はかど)” の例文
関山峠はもうそのころは立派な街道かいどうでちっとも難渋しないけれど、峠の分水嶺を越えるころから私の足は疲れて来て歩行がはかどらない。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
かりに増鏡などの日どりで行くと、一日十数里も歩いたわけになるが、とてもそんなにはかどりえないことは常識からもいうまではない。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこからまだ半道も行かぬうちに二人は忽ち鶏卵中毒を起し、猛烈な腹痛と共に代る代る道傍にかがみ始めたので、道が一向にはかどらない。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
土人の若者等が四組に分れて畑仕事と道拓みちひらきに従っている。おのの音。煙の匂。ヘンリ・シメレの監督で、仕事は大いにはかどっているようだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
雨が降ると仕事がはかどらぬし、手伝に来て下さる人にも気の毒やけど、こんな天気になつて、嬉しやな。——死ぬ時でも、三日四日も夜伽よとぎ
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
幸い、農事にかけては七兵衛入道が万事本職で、熟練した指導ぶりを見せていますから、仕事のはかどること目ざましきばかりです。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いや、未だ然うははかどりませんが、順調に進んでいます。昨夜お嬢さんのお写真をいたゞいて、今市※さんへ寄って参りました」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「玉井組」の仕事は、順調にはかどっていた。松川源十が小倉監獄に収容された後、松本重雄がボーシンとなって、金五郎を助けた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
平八郎が書斎で沈思してゐる間に、事柄は実際自然にはかどつて行く。屋敷中に立ち別れた与党の人々は、受持々々うけもち/\為事しごとをする。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
引受けた店頭建築の意匠をはかどらせて見事な仕事をするのですが、出来上った店頭装飾建築には、一々そのときの恋人の名前をつけるんです。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしてその目的に対する我々の計画は、彼等が果して別仕立列車を請求することになったので、非常に好都合にはかどったのだ。
四時頃から人の目をはばかって息も細々に三十余名で始まった仕事は、朝日がちらちら洩れ込む頃にはもう大分はかどっていた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
路はぬかつて歩きにくかつた。解けかかつてグシヨグシヨした雪路は、気がいてゐても、なかなかはかどらなかつたのだ。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
お皿が眼の前に出ているのを其方除そっちのけにして顔を直しているもんだから、その人のお蔭でコースがちっともはかどらないの、ああなられても極端だけれど
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
白い襯衣しゃつを手首で留めた、肥った腕の、肩のあたりまで捲手まくりでで何とももって忙しそうな、そのくせ、する事は薩張さっぱりはかどらぬ。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうすれば必ずこの競争の間に幸福も安全もはかどらされるのである。一度共同の心が欠けると利己主義となる。世界の勢いはそういう有様になっている。
始業式訓示 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかも、また、自らの作業をはかどらせるための快い調でもあった。故に、喜びがあり、悲しみがあり、慰めがある。そして、狭小、野卑の悪感を催さない。
常に自然は語る (新字新仮名) / 小川未明(著)
のみならず、その夏はまだこのコースを踏んだ人があまりないと見えて、思はぬ場所にやぶがはびこつてゐたりして、女連中の足はなかなかはかどらなかつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
時間は遅々ちちとして、なかなかはかどらなかった。私は縁側に出て日向ひなたぼっこをしながら、郵便配達員の近づく足音を一秒でも早く聞き当てようと骨を折った。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「どうしてかわやの中で考える事がきちんと何時もはかどるんだろうね、厠で考えた事は、何時も正確で後悔はない。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
みのるの前に斯うして一日々々と新たな仕事の手順がはかどつて行くのを見てゐると、義男は氣が氣ではなかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
権兵衛は悩まされた釜礁かまばえれて、工事が思いの外にはかどり、間もなく竣成しゅんせいしたので、高知の藩庁に報告する必要から、急いで引きあげて往くところであった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何にせお宮や石碑があれば一々杖を止めて拝みを上げるので非常に時間を潰すから道ははかどりません。ここで私は一行と別れて二の池の小屋へ行って泊りました。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「火の唇」はいつまでたっても容易にはかどらなかった。そして彼がそれをまだ書き上げないうちに、その淋しげな女とも別れなければならぬ日がやって来たのだ。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
