侮蔑ぶべつ)” の例文
これほどに自分から逃げようとするのに一心である人は快く自分にうはずもなくて、ただ侮蔑ぶべつされるだけであろうという気がして
源氏物語:03 空蝉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
嫌悪と侮蔑ぶべつがあるとしたら、その時はどうするのだ? そうなると、ここでもまた「さっぱりとした身なりという事に気をつけねば」
すると日に焼けた将軍のほおには、涙のあとが光っていた。「将軍は善人だ。」——中佐は軽い侮蔑ぶべつうちに、明るい好意をも感じ出した。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
相手の案外な失敗に、じっと鳴りをしずめていた慎吾たちの組は、七のやけな声を聞くと、いちどに侮蔑ぶべつをこめた笑いを爆発させて
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべてが自分に対する侮蔑ぶべつに感じられてならない鼈四郎は、どんな手段を採ってもこの夫人を圧服し、自分を認めさそうと決心した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鍍金めっききんに通用させようとする切ない工面より、真鍮しんちゅうを真鍮で通して、真鍮相当の侮蔑ぶべつを我慢する方が楽である。と今は考えている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
直弼の顔に表われた侮蔑ぶべつの表情は、なかなか消えなかった。彼はなんども口のなかで……莞爾と笑い、従容として、帰するが如く。
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのくせその人が好意を示しているもので、あんまり感心した女はないのです。そして好意を持ちながら侮蔑ぶべつしきっているのです。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
夫は怪訝けげんそうな目で彼女を見た。土佐犬のような顔! が、その犬のようにとがった口を急に侮蔑ぶべつの笑いにゆがめて彼女の夫は駆けだした。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
人間性の非合理的な側面のみを誇張して考える者は、結局人間性に対する侮蔑ぶべつ者で、人間性の侮蔑者はまた必ず独裁専制主義者である。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
ぼくの姓は坂本ですが、七番の坂本さんと間違まちがやすいので、いつも身体からだの大きいぼくは、侮蔑ぶべつ的な意味もふくめて、大坂ダイハンと呼ばれていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
読んでしまつて、堀は前からいだいてゐた憂慮は別として、此訴状の筆者に対する一種の侮蔑ぶべつの念を起さずにはゐられなかつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
検事のあんな物静かな侮蔑ぶべつに遭うよりは、いっそ自分は十年の刑を言い渡されたほうが、ましだったと思う事さえ、時たまある程なのです。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それに何故か、老母を初め弟妹達まで此の人には軽い侮蔑ぶべつを持つてゐる様子が見え出してから丸田は堪へがたい気持になつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
「はい」是々云々これ/\しか/″\でしたと、灣内わんないであつたいわしやひらめ の優待いうたいから、をきでうけたおほきな魚類ぎよるゐからの侮蔑ぶべつまで、こまごまとなみだもまぢ物語ものがたり
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
ちょうど彼はディーネルから侮蔑ぶべつを受けたばかりのところだったので、皆が自分を馬鹿にしているのだと思いがちだった。
ただスリラアという侮蔑ぶべつ的呼称の連想から、一概いちがいに低調なものと思い込んでいるむきがあるかも知れないと考えたことが、一つの理由であった。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分たちに与えられた内地人の侮蔑ぶべつに対して、言いようのない憤りを感ずるのである。この反感は実に永い間、彼の胸底にくすぶりつづけていた。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
救い出されたウルランド氏は、ころんでもただは起きない覚悟で、遭難記を自分の大東新報にかかげたが、それは市民たちの侮蔑ぶべつを買っただけであった。
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
通るところの人々から同情されたり侮蔑ぶべつされたりしながら、米友は伊勢の国から、ともかくもここまで、その一本足で歩いて来たものであります。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、相手はいったが、しかし、その口調には、今までのような、冷笑と、侮蔑ぶべつとは、響かなかった。ある感嘆と、好奇心とが、ほのめいて来ていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
教会が策略に満たさるる時、吾人はそれを非難し、求道者が利欲に貪婪どんらんなる時、吾人はそれを侮蔑ぶべつする。しかし吾人は常に考える人を皆尊敬する。
さげすむように——その侮蔑ぶべつがKに向けられたのか、それとも自分自身の答えに向けられたのか、それははっきりはしなかったが——彼女はいった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
花前はかえって人のいつわりおおきにあきれて、ほとんど世人せじん眼中がんちゅうにおかなく、心中しんちゅうに自分らをまで侮蔑ぶべつしつくしてるのじゃないかとも思われる。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
敬虔けいけん基督キリスト教徒が異教徒と同席する時のような、憎悪ぞうお侮蔑ぶべつとのために、なるべく父の方を見ないように、荘田の丁度向い側にテーブルを隔てゝ相対した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
