年中の城主柳沢吉保やなぎさわよしやすも、垂涎すいせんかなかったといわれる——土佐光吉とさみつよしの歌仙図に近衛信尹このえのぶたださんのある——紙数にすればわずか十二、三枚の薄いじょうだった。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つて無かったほど愛しています。早くあの「ポツダム宣言」の約束を全部果して、そうして小さくても美しい平和の独立国になるように、ああ、私は命でも何でもみんな捨てて祈っています。
返事 (新字新仮名) / 太宰治(著)
月下に白く銀を砕いて、緑の草を分けて、走っている水の音である。女は、未だつてかかる流れを、この森の中に見出したことがなかった。しばらくその水音に耳を傾けて、仕事をやめていた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
が、母親の返辞は意外にも娘の耳もとに、つて聞いたことがないほど冷たくむしろ意地悪くきこえた。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「国民之友」つて之を新題目として詩人に勧めし事あるを記憶す、まことに格好なる新題目なり、彼の記者の常に斯般しはんの事に烱眼けいがんなるは吾人のひそかに畏敬する所なれど
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
君は、長沢伝六と同じように——むろん、あれほどひどくはないが、けれども、やっぱり僕の価値を知らない。君は、僕の『つぼ』をうったことはつてないのだ。倉田百三か、山本有三かね。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこではつて見たこともないこの巣窟にありがちな慘忍な形式で、すべての女を墮落させるための拷問のやうな折檻が、いま、ありありと隣の室に行はれてゐるやうに思はれて
蒼白き巣窟 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
ポープの楽天主義の如きは蓋し所謂解脱したる楽天にして、其つて唱ひし詞句に
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かれの前から半町ほどさきから、かれがつてきき覚えのある唄い声がきこえてきた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)