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大沼
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おほぬま
人を
馬鹿にして
居るではありませんか。あたりの
山では
処々茅蜩殿、
血と
泥の
大沼にならうといふ
森を
控へて
鳴いて
居る、
日は
斜、
谷底はもう
暗い。
其処でこの
虫の
望が
叶ふ
其の
時はありつたけの
蛭が
不残吸つたゞけの
人間の
血を
吐出すと、
其がために
土がとけて
山一ツ一
面に
血と
泥との
大沼にかはるであらう
と
高く
低く、
声々に
大沼のひた/\と
鳴るのが
交つて、
暗夜を
刻んで
響いたが、
雲から
下りたか、
水から
湧いたか、
沼の
真中あたりへ
薄い
煙が
朦朧と
靡いて
立つ……
何の
道死ぬるものなら一
足でも
前へ
進んで、
世間の
者が
夢にも
知らぬ
血と
泥の
大沼の
片端でも
見て
置かうと、
然う
覚悟が
極つては
気味の
悪いも
何もあつたものぢやない
大沼の
刻限も、
村里と
変り
無う、やがて
丑満と
思ふ、
昨夜の
頃、ソレ
此処で、と
網を
取つたが、
其の
晩は
上へ
引揚げる
迄もなく、
足代の
上から
水を
覗くと
歴然と
又顔が
映つた。
うつくしき
人の、
葉柳の
蓑着たる
忍姿を、
落人かと
見れば、
豈知らんや、
熱き
情思を
隱顯と
螢に
涼む。
君が
影を
迎ふるものは、たはれ
男の
獺か、あらず、
大沼の
鯉金鱗にして
鰭の
紫なる
也。
大沼の
水は
唯、
風にも
成らず
雨にも
成らぬ、
灰色の
雲の
倒れた
広い
亡体のやうに
見えたのが、
汀からはじめて、ひた/\と
呼吸をし
出した。ひた/\と
言ひ
出した。
幽にひた/\と
鳴出した。
水源を、
岩井の
大沼に
発すと
言ふ、
浦川に
架けた
橋を
渡つた
頃である。