く冷淡に事務に従事する人でも、親切に愛嬌あいきょうまたは好意を持つと持たぬのでおのずからその務めのはかどりも違う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
また因循いんじゆんの質にてテキパキ物事のはかどらぬ所があるが、生来忍耐力に富み、辛抱強く、一端かうと思ひ込んだことはどこまでもやり通し、大器晩成するものなり……
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
予定より道ははかどっているし、うまくゆけば跟けて来る新島をやり過すことができるかも知れない。殊に依ったら二三日ここで足を休めてもいいと考えたのである。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
みぞのように狭い掘割の中で小山ほどもある崖をくずして行くので、仕事は容易にはかどらぬ、一隊の工夫は恵比須麦酒えびすビールの方から一隊の工夫は大崎の方から目黒停車場を中心として
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
こういう始末で、一進一止、はかどらないことおびただしく、われわれももううんざりして来た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「すべて予定どおりにはかどりました、そうも云えます、とにかくわれらも行ってみましょう」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
十一月十八日、二度目に東京へ帰ってみると、不在中に出来ているはずの修繕がいっこうはかどっておらず、相変らず避難場そのままの有様だが、それもこのさい我慢せねばならぬ。
震災後記 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
冬籠中にふと思いついた摺粉木細工で、それが思ったほどはかどらず、冬籠の日々を消す、というところにこの句の妙味がある。摺粉木の細工も長ければ、冬籠の月日も長いのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
伯爵家では郵便が来る度に、跡継ぎの報告を受け取って、その旅行のとどこおりなくはかどってくのを喜び、また自分達の計略の図に当ったのを喜んでいる。かねは随分掛かる。しかし構わない。
振返って己の生涯を見れば、走って道がはかどらず、勇をふるって戦いに勝たれず、不幸があっても悲しくないし、幸福があっても嬉しくないし、意味の無い問には意味の無い答が出て来る。
が、すぐ目を反らせて、くうを見ながら、そんな状態に置かれていることに少しも不平を見せずに、落着いて寝ている。彼女は一度私に仕事ははかどっているのかと訊いた。私は首を振った。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
短波できくニュースでもわかるとおり世界をおどろかせる能率ではかどっている。
政治と作家の現実 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
爲事しごとはかどり、いつもより早目に私は酒の燗をつけた。朝爲事のあとで一杯飮むのも永い間の習慣である。嘗める樣にしてゐてもいつかうつとりと醉つて來る。其處へ姉妹揃つてやつて來た。
たべものの木 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
版摺といったところが日本の人のようになかなか手早くはいかんです。それに茶をみながら仕事をするのですからごく呑気のんきなもので仕事はいっこうはかどらない。ですから割合に入費が余計かかる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼は血気さかんな時分でさえ、こんなに仕事のはかどったことがなかった。
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それから、焼き残った木の根を掘返し、岩や小石を取去った。彼の鉞は、今度はくわの用をした。道具がないために、彼の仕事ははかどらなかった。土人の所に行けば、鍬に似たものがあるのを知っていた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「支倉の逮捕は一体どうなったのだ。一向はかどらんじゃないか」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
事務がはかどる気遣ひはないよ。
長閑なる反目 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
悶々もんもんとして、あれからの一角は、旅が、はかどらなかった。悪い原因は、もう一つある。それは懐中ふところに、兵部から貰った多分な金があることだ。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
スラ/\と心持好くはかどって意外の失敗に達するよりも、渋滞じゅうたいの裡に確実な成功の機会が湧いて来れば、その方が新太郎君も本望だろう。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
足の運びのはかどらねば、クロステル街まで来しときは、半夜をや過ぎたりけん。こゝ迄来し道をばいかに歩みしか知らず。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
だが、語ると黙するとにかかわらず、三人の足は歩調をそろえて絶えず京洛の方へ向って進んでいるのだが、行けども行けどもはかどらないことおびただしい。
一昼夜以上汽車に揺られた上、昨夜は一睡もしなかつたので、迚も歩けぬだらうと思つて居たが意外にも道がはかどつた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
しかし一方、聚楽第じゅらくだいにいる秀次は、これらの未曾有みぞうの大作業がはかどって行くに従ってどう云う感じを抱いたであろうか。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
仕事は、昼よりも夜にはかどるらしく、徹夜などはほとんど毎夜続いたくらいです。昼は大方おおかた眠るか外出してるかでした。
しかしもう眺望には思い残すこともないので、「これは涼しくてよい」と仰しゃる殿下のお言葉通りに路ははかどって、屏風岩の小屋へは八時少し過ぎに着いて了った。