さん)” の例文
旧字:
さんとして馬いなゝかず、この間の花は、磧撫子かはらなでしこ蛍袋ほたるぶくろ擬宝珠ぎぼうし、姫百合、欵苳ふき、唐松草等にして、木は百中の九十まで松属まつぞくの物たり。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
側面攻撃に出た曹軍の夏侯惇かこうじゅん曹洪そうこうの両大将は、急に、軍を転回するいとまもなく、さんざんに討ちなされて潰乱かいらんまた潰乱のさんを呈した。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一般いつぱんの種々な物事を見てゐても、日本では革命かくめいなんかも、存外ぞんぐわい雑作ざふさなく行はれて、外国で見る様な流血革命のさんを見ずに済む様な気がする。
拊掌談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さんとして一語もなく、そのなりゆきを気遣って泣くものさえありません。泣いて同情を現わすことが自分の弱味になることを怖れたのでしょう。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
壮といわんか美といわんかさんといわんか、僕らは黙ったまま一ごんも出さないでしばらく石像のように立っていた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
畢竟ひっきょう南北相戦う、調停の事、またす能わざるのいきおいり、今におい兵戈へいかさんを除かんとするも、五しきの石、聖手にあらざるよりは、之をること難きなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
教祖にかかっては三文文士の実相の如き手玉にとってチョイと投げすてられ、さん又惨たるものだ。
傷は喉笛の一カ所、薄刃らしい刃物ですが、血潮は草を染めてさんたる有様です。
さて、一方、ことごとく漢陣の旌旗せいきを倒しこれをって地中に埋めたのち、武器兵車等の敵に利用されうるおそれのあるものも皆打毀うちこわした。夜半、して兵を起こした。軍鼓ぐんこの音もさんとして響かぬ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
飢餓きが冷遇れいぐうしのびながら、職を求めて漂泊し、人の世のさんたる辛苦しんくめつくして、しかも常に魂のたされない孤独こどくに寂しんでいたヘルンにとって、日本はついにそのハイマートでなかったにしろ
さんとして日をとゞめたる大夏木
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
唯、何度か呼び、何度か残月にいた。道は白々と、人影もない。有るのは、先に行くかのような静山の影と、自分のさんたる姿だけだった。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は浪費のあげくに三日間ぐらい水を飲んで暮さねばならなかったり下宿や食堂の借金の催促で夜逃げに及ばねばならなかったり落武者おちむしゃの生涯は正史にのこるよしもなく、さん又惨
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
日比谷ひびや公園の池に遊べる鶴と家鴨あひるとをくらはしめし境遇のさんは恐るべし。されど鶴と家鴨とを——否、人肉をくらひしにもせよ、食ひしことは恐るるに足らず。自然は人間に冷淡なればなり。
さんとしておごらざるこの寒牡丹かんぼたん
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
燭のゆらぐたび、びんも立つようにうごいている。それがさんとして、そそけ立つかに見えるほど、憂悶ゆうもんの陰がその姿に濃い。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だんだんそこらが白んでくるにつれて、仁王の手やら首やらまたかわらだの玉垣の破片などが、さんとして、智深をつつんでいることがわかった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとたびその荊州の足場を失っては、さすがの関羽も、末路のさん、老来の戦い疲れ、描くにも忍びないものがある。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さんとして、鬼気きき読史とくしの眼をおおわしめるような生涯の御宿命をも、すでに、このときに約していたものであるから、語るを避けるわけにもゆかない。
引きに、お起ちなされましたが、誰が目にも、あなたのお顔は蒼かった。さんとして、泣かぬばかりなご様子であった
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(——君との旧縁を思うと、今明、おたがいの立場は、運命とはいいながら、さんとして、心のいたみを禁じ得ない)
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さんとしたおもてを——みだれ髪の毛を——大地に伏せてはいるけれど、心のうちには、何か寛々ひろびろとしたものがあった。ひとりでに可笑しくさえなる余裕があった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さんたる修羅しゅらを生むことは勿論、お膝下ひざもとに於て、私闘騒擾しとうそうじょうの罪に問われ、幕廷のおとがめは必然でござりましょう。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さんとして独りいでは飲み、注いでは飲み、やがてその大酔を自嘲じちょうぜて、思わずも一詩を胸にかもしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さんたる敗れに腰をつくたび、典膳はわめきの中から身をふるい起して、狂う炎のごとく一刀斎へおどりかかった。一刀斎は、もう拒みもせず、止めもしなかった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほかを見れば味方の影はさんとしてどす黒い。鶴翼かくよくも車掛りの陣形もはやあったものではない。支離滅裂だ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰のおもても、さんとして、上がらなかった。敗戦の無念を唇に噛んでじっと、熱涙をこらえていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでに敵の直義ただよしとも、浜手側の少弐頼尚しょうによりひさの隊とも、十数回におよぶ激戦に激戦を交わして疲れきッた正成の麾下きかは、さすがさんとして、血みどろでない者はなく、その兵数も
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
およそ何が浅ましい、何がいまわしいといって、おなじ血の同胞はらからが、憎しみあい、おとし合い、また殺し合うなどのさんを見るほど、世に情けないものはありません。畜生道です。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何ぞ知らん——人々が楽観して軽躁けいそうに勝利を夢みるとき、孔明の心中には、さんたる覚悟が誓われていたのである。彼は決して、成功を期していない、誰よりも魏の強大を知っている。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうえ、途々では、のべつ敵の奇襲にあい、河野通縄みちなわ得能通言とくのうみちことらが、数百の兵と共に全滅のやくうなど、さんたる憂き目をなめながら、月の中旬、やっと越前かなさき城へたどりついた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洗っても洗いきれない血のあとやら、さんたるかれの顔色が下に見えた。虎は飼われても山野の性はついに脱けきれないものか。かれはただ勘太のすがたにあわれみがこみあげて来るのだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法然は終始じいっとまなじりをふさいで聞いていたが、やがて半眼にひらいた眼には同情の光がいっぱいあふれていた。いじらしげに、二十九歳の青年のさんたる求法ぐほうの旅の姿を見るのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
豊麻呂は、一方の侍をかえりみて、憮然ぶぜんとした。——が、うつろな面を、御堂に向けたまま、さんとして、涙を内にのんでいるらしいその侍の姿を、見るに耐えぬかのようにすぐ眼をそらした。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この急速なはからいはまた、もちろん藤井紋太夫の悔悟かいごの実証と、夜来からの奔走を明らかに語るものだった。夜前やぜんさんとして、老公の前を去ってからおそらく紋太夫は一睡もしなかったであろう。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数正のすがたは、燭を横に、さんとして、うつ向いたままだった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と口には出さぬが、人々はさんたる疲れをお互いの顔に見合った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊勢守が起つと、胤栄も、さんたる面持おももちして、気の毒そうに
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わけて、さんたる人は、総大将の菊池武敏だった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小出しでかかれば、みなごろしのさんに会う。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……祖茂よ、ああさんだ」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)