りん)” の例文
幼なかった彼の眼にさえ美しいりんとしたひとで、はやくから自分の死期を知って泰然とそのときを待っているというところがあった。
日本婦道記:おもかげ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
スッと、内からかご塗戸ぬりどをあけて、半身乗り出すように姿を見せた人物を仰ぐと、青月代あおさかやきりんとした殿とのぶり、二十はたち前後と思われます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女にして見たいような美男子だが、底になんとなくりんとしたところがあっておかしがたいので、弥生より先に鉄斎老人が惚れてしまった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
小親この時は楽屋着のすそ長く緋縮緬ひぢりめんの下着踏みしだきて、胸高に水色の扱帯しごきまといたり。髪をばいま引束ねつ。優しき目のうちりんとして
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「祖母さんどうしましたの。」お梅はいぶかしげに祖母の顏を見詰めた。りんとしたその顏も會ふたびにしをれて來るやうに思はれて痛々しくなつた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
やはり、女のように甲高かんだかい細い声であったが、せっぱつまったものの如く、多少はりんとしていた。「おひとり? お二人?」
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あんな高価な紙鳶を手に入れるどういふ目論見もくろみなのか解らなかつたが、その声の中には、きつと返して見せるといふりんとした意志のひらめきがあつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
福助の小町は女なれども道のために身を捧げてごうも惜むことなくりんとして動かすべからざる気概見えてすこぶる好し。
「枝ぶり悪き桜木は、切ってぎ木をいたさねば、太宰のいえが立ちませぬ。」と、定高はりんとした声で云い放つ。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お隅はりんとした犯しがたいようなところのある人で、うっかりすると一切女房任せな多吉の方がかえって女房であり、むしろお隅はこの家の亭主である。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
兄は内気ながらりんとした処のある妹のあまり整っていなくとも、眼と額の際だって美しい妹の顔を振り返った。
兄妹 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
りんとした活発な声で熱心に話す顔を見ると、どんな者でも誘い込まれて、一所に遊びたくなりそうである。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
笹野新三郎の思い入った顔を、平次はまぶしそうに見上げながら、それでも声だけは、りんとしておりました。
兵馬はりんとして溝部に宣告を下す。溝部はその後、井村の紹介で入ったのだから、菱屋の一件には何の関係もない、そうして兵馬の剣道には怖れをなしている。
一つのりんとした形として自分の文学の中に表現して、人にも訴え、人の心の中にもその欲望がある、人の生活の中にも条件がある、お互いの生活に共通しているもの
婦人の創造力 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そんな所を見ても、妙子さんが、世間知らずのねんねえではなくて、大家たいけ育ちの云うに云われぬしとやかさの内に、どこかりんとした物を持っていることが分るのだが。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、忽ち梅吉のりんとした、涼しい目元で睨められると、又女に馬鹿にされたいと云う欲望の方が先へ立って、此の大事の瀬戸際に又々ぐたりとうなだれて了いました。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
背は高くないが痩せぎすの色の白い、極めて上品の老人、武術で鍛えた身体はどことなく締ってりんとした構え、歯切れのよい話振りで講演など人皆我を忘れて傾聴した。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
弥吉は静かに女性にみることのできない、いわば歯がゆいようなりんとした美しい顔をあげた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
道也先生は予言者のごとくりんとして壇上に立っている。吹きまくる木枯こがらしおくうごかして去る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうです。それを確信してもよい理由があるのです。」信一郎はりんとしてそう云い放った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
其時早く高田警部は佐瀬の腕を扼したので、的ははずれて、真珠塔に丁と当って、無残塔は微塵みじんに散った。商会主の顔はさっと蒼白に変じた。其時橋本のりんとした声は響いた。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
元気な時はさぞ上品な人だったろうと、昔のしのばれるようなりんとした、顔立ちであった。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
私はりんとした、ひきしまった感じを受けた。殆ど精神的な感動とさえいってよかった。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
りんたる言葉は満場を打った。円満院大輔えんまんいんのたいふ源覚はひざを進めるときびしい声でいった。
