彼方此方あっちこっち)” の例文
それと同時に彼方此方あっちこっちの小屋から夢を破られた者共が起きて来て、忽ち陣中の騒ぎになったが、その混雑が彼には一層都合がよかった。
又金を一つ処へ仕舞って置いて知れると悪いと思いましたから、彼方此方あっちこっちへお金を片附けて仕舞って置きまして、ちっとずつ出して使い
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
昼食後そのまゝ彼方此方あっちこっちで話し込むことだ。或日、僕の近所の連中は社長を問題にした。社長が食堂へ顔を出したのである。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と千浪は素直に立ちかけたが、勝手をしらぬ家のこととて、そこから庭下駄をはいて屋敷の庭でも彼方此方あっちこっち彷徨さまよっているより外なかったのである。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは唐人とうじんの姿をした男が、腰に張子はりこで作った馬の首だけをくくり付け、それにまたがったような格好でむちで尻を叩く真似をしながら、彼方此方あっちこっちと駆け廻る。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
何しろ松竹系といえば、帝劇を除いて東京の有名な劇場は皆そうなのですから、一時は米斎君も彼方此方あっちこっちの芝居を掛持で、随分お忙しかったようです。
久保田米斎君の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……それからもう十一ねん其時そのときになァ單身立ひとりだちをさっしゃりましたぢゃ、いや、ほんこと彼方此方あっちこっち駈𢌞かけまはらッしゃって
しばらく私が立って眺めていると、小牛は繋がれたままでぐるぐると廻るうちに、地を引くほどの長い綱を彼方此方あっちこっちの楢の幹へすっかり巻き付けてしまった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
佐渡屋は無気味に鎮まり返って奉公人達は彼方此方あっちこっちに一と塊りになり、半分は眼顔で話して居りました。
彼方此方あっちこっちへ往って、何処の家の風呂でもおかまいなしにのぞき込んで泣いていたが、しまいには空の浴槽ゆぶねの中へ裸体はだかで入っていたり、万一これをさまたげる者でもあると
風呂供養の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
土手の上、松の木蔭、街道の曲り角、往来の人に怪まるるまで彼方此方あっちこっち徘徊はいかいした。もう九時、十時に近い。いかに夏の夜であるからと言って、そう遅くまで出歩いているはずが無い。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼方此方あっちこっちマゴマゴして、小倉じゅう、宿をさがしたが、何処どこでも泊めない。ヤット一軒泊めてれた所が薄汚ない宿屋で、相宿あいやど同間どうまに人が寝て居る。スルト夜半よなか枕辺まくらもとで小便する音がする。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
菊太の出来るだけの弁舌を振って、彼方此方あっちこっち実入みいりの悪かった田の例をあげる。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は、先刻から酒席の間を、彼方此方あっちこっちと廻って、酒宴の興を取持っていたが、ようや酩酊めいていしたらしい顔に満面の微笑をたたえながら、藤十郎の前に改めてかしこまると、恐る恐る酒盃さかずきを前に出した。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お客は二人つれだったそうで、それから彼方此方あっちこっちへとう一人芸者を掛けて見たらしかったが、何しろもう時間が一時過ぎているので、とうとう出来ず仕舞いになって、玉ちゃんだけ一人のお客へ出て
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まだ大事そうに懐に入れていたたけの皮包を取り出すと、それを木戸口や、五味箱の上や、彼方此方あっちこっちへ持って行ってウロウロした。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「何か正業についてくれると宜いんだが、大きなことばかり言って彼方此方あっちこっち飛んで廻って歩いて、真正ほんとうに兄弟泣かせだよ」
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
角右衞門は出掛けまして、三角から深川を彼方此方あっちこっちと三日の間捜しましたが、とんと心当りもなく、鼻の穴を黒くして、埃だらけになって帰ってまいりました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼方此方あっちこっち修羅場しゅらじょうに起っていた刃音や呻きや矢弦やづるのひびきも、次第に減って来た。そして今はただ口々に
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今日は盆のことでございますから、彼方此方あっちこっちおまいりをして、おそく帰るところでございます」
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
家の中をぐるぐると廻りすると、紺野という助手と、その仲間の者でしょう、彼方此方あっちこっちを叩き廻ったり探し廻ったりしながら、二人の少女を険悪な眼で、ジロリジロリと眺め廻しております。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
看守は、雑役の働く手先につれて彼方此方あっちこっちしながら
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ぬるぬるとあぶらの湧いたてのひらを、髪の毛へなすり着けたり、胸板むないたで押しぬぐったりしながら、己はとろんとした眼つきで、彼方此方あっちこっちを見廻して居た。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
会社の方も卒業前にきまったので、彼方此方あっちこっちであぶれた連中とは違う。現在は押しも押されもしない。そういうことをそれとなく先生に通じてある。
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私もそれから彼方此方あっちこっちと見物も致しましたが、私は此の様にふとってますもんですから、股がすくむようで何だかがっかり致しますので、それから何でございますね