月々に物の殖えてばかり行くお増の箪笥や鏡台のなかなどが、最初そんなものに侮蔑ぶべつの目をそばだてていたお今の心を、次第に惹き着けるようになった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いつの昔にか婦人が男子の下風に立って侮蔑ぶべつを受ける端緒を開いた最大原因は智力を鈍らせたからだと思います。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「石ころ」を侮蔑ぶべつし、あんなに安直なごまかしで「石ころ」を否定して得意気な、彼のあのいい気さが許せない。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
カッとして病人は起上ろうとしたが、力が無い。すぐ打倒れる。その姿を、上から、黒い牛のような顔が、今度こそ明瞭な侮蔑ぶべつを浮かべて、冷然と見下す。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
こういう彼女のやり方は、私に対して消極的に反抗している心を現わし、私を極度に侮蔑ぶべつする意を示そうとするものであるとしか、私には思えませんでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
葉子は激しい侮蔑ぶべつを小鼻に見せて、手紙を木村にもどした。木村の顔にはその手紙を読み終えた葉子の心の中を見とおそうとあせるような表情が現われていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
日頃一種の侮蔑ぶべつをもって女性に対して来たほど多くの失望に失望を重ねた自分の心持がそこへ引出された。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
組の者の外に、誰も見てはいなかったが、敵の前で、這っているのを、自分で、苦笑し、侮蔑ぶべつし——だが
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
赤えびす共の侮蔑ぶべつかえって露骨になった。文官のみに限られたこちらの防備を見て取ったのだ。それ故、黒田清隆の任命に期待したこと彼より大なるものはなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼女は夢中になつてゐて初めは私に氣が付かなかつたが、氣が付くと侮蔑ぶべつの唇をゆがめて別の窓框まどかまちに行つてしまつた。驛傳馬車は止つて、馭者が入口の呼鈴ベルを鳴らした。
その私の名前は、すでにあまりにわが家門の侮蔑ぶべつの——恐怖の——嫌悪けんおの対象でありすぎている。
栄之丞としては見くびられたともおとしめられたとも、言いようのない侮蔑ぶべつこうむったように感じた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は車掌台にやつと立つて、冷たい真鍮しんちゆうの棒につかまつてゐた。車掌や車中の乗客からジロジロ顔を視守られてゐるやうな、侮蔑ぶべつされてゐるやうな、腹立たしい気持でゐた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
あるものは強奪され、あるものは手足を切りとられ、あるものは下品な言葉や侮蔑ぶべつの言葉でおおわれている。いずれも多かれ少かれはずかしめられ、不名誉をこうむっているのだ。
私は、ただお金持ちの家に生れたというだけの事で、そりゃ不当な侮蔑ぶべつを受けているのよ。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
自分で自分を侮蔑ぶべつする、その歓喜のようなもので眼を光らせ、全身に壮烈な力をみなぎらせている感じだったが、打ち壊してしまうと、急にガタッと身体が小さくしなびたみたいで
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
琉語の放棄を企てるのは、地方語に対する不必要な卑下ひげと、思慮なき侮蔑ぶべつとによるのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一枚の証文を鼻に懸けて我々を侮蔑ぶべつしたこの有様を、荒尾譲介あらおじようすけに見せて遣りたい! 貴様のやうな畜生に生れ変つた奴を、荒尾はやはり昔の間貫一だと思つて、この間も我々と話して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
誰にでも見つける、しおらしさというものを僕は持ち合せていないかも知れません。恥知らずになると極端に恥知らずになります。そういう時、僕はどんな侮蔑ぶべつの眼にもたじろぎません。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
と毒の針をふくんだような言葉をあびせる、底意は侮蔑ぶべつしきっているのが分っており目の色にも半分嘲笑ちょうしょうがにじみでているのだけれども、先生も浮気なさらないの、などと冷やかされると
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
編輯局の片隅に猫の如く小さくなって居たので、故人と心腹をひらいて語る機会もなく、故人の方には多少の侮蔑ぶべつあり、彼の方には多少の嫉妬しっと羨望せんぼうあり、身は近く心ははなれ/″\に住んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
幕間になると彼女は放蕩親爺ほうとうおやじの好色眼と若い男たちの漫然とした不可解な顔と、理智的な侮蔑ぶべつのなかをクジャクのように満開して、奈落から通ずる楽屋へ座頭のヤマジ・マツノスケを訪ねた。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
三崎町の御殿——と土地の人は、憤怒と侮蔑ぶべつとをなひ交ぜた心持で呼んで居りました、その豪勢な家に引取られ、内儀のお絹の思惑おもわくなどはてんから無視して、第二妻の權位ごんゐに据ゑられたのです。
さてそれが困るからといって規約に賛成して、組合へ這入はいるとなると、平生ふだんから仕事の上で侮蔑ぶべつしている所の谷中派の支配を受けねばならない。これは郊外へ退去するよりも一層馬鹿気ている。
驚きと、羞恥と、怒りと、侮蔑ぶべつとをいっしょにしたような表情である。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)