掻消かきけ)” の例文
廻廊へ出たと思うと、四郎の影も、手下どもの影も、谷間を風に捲かれて落ちる枯葉のように、たちまち、その行方を掻消かきけしてしまう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貴婦人が、と立つと、蚊帳越にパッとあかりを……わかい女はったままで掻消かきけすよう——よく一息に、ああ消えたと思う。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
博士は卓子テーブルの蔭から半身を出して見送ったが……亡霊の姿は煖炉だんろの処で、急に掻消かきけすように見えなくなってしまった。
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
成程、榮三郎を坐らせて居た座蒲團だけが、部屋の眞ん中に冷たく殘つて、その上に居る子供の姿は掻消かきけしでもしたやうに見えなくなつて居るのです。
絶間たえまなく鳴りひびく蓄音機の音も、どうかすると掻消かきけされるほどさわがしい人の声やら皿の音に加えて、煙草のけむりちりほこりに、唯さえ頭の痛くなる時分
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
耆婆扁鵲ぎばへんじゃくの神剤でもとてもなおりそうもなかった二葉亭の数年前から持越しの神経衰弱は露都行という三十年来の希望の満足にぬぐうが如く忽ち掻消かきけされて
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
すると、その可愛い狸の仔の姿は掻消かきけすやうに消えてしまひました。そして、森はまた元の真闇まつくらになりました。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
鍛冶屋かじやの薄暗い軒下で青年がヴァイオリンを練習していた。往来の雑音にその音は忽ち掻消かきけされるのだが、ああして、あの男はあの場所にいることを疑わないもののようだ。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
高く懸る水蒸気の群は、ぱつと薄赤い反射を見せて、急に掻消かきけすやうに暗く成つて了つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
首を延べてみまはせども、目をみはりて眺むれども、声せしのちは黒き影の掻消かきけす如くせて、それかと思ひし木立の寂しげに動かず、波は悲き音を寄せて、一月十七日の月は白く愁ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
姿は朦朧もうろうとして掻消かきけす如く見えなく成りましたから、伴藏は戸棚の戸をドン/\叩き
娘は柴折戸しおりどのところへ来ると今雨戸のところに立って見送っていた、私の方を振返ふりかえって、莞爾にっこりと挨拶したが、それなりに、掻消かきけす如くに中門ちゅうもんの方へ出て行ってしまった、こののちは別に来なかったから
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
一寸ちよいとつまづいても怪我けがをするのに、方角はうがくれないやまなかで、掻消かきけすやうにかくれたものが無事ぶじやうはづはないではないか。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
けれど余りにも、優しかった兄、弟思いな兄、また力とたのんでいた兄に、突忽とっこつと、うつし世の姿を眼の前から掻消かきけされてしまったので、多感な謙三郎は
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この夕立の大合奏サンフォニーとどろき渡るいかずち大太鼓おおだいこに、強く高まるクレッサンドの調子すさまじく、やがて優しい青蛙あおがえるの笛のモデラトにそのきたる時と同じよう忽然として掻消かきけすようにんでしまいます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのうちに、ポッと浮いて見えたかと思う大島が掻消かきけすように隠れた。あだかも金をつかって身をもだえながら帰って行く山本さんにむかって、「船旅も御無事で」と告別わかれの挨拶でもするかのように……
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お金の方やお桃の方のように忽然として姿を掻消かきけし、死骸もわからずになるのかも知れないといった、恐ろしい予感と恐怖に、兎もすれば、沈み勝ちになるのをうすることも出来なかったのです。
体がぶるぶるッとふるえたと見るが早いか、掻消かきけすごとく裸身はだかみの女は消えて、一羽の大蝙蝠となりましてございまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そで雪洞ぼんぼりをぴつたりせたが、フツとえるや、よろ/\として、崩折くづをれるさまに、縁側えんがはへ、退しさりかゝるのを、そらなぐれにあふつたすだれが、ばたりとおとして、卷込まきこむがごと姿すがた掻消かきけす。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
よしなんとでも言へ、昨日きのふ今日けふ二世にせかけてちぎりむすんだ恋女房こひにようばうがフト掻消かきけすやうに行衛ゆくゑれない。それさがすのが狂人きちがひなら、めしふものはみな狂気きちがひあついとふのもへんで、みづつめたいとおもふも可笑をかしい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、目にも留まらぬばかり、掻消かきけすがごとくに見えなくなった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無惨むざんさまに、ふつと掻消かきけしたごとうるはしいものはえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)