かつ「ぼたん」という音の方が強くして、実際の牡丹の花の大きくりんとしたるところに善くい申候。ゆえに客観的に牡丹の美を現さんとすれば牡丹と詠むが善き場合多かるべく候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
れ遠謀禍殃かおうを招くをいかん 牆辺しようへん耳あり隄防を欠く 塚中血は化す千年みどりなり 九外屍は留む三日香ばし 此老しろうの忠心皦日きようじつの如し 阿誰あすい貞節りんとして秋霜 た知る泉下遺憾無きを ひつぎ
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
りんとして居丈高に坐った風情は、容易にそば近く寄り難いありさまである。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
文麻呂 (りんたる声)大納言だいなごん大伴おおとも宿禰御行すくねみゆき
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
と、りんとしたまなじりの目もきっぱりと言った。簪の白菊も冷いばかり、清く澄んだ頬が白い。心中にも女郎にも驚いた容子ようすが見えぬ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すがたもている、年かっこうもたいしてちがうまい、ただ蛾次郎よりは少しがひくくまなざしやくちもとにりんとしたところがある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのりんとした植木屋の若い衆を想うと、その悲痛のどん底にあっても、萩乃は、ひとりでポッとあからむのです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
戻りませぬと云った彼女は、わななく手で綿帽子をぬぎ、あおざめてはいるがりんとした表情で頼母夫人を見た。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伊太夫がここではじめて、りんとした親権者としての気前を与八の前に示しました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
りんとした声、——入口に立ち塞がったのは、異香薫いこうくんずるような部屋の主でした。
らんとして輝いた眼と、りんとして冴えた音声とを持った、いかにも生き生きした俳優で、師匠の将軍太郎や仲光を向うに廻して、活気のある力強い芸をみせたのが大いに観客の注意をひいた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
石版刷されているヴェーラの細面でりんとした写真を見ている伸子に、山上は
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
無数に飾ってあるその中央あたりに、大きな四つ切り大で凜々りりしい金釦きんボタンの洋服を着て、無帽のりんと張った瞳、女のように美しい気高い容貌は、二度と私には忘れることのできぬ印象そのままであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
見ると蒲生勢はりんとしている、其頃の言葉に云う「たたかいを持っている」のである。戦を持っているというのは、何時でも火蓋ひぶたを切って遣りつけて呉れよう、というのである。コレハと思ったに違いない。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
鋼鉄のようなりんとした冷たさが、その澄んだ声の内に響いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鼻筋の通った細面ほそおもてりんとした、品のい横顔がちらりと見えたが、浮上るように身も軽く、引緊ひきしまった裙捌すそさばきで楫棒を越そうとする。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
努めて、男らしく云い放ったが、憤りもりんとすんで、女性の肉声は争われない。深編笠の侍は憎らしいほど落着き払って
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
熊造はがっかりしたようすだった、けれど落胆のなかにもみよのりんとした気性をつきとめたことはたのもしく思えたらしい、かれはそのはなしをぴたりと切上げ
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
与吉は、すでに逃げ腰、左膳につづいて草むらからあらわれた櫛巻お藤をはじめ、源三郎手付きの若侍三人、萩乃などあっけにとられているなかで、伊賀の暴れん坊のりんたる声。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そう思い、りんとしたよろこびに満たされた。外では皆結束して働き、自分の部署は、今此処で正しいわれわれの主張のために闘うところに移されてある。それを貫徹するこそ役割の遂行である。
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
手にしかけた筆の軸を置いてとがめた夫人の声に、りんとした響きがある。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
威猛高いたけだかの三人。その頭を押え付けるようにりんとした声が響きました。
そのりんとした声には、女王のような威厳いげんが備わっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
といってすずしい目をぱっちりと開いた。蝶吉は、男の、りんとした品のい、取って二十五のわかい顔を、しげしげと嬉しそうにみつめている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どこからかす半月の月光は、この巨漢の姿とりんたる相貌を、石の表に陽刻ようこくした一個の武人像のようにつゆめかせていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)