掻分かきわ)” の例文
八十幾歳というがまだ元気な老僧が、人を掻分かきわけて前に現われる。大野村に現存する宮本家の菩提寺ぼだいじの住職で永幡智善えいばんちぜん師だとわかる。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巡査は進んで熊笹を掻分かきわけると、年の頃は五十ばかりの坑夫ていの男が、喉を突かれて倒れていた。巡査も驚いた。の人々も駈集かけあつまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
両手でくうつかんで煙を掻分かきわけるように、火事じゃ、とかけつけた居士が、(やあ、お谷、軒をそれ火がめるわ、ええ何をしとる)
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先着の三人の紳士淑女が、まずその舟に乗込むと、少女の櫂が静かに水を掻分かきわけて、ゴンドラは細い淵を、ゆるやかにすべり始めた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人混を掻分かきわけて店へ踏みこむ、——血まみれの辰次たつじがのたうちまわっているか、と気もそぞろに飛んできた、佐兵衛の眼前に展開したのは、なんと! 辰次はしゃっきりとして
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かゝしまこととて、みちなどのあらうはづはなく、熊笹くまざゝあひだ掻分かきわけたり、幾百千年いくひやくせんねんらいつもつもつて、あだか小山こやまのやうになつて落葉おちばうへんだり、また南半球みなみはんきゆう特有とくいう黄乳樹わうにうじゆとて
こういう人はきっと他所よそから、必ず成功しようと、掻分かきわけてもぐり込んでくるのだから意気込みが違う。笑われようとあきれられようと、そんな事にはむとんちゃくで、活気が資本もとでだ。
又もホッとばかり肩をおののかして一息しました黒衣の巨人はやがて又大急ぎで手袋を脱ぎ棄てますと、まず鋏を取上げて、解剖台上の少女の長やかに房々とした頭髪を掻分かきわけながら
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
といいながら、楽譜の反古ほご掻分かきわけて僅かばかりの席をつくってくれたが
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
お千代は南京玉の簾を掻分かきわけて這入ると、内は人の顔も見分けられないほど薄暗い土間のままの一室で、植木や卓子テーブルのごたごた置いてある向うの片隅かたすみに、酒場の電燈でんとうが棚の上に並べた洋酒のびん
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たけより高い茅萱ちがやくぐって、肩で掻分かきわけ、つむりけつつ、見えない人に、物言いけるすべもないので、高坂は御経おきょうを取って押戴おしいただ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かへでのやうなしきりになみ掻分かきわけてる、此樣こんなことで、ふねうごくかうごかぬか、その遲緩まぬるさ。
脂肪の極大堆積たいせきに依って全皮膚の表面張力が限度に達しているため、全身的にも部分的にも心理の反映たる表情能力を欠除していたからで、その巨大な肉塊を掻分かきわけて現われた実際の子之八は
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と城太郎が、木や草を掻分かきわけて飛び下りて来た。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朦朧もうろうと立ったり、間近な崖へ影がしたり、背後うしろからざわざわとすすき掻分かきわける音がしたり、どうやら、くだんの二人のおうなが、附絡つきまとっているようなおもいがした。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
椿の葉を払っても、飛石の上を掻分かきわけても、物干に雪の溶けかかったところを見せても影を見せない。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっともこうした山だから、草を分け、いばらを払えば、大抵どの谷戸やとからもじることが出来る……その山懐やまふところ掻分かきわけて、茸狩きのこがりをして遊ぶ。但しそれには時節がやや遅い。
これや串戯じょうだんをしてはけないぜと、思わず独言ひとりごとを言いながら、露草をふみしだき、すすき掻分かきわけ、刈萱かるかやを押遣って、章駄天いだてんのように追駈けまする、姿は草の中に見え隠れて
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われは肩掛ショオルの中に口籠くちごもりぬ。袖おもておおいたれば、掻分かきわけて顔をばいだしつ。冷たき夜なりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広小路の数万の電燈、もやの海の不知火しらぬい掻分かきわけるように、前の俥を黒門前で呼留めて「上野を抜けると寂しいんですがね、特に鶯谷へ抜ける坂のあたり、博物館の裏手なぞは。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
居まわりの、板屋、藁屋わらやの人たちが、大根も洗えば、菜も洗う。ねぎの枯葉を掻分かきわけて、洗濯などするのである。で、竹のかけひ山笹やまざさの根に掛けて、ながれの落口のほかに、小さな滝を仕掛けてある。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丸官の握拳にぎりこぶしが、時に、かわら欠片かけらのごとく、群集を打ちのめして掻分かきわける。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)