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その頃、彼方此方あっちこっちから戻ってきた村の者は、もう百名を越えていた。床下や、やぶの中に逃げこんでいた者も、次第に出て来て、彼らの団結は、強大になるばかりだった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松蔵は何かに突き当って困ったような顔をしながら石垣を降りて往ったが、其のうちに彼方此方あっちこっちから松蔵の傍へ人夫たちが来はじめた。人夫の中には鉄鎚かなづちを手にした者もあった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼方此方あっちこっち鮮血にさえ彩られた、島幾太郎こと兇賊の首領大谷千尋、しきりに警官隊の中を漁って居りましたが、やがて、文士宇佐美六郎とは似もつかぬ、秀俊慧敏けいびんな名探偵、花房一郎の顔を見ると
青い眼鏡 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
寛一君はその晩返事をしたためにかゝったが、もすると自分の苦情が先立つのに気がついた。彼方此方あっちこっちで叱られて、考えて見ると馬鹿々々しくなる。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
久し振に女房の眼をぬすんで、彼方此方あっちこっちを乗りまわせると云うことだけでも、愉快でたまらないのであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どうも江戸はえれえおっかねえ所で、なか/\い所だと云うのは嘘でがんす、側から/\火事が追掛おっかけて来て、彼方此方あっちこっち逃𢌞って、漸くのこんでけえってめえりやしたが
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人は彼方此方あっちこっちと小鳥を追っているうちに、鷹がそれたので、それを追って往った。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして何となく今朝は、よろこびごとでもあるらしい生々いきいきした眸を、彼方此方あっちこっちへやって
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
好い年をして課長にもなれず、彼方此方あっちこっちへ行って、ペコ/\している。然う思ったら、尊敬する気になれなかった。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
これから先きは飢えて死ぬより外に仕様がないと覚悟をきわめ、何うか知れないように淵川ふちかわへでも身を投げて死のうと思って、日の暮れるまで彼方此方あっちこっちとうろ/\歩いて
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
路端などに咲いている花の色香を振り返ったりして、晩春の長い一日を彼方此方あっちこっちと幸福そうに歩いていたこの二人は、定めし不思議な取り合わせだったに違いありません。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と口々に云う声が、血眼ちまなこの中を駈けあるいて、彼方此方あっちこっちに、家探しが始まっていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夢遊病者のようになって彼方此方あっちこっち歩いていて、やっと気がいて帰って来たところで、女房の直が大きな古狸とむつまじそうに飯を食っているので、棍棒をって飛びこむなり狸を撲り殺した。
狸と同棲する人妻 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
津島さんが会社の倶楽部へ姿を現すと後進が彼方此方あっちこっちから寄りたかる。頗る人気が好い。衣食足って大悟一番しているから、片言隻句まことに能く凡俗に通じる。
小問題大問題 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「それが何処と云って、まった所がある訳じゃなく、彼方此方あっちこっちを泊り歩いているんですよ」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
親父が死ぬと彼方此方あっちこっちで世話をする者があると死んだ親父に済まないから旦那なんぞを取るのは厭だと云うねえ、それをたって勧めるから旦那を取るけれども若いい男は取らないねえ
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『——そう改まるな。今日呼んだのはほかじゃないが、武器講の一件だ。弱ったのう。彼方此方あっちこっちから、矢の催促はまずよいとして、余り長びくので、近頃は、そちに対して、種々な取沙汰だ』
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人は行燈の燈で彼方此方あっちこっちを見まわったが、別に怪しいこともないので、其の夜は其のままにして寝たが、朝になって住職が本堂へ往ったところで、其処そこの天井裏から生なましい血が滴っていた。
義猫の塚 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし可なり得るところがあった証拠に、中等教員の検定試験を出色しゅっしょくの成績で通過して、忽ち彼方此方あっちこっちから引っ張り凧になった。猪股先生は辞を低うして
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
これでかえってサバサバして、今日からは仕事もはかどるであろうし、夜ものんびり寝られるであろう。それでも彼女は、裏の空地へ出て行って、雑草の中を彼方此方あっちこっちき分けながら
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
高根晋齋は勝五郎の世話で両児ふたりようよう片附けましたから、是れよりお若の身を落付けるようにして遣ろうと心配いたして、彼方此方あっちこっちへ縁談を頼んでおきますと、江戸は広いとこでげすから
筑阿弥は、とうもろこしの中を、彼方此方あっちこっちこわをして歩いて来た。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「新聞の活字を彼方此方あっちこっちから切り集めてったんですよ。成功しましたね。だ電気が来なくて薄暗いから」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
白っぽいホームスパンの上衣うわぎの下にねずみのスウェーターを見せて、同じ鼠のフランネルのパンツを穿いた高夏は、狭い室内で彼方此方あっちこっち荷まとめをするあいだも絶えず葉巻を手から口へ
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼方此方あっちこっちのお社は、鳥が来て、屋根を突ッつくものだから、雨がっているようだし、ひさしの壊れているところだの、曲っている燈籠だの——どうしてこれがそんなに大切な所と見えるかい? え
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)