廃墟はいきょ)” の例文
旧字:廢墟
川に面した断崖の上で、石垣も塁も乱雑たる廃墟はいきょだったが、今でも土を掘れば、刀の折れや、焼けたもみなどが出る、ということである。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かの女は伊太利イタリアの旅で見た羅馬ローマの丘上のネロ皇帝宮殿の廃墟はいきょを思い出した。恐らく日本の廃園はいえんうまで彼処あそこに似たところは他には無かろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
寺院の崩れかかった廃墟はいきょにはつたがはいまわり、村の教会の尖塔せんとうは、近くの丘の上にぬきでている。どれもこれも、いかにもイギリスらしい。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
それがようやく竣成しゅんせいしていよいよ製造を始めようとするとたんに経済界の大変動が突発してそのまま廃墟はいきょになってしまった事などを知った。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
映画も、レビューも、飲食店も、露店業者も、ほとんど店を閉めんばかりの惨状さんじょうを呈した。ことに夜などは、公園じゅうが広漠たる廃墟はいきょであった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この間、僕は東京郊外の茅屋ぼうおく蟄居ちっきょして、息づまる思いで世の激しい転変をながめていた。東京はおおかた廃墟はいきょと化した。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
室町の柳営は、絢爛けんらん廃墟はいきょに似ていた。足利十三代の間になし尽した将軍たちの逸楽いつらく豪奢ごうしゃと、独善的なまつりの跡を物語る夢の古池でしかなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてまた私達のセンチメンタリストは、廃墟はいきょに自然がつちか可憐かれんな野草に、涙含なみだぐましい思いを寄せることがある。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ローマの廃墟はいきょが黄色い夕日を浴びてとても悲しい。白い衣にくるまった女が下を向きながら石門の中に消える。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
廃墟はいきょにむかって、ぞろぞろと人間の足は歩いた。その足は人間を支えて、人間はたえず何かを持運んだ。少しずつ、少しずつ人間は人間の家を建てて行った。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
あの都のまん中にある七つのおかの一つに、皇帝宮こうていきゅう廃墟はいきょがあります。野生のイチジクがかべ裂目さけめから生えでて、広い灰緑色かいりょくしょくの葉で壁の素肌すはだをおおっています。
そしてクリストフは、そういう廃墟はいきょをながめやってうち驚き、またそれに少しも心を乱されないのを驚いた。
室蘭の町は廃墟はいきょのように、雪の灰の中からところどころのぞいていた。人魂ひとだまのようにまちの灯が、港の水に映っていた。のろいの声を揚げて風が波をつき刺した。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そして僅かばかりの人間が、砂漠の砂に埋れた廃墟はいきょの古代都市のほとりに、僅かにヒマラヤの雪のとけ出た流れをんで、かろうじて生命を保っているところである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その忍び行くさま、その態度、そのすばしこい不思議な手つきなどは、ノルマンディーの古い伝説にアルーと呼ばれてる廃墟はいきょに住む薄暮の悪鬼を思わせるのだった。
「これから取り懸るという仕事とは、ゼルシーの廃墟はいきょをたずねて、何か宝物でも掘りだすのかね」
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
電燈ばかり明るくてポンペイの廃墟はいきょの様にさびしい銀座の通りを歩いて東へ折れ、歌舞伎座前を築地の方へ往った。万年橋のたもとに黙阿弥の芝居に出て来そうな夜啼よなき饂飩うどんが居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私のあらわした文学論はその記念というよりもむしろ失敗の亡骸なきがらです。しかも畸形児きけいじの亡骸です。あるいは立派に建設されないうちに地震じしんたおされた未成市街の廃墟はいきょのようなものです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鹿児島市は、半ば廃墟はいきょとなっていた。鉄筋混凝土コンクリートの建物だけが、外郭だけその形を止め、あとは瓦礫がれきの散乱するちまたであった。ところどころこわれた水道のせんが白く水をふき上げていた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
私の力がもうこの上には私を動かし得ないと思われるような瞬間が来る。私の唯一つの城廓なる私自身が見る見る廃墟はいきょの姿を現わすのを見なければならないのは、私の眼前を暗黒にする。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのあたりには何となく廃墟はいきょの感じを与える場所すらもあった。岡つづきの地勢を成した小高いところにある墓地の向うには、古い墓でも動かすかして、四五人の人足の立働くのが見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それらの家は、くろかべにかこまれて、白くふちどられていました。それから、たくさんの美しい庭園ていえん並木道なみきみちも、また、草におおわれた廃墟はいきょのすばらしさも、ニールスの目にはうつりませんでした。
地上の現実をきらうぼくと彼との趣味が一致したことのせいではないだろうか? ……じじつ、ぼくらはときどき地上を見て、焼けただれた一面の廃墟はいきょの中をうごめく人間たちを虫けらのようだといい
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
荒涼とも落莫ともいわん方ない、ただ無残な一面の廃墟はいきょです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
