些事さじ)” の例文
しかし著者の意はその辺の些事さじになくして、蕪村俳句の本質を伝えれば足りるのである。読者う。これをりょうしてこれを取読せよ。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
孔子の衣食住の些事さじをさえ記録している『論語』に、一語も言及せられておらぬという事実は、十分重大視せられてよいのである。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
市井の些事さじ、奉行職の眼からはすなわち天下の一大事とみているのが、忠相であった。忠相は、何となくこの磯屋の一件が気になった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
で。犬の沙汰などは些事さじとするも、万が一、さるひそごとが公となってはまずい。あとの処理はこの憲房にまかせられ、早うここを
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、大事の前の些事さじとしてなるべく気にすまいと思ったが、身体中にみなぎる感覚的不快さをどうともすることができなかった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私たちの役割に残されたものは何があるかと思うようだが、幸いに因縁があったからコカワラヒワの一些事さじを記録して置こう。
従って、身辺の些事さじに関するたわいもないフィロソフィーレンや、われながら幼稚な、あるいはいやみな感傷などが主なる基調をなしている。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
実は何でもない日常の些事さじをも一々解剖分析して前後表裏から考えて見なければ気が済まない二葉亭の性格が原因していた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
崇拝する——人生の些事さじの中にも偉大を考える禅の考え方が茶道の理想となる——道教は審美的理想の基礎を与え禅道はこれを実際的なものとした
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
が、この市井しせいの一些事さじらしい「揚羽のお艶」の噂が、飛んだすさまじい事件に発展しようとは、銭形平次も思い及ばぬことだったに違いありません。
斧をどこで手に入れるか、というようなことに至っては、てんで問題にもならないような些事さじであった。これほど容易なことはなかったからである。
彼の丁寧周密、一些事さじたりとも粗略にしなかった夫の気質を熟知している夫人の胸中には、次の如き思想が往来した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
例えば、私は今から三日以前、すなわち一月三十一日の夜、君の家の中で君の身辺に起ったあらゆる些事さじを、寸分の間違いもなく君に告げることが出来る。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
髪が、丸髷まるまげに結つてある事は、かう云ふ些事さじに無頓着な先生にも、すぐわかつた。日本人に特有な、丸顔の、琥珀こはく色の皮膚をした、賢母らしい婦人である。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かく動揺されるときは、さなきだに思慮分別ふんべつじゅくせぬ青年はいよいよ心の衡平こうへいを失い、些事さじをも棒大ぼうだいに思い、あるいは反対に大事を針小しんしょうに誤る傾向がある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
日常の些事さじでも、I'll bet. You bet your life. I'll match you でなくては、気がすまないとみえて——。
字で書いた漫画 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
性格を上手にかく人は、これほどはげしい事件の下に主人公を置かないでも、淡々たる尋常の些事さじのうちに動かすべからざる其人そのひとの特色を発揮し得るものである。
『煤煙』の序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
いかんせん、巨人は侏儒しゅじゅの役を演じ、広大なるフランスは好奇にも些事さじを事とする。策の施しようはない。
曳くばかりが受け持ちではない飲食起臥きが入浴上厠じょうし等日常生活の些事さじわたって面倒を見なければならぬしこうして佐助は春琴の幼時よりこれらの任務を担当し性癖せいへき
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
些事さじといえば些事だが、都会に育ったものには、これこそほんとに想像も出来ないことであろう。それはこの部落では決して便所で紙を使わないということである。
彼の闘争は世界の大戦闘の一部をなしていた。彼の敗北は些事さじであって、すぐに回復されるものだった。彼は万人のために戦っていたし、万人も彼のために戦っていた。
まるで問題にならない些事さじのようにも考えられたし、また、その反対に、そういう事態になるような国情だからこそ、かえって軽視できない、というふうにも考えられた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
併乍ら小生と雲如とはおのずから具眼の人は弁別致しくれ候間、此等之一些事さじには不平を抱き候儀は小生においては毛頭御座無く候。唯々雲如之世間狭く相成る可く気の毒の儀に御座候。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
確かに交際社會では日常の些事さじに過ぎないだらう——しかし、彼が現在の滿ち足りた氣持ちと、このふる建物たてものと、それをめぐるものゝ中に新らしくよみがへつた悦びを話してゐたときに
たまたま背後の支配霊達が、何等なんらかの通信を行うことはありても、その内容は通例末梢まっしょう的の些事さじにとどまり、時とすれば取るに足らぬ囈語げいごやら、とり止めのない出鱈目でたらめやらでさえもある。
母となつて現実に触れて行く事実は世の中に有りあふれた日常の些事さじである。
文壇一夕話 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
小夜子は切り出したが、それはほんの女同志の友情の一些事さじにすぎなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
但馬守たじまのかみ流石さすがに、そんな些事さじたいして、一々死刑しけいもちゐることは出來できなかつたが、掏摸すりなぞは從來じうらい犯以上ぱんいじやうでなければ死刑しけいにしなかつたのを、れは二はんあるひことによると初犯しよはんからてて
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
この句の如き事柄は前の二句にくらべてむしろ些事さじであるけれども、作りものらしい痕跡がなくって、自然の趣を得たことにおいては遥に上位に位しているのである。好句の一たるを失わない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
然し勿論そんな些事さじ歯牙しがに掛ける秀吉では無い。秀吉が氏郷を遇するに別に何も有った訳では無い、ただことに之を愛するというまでに至って居らずにいささか冷やかであったというまでである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
再三述懐して居られるので、最初私はひどく意外に感じたのであるが、後になると、馬鹿正直の私は、一挙手一投足の労に過ぎなかったあんな些事さじを、それほどまで恩に感じていられるのかと
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
胎教とて、妊娠時にも、坐作進退の些事さじより、一切の心得について一向厳正なれとのみ教え、しかして女子に対してかくの如き要求をあえてする男子の所行如何いかんと顧みるに、甚だ放縦不羈ほうじゅうふきである。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ひとあるひはわがはいのこの意見いけんもつて、つまらぬ些事さじ拘泥こうでいするものとしあるひは時勢じせいつうぜざる固陋ころう僻見へきけんとするものあらば、わがはいあまんじてそのそしりけたい。そしてつゝしんでそのをしへをけたい。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
一、一些事さじ微物びぶつにつきてもなほ比較的に壮大雄渾なる者あり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「それなのに、なぜ、このたびのような些事さじに、お心を労し、あまつさえ、その職も御一身も、自ら破り去るような短慮な道をえらばれるか」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、この市井しせゐの一些事さじらしい『揚羽あげはのお艶』の噂が、飛んだ凄まじい事件に發展しやうとは、錢形平次も思ひ及ばぬことだつたに違ひありません。
この一些事さじの中にも、霊魂不滅の問題が隠れているのではないかという気がする。(大正十一年十一月、渋柿)
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
けれどもこれらの詳細は、それを些事さじと言い去るのは誤りであって——人生のうちに些事はなく、植物のうちに瑣末さまつなる葉はない——それは皆有用なことである。
茶道いっさいの理想は、人生の些事さじの中にでも偉大を考えるというこの禅の考えから出たものである。道教は審美的理想の基礎を与え禅はこれを実際的なものとした。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事さじでも決して看過しなかった。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼女はいつも長々とクリストフに夢の話をした。そのちょっとした些事さじを忘れても、幾時間もかかって思い出そうとした。ただ一つの事柄も彼に聞かせないではおかなかった。
復讐の挙が江戸の人心に与えた影響を耳にするのは、どんな些事さじにしても、快いに相違ない。ただ一人内蔵助くらのすけだけは、僅に額へ手を加えたまま、つまらなそうな顔をして、黙っている。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
多くの読者はあるいは自分の郷里ばかりの一些事さじなりと考えられるか知らぬが、小児が土筆をはかまの部分から二つに折って、そっと元の通りにして置いて、どこで続いだかをてさせる遊戯は
今までは気にも留めなかった些事さじが、一々意識に上ぼるであろう。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
光秀はさっきからそんな些事さじに迷っていたのだった。事務にあやまちないことにも思案のかかるほど彼の明晰めいせきなあたまもこよいは少しつかれていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは自分の趣味嗜好しこうが時代に遅れたという事実を証明する以外になんらの意味もない些事さじではあろうが、この一些事はやはりちょっと自分にものを考えさせる。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このちまたの一些事さじが銭形平次の勘を裏切らずに、翌々日は思いも寄らぬ大事件になって現れました。
記憶のうちに下らない日付を針で止めることばかりをやってる些事さじ収集家らは、前世紀一七七〇年頃、コルボーにルナールというシャートレー裁判所付きの二人の検事が
孔子いわく「人いずくんぞかくさんや、人いずくんぞかくさんや」と。たぶんわれわれは隠すべき偉大なものが非常に少ないからであろう、些事さじに自己をあらわすことが多すぎて困る。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
しかしこの数年間彼は、職務上のいろんな煩わしい些事さじや、同僚または生徒との間の不正や不公平や不愉快などから、しだいに多く心を奪われていった。彼は気むずかしくなった。