焦げこわれた家財などの散乱するあいだを、ひどく狭くなった道がうねくねと消えてゆくはてまで、一望の荒涼とした廃墟はいきょしか見られなかった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つたが古いゴシックの門や崩れかかった塔に、ゆたかな葉をまきつけて、自分を支えてくれた恩にこたえ、ゆらゆらする廃墟はいきょを抱きしめ、いわば
ローマへ来て累々たる廃墟はいきょの間を彷徨ほうこうしています。きょうは市街を離れてアルバノの湖からロッカディパパのほうへ古い火山の跡を見に参りました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
つて背の君とともに心をつくして建立こんりゅうされた東大寺を、また今は廃墟はいきょとなった平城京をはるかに望見しながら、天平の花華とも仰がるる光明皇后は
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
東京のまん中に、荒れ果てた原っぱ、倒れた塀、明治時代の赤煉瓦あかれんがの建築が、廃墟はいきょのように取り残されているのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なんたる新しい自然がその廃墟はいきょから飛び出してくることぞ! 好意も慈悲も若さも幻ももたない自然であって、あたかもこわれた建築を蚕食する雑草のように
家の跡を見て来ようと思って、私は猿猴橋えんこうばしを渡り、幟町のぼりちょうの方へまっすぐにみちを進んだ。左右にある廃墟はいきょが、何だかまだあの時の逃げのびて行く気持を呼起すのだった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
ここはバリ港から奥地へ十マイルほどいったセラネ山頂にあるアクチニオ宮殿の廃墟はいきょであった。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
社会の組織の下には、驚くべく複雑な廃墟はいきょが、あらゆる種類の発掘が存している。宗教の坑があり、哲学の坑があり、政治の坑があり、経済の坑があり、革命の坑がある。
三分後には舞台はからになりました。すべてが去りました。もう物音一つ聞えなくなりました。あの一団は歩み去ったのです。しかし、廃墟はいきょはあいもかわらず立っていました。
むかしの築城の大家は、城の設計にあたって、その城の廃墟はいきょになったときの姿を、最も顧慮して図をひいた。廃墟になってから、ぐんと姿がよくなるように設計して置くのである。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
坂の途中から正成の向いた方へはいってゆくと、そこには旧千早城のさくやら矢倉が朽ち傾いていて、いまは人もなきとりでの跡の荒涼こうりょうが、廃墟はいきょの石やツル草と共に足へつまずくばかりだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
廃墟はいきょの姿だけだ。五郎は背をもたせたまま、窓に移る風物を眺めていた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
崩れ落ちた工場の廃墟はいきょに咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。(大正十二年十一月、渋柿)
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こうして、人はこの世を去り、その名は記録からも記憶からも滅びるのだ。その生涯ははかない物語のようであり、その記念碑さえも廃墟はいきょとなるのである。
いまの奈良市街は雑然とした観光地であって、ただ処々ところどころにこうした古さびた面影おもかげを残しているにすぎない。いにしえの平城京はすでに廃墟はいきょと化して一面の田畑である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
やがて彼は、それらの廃墟はいきょの中に困惑してたたずんだ。神聖な幻影を失うくらいなら、むしろ自分の片腕を失っても惜しくなかった。心の中の死の悲しみだった。
無数の変り果てた顔の渦巻いていた廃墟はいきょを、無数の生存者が歩き廻った。廃墟の泥濘の上の闇市やみいちは祭日のようであった。人々はよろめきながら祭日をとり戻したのだろうか。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その日の夕刻、丁度黄昏たそがれどきのこと、丸ノ内にある化物ビルといわれる廃墟はいきょになっている九階建てのビルディングの、その九階の一室で、前代未聞ぜんだいみもんの奇妙な会見が行われていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
映画街はと見れば、昼間の雑沓ざっとうに引きかえて、まるでローマの廃墟はいきょみたいに死に絶えているし、飲食店や茶店なども、すっかり大戸を閉めて、空き家のように静まり返っている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その廃墟はいきょの中の一軒の農家にはなお人が住んでいる。その家の入り口は中庭に面している。そのとびらには、ゴティック式錠前のりっぱな延板のべいたのわきに、斜めにつけられた三葉剜形わんけいの鉄の柄がある。
その廃墟はいきょは過ぎし日の歴史を語り、くずれおちてゆく石の一つ一つが、それぞれ年代記そのものなのだ。
そんなに遠くもない昔に栄えた都会が累々たる廃墟はいきょとなっていて、そうして、そういうものの存在することをだれも知らないかあるいは忘れ果てていたのである。
ロプ・ノールその他 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「生は他の所にある。いざ、その生に向かって汝の戸を開けよ。己が廃墟はいきょに閉じこもっているは愚かである。汝自身より外に出でよ。他にも多くの住居がある。」
廃墟はいきょの上にはぞろぞろと人間が毎日歩き廻った。人間はぞろぞろと歩き廻って何かを探していたのだろうか。新しくりとられた宇宙の傷口のように、廃墟はギラギラ光っていた。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
やがて、廃墟はいきょのような深夜の電車軌道。その四つつじにポツンと公衆電話が建